第5話、広すぎる部屋
「キッチン使ったけど、良かった?」
セナさんが紅茶をカップに入れて、
持ってきてくれた。
「あ、別に平気です」
全然使ってないし、
紅茶入れてくれて、ありがとう。
セナさんが入れてくれた紅茶を飲んで、
頭を落ち着かせる。
茶葉とかうちには無いから
持ってきたんだ。この人、すごいな。
「1人には、広い部屋よね。
部屋数も多いし、キッチンも大きい」
「元々、兄と住んでたんです。
兄が財テクに買った分譲マンションで」
その兄が、仕事で海外、行ったから。
なるほど。と、
金髪ゆらしてセナさんは笑う。
「いや、僕の事は良いんですよ」
と、言うと、
「そうだ、こいつの事はどうでも良い」
前に座った男が言う。
「あんたが言うな」
「なんだと、元凶」
「はいはい落ち着いて。そんなんだから、
お茶いれたんでしょ〜?」
と、セナさんがなだめる。
「ヤナギ君も『ジャックボット』が
この子と無関係なら、原因じゃないし、
解決には、この子の協力が必要で
だから来たんでしょ?」
協力? そうだ、そういえば。
「なんで、うちに来たのか、
まだ聞いてませんでした」
そうね、とセナさんが呟いて、
一息ついてから、話はじめる。
「私達はVライフの運営で、Vライフを
ユーザーが安心して使えるように
するのが仕事な訳」
「はい、それはわかります」
「だから、今日みたいな、
スパムばらまく存在は、
突き止めて対策をしたい」
早急に対処できなきゃ、
コンテンツ存続に関わる。
そう時雨ちゃんも言っていた。
「ブロックノイズスパムって、
すごいプログラムよね」
「そう、ですか?」
「Vライフのアカウントに回線ID情報は
紐ついてて、違う回線からは入れない。
でもブロックノイズスパムは、
そこの情報を書き換えちゃう」
だから、接続は切れ、
二度とログイン出来なくなる。
「このプログラムのすごい所は、
『使用者も感染する』って所」
プログラムを立ち上げた瞬間に感染して
普通の人は接続が切れる。
「そう作りました。悪用されないように」
僕以外は使えない。そう作ったスパム。
「じゃあ、どうしてあなたは、
ブロックノイズスパムに感染しても
平気なのかというと」
と、うちのLANコンセントを見て
「書き換わる回線IDが、そこのIDだから」
その通りだ。ブロックノイズスパムは、
感染するとうちの回線ID情報に
書き換わる。
「すごい度胸よねー。暗号化してるけど
もし解析できたら、一発でばれる」
嬉しそうにセナさんは笑う。
危険でもなんでも、
悪用されたくなかったのだ。
でも──悪用は、された。
「なんで、あのbotは、このプログラムが
使えてるのか、訳分かんないです」
ここからじゃないと、使えない。
はずなのに。
「ここのWi−Fiがただ乗りされてる
とか、考えたんだけどね。
パスワードが初期設定とかね」
「そんなヘマはしませんよ」
「ちなみに、今にパスワードって?」
「時雨ちゃんマイラブエンジェル#
(shigurechanmyloveange1#)」
横で男が、はぁ? みたいな顔をする。
「あ、最後の、Lは数字の1です」
「お前……今すぐ変えろ、念の為」
「じゃあ、時雨ちゃんプリティー0412#
(shigurechanpretty0412#)」
「他に考えられないのかよ」
「あ、キュート(cute)の方が良い?」
「そこじゃない、0412って、なに?」
「時雨ちゃんの初配信の日」
はぁ……男に露骨にため息をつかれる。
「まぁ、回線タダ乗りされてる、
とかじゃなさそうね」
と、セナさんが話を戻す。
「じゃあ、どうして?」
どうして、ブロックノイズスパムを
使っても接続が切れないのか。
「正しくは分からないけど、
可能性があるとしたらー……
ユーザーじゃ、無いから」
え?
どういう事だかわからなかった。
「ユーザーじゃない、って……」
「さぁ? 犯人を捕まえてみないと
詳しくは、分からない。
だから協力して欲しい」
と、セナさんは僕に笑いかける。
「近づくだけで、回線切れるから、
対処のしようが無かったスパムに
対処方法が見つかった」
そう、ジャックボットは
ブロックノイズスパムで消せる。
「でも、それは、ここ、この家から
接続しているユーザーしか使えない訳」
そうだ。……え? つまり?
「つまり、ここにヤナギ君が住み込んで、
ジャックボット対策をさせて貰おうと
思って来たんだけどねー」
はぁ、住み込んで──住み込んで?
「え? うちに、住む? 住む?」
この男が?
無愛想で感じ悪いこの男が?
「ちょっと、マズいわよねー」
ちょっとどころじゃなく、ぜんぜん全く
ドバドバ、マズいとこだらけでしょう!
「いやあー、さすがに、こっちも
若い女の子だと、思ってなくて」
笑いながら言ってる。
このお姉さん、ずっと面白がってない?
「まぁ、さすがに女の子の部屋に
男、住まわせる訳にもいかないから、
パソコンだけ繋がせてもらって、
リモートで解析作業だけになるかなー
速度落ちるから、VRは入れないけど」
うちからVR入るつもりだったんだ。
この男が。
僕はチラと男の顔を見る。
無愛想で、感じ悪くて、失礼で、
しかも、時雨ちゃんの中の人──
ん? ちょっとまて?
「あの、じゃあ、時雨ちゃんは、
どうなるんですか?」
僕が聞くと、男は、ん?
と顔を上げた。
時雨ちゃんはブロックノイズに感染した
うちからじゃないとログインできない。
「明日の配信は?」
僕が聞くと、男が、は? と声を出す。
「お前、なに言ってんの?」
「明日の『リスナー全参加、鬼ごっこ』
の事ですよ!
最初に時雨ちゃん捕まえたリスナーに、
名前入り告白台詞よんでくれるヤツ!」
「出来る訳ないだろ。中止だよ」
「それは困る! 楽しみにしてたのに!
時雨ちゃんが台詞読むの!」
「お前、月下時雨の中身、俺って知って
絶望したんじゃないの?」
「それとこれとは別だから!
確かに、ショックだけど、
ファンを辞めるとかじゃないから!」
そう、冷静に考えれば、中身が誰でも
時雨ちゃんは時雨ちゃんで、
今でも、僕の全部だ。
「だから、明日の配信中止とか困る!
時雨ちゃん活動停止とかなったら、
生きていけない!」
「おいこら、ライ廃」
「告白台詞、読んでもらうの!」
「俺が読んでやるよ、お前の名前入れて」
「中の人は黙ってろ! お前じゃねぇ」
「ほんと振り切れてんなぁ」
「だから時雨ちゃん配信は、うちから、
やれば、良いんじゃないでしょうか」
そうだ、時雨ちゃんがいないと
生きていけない。
時雨ちゃんが活動停止する理由が
自分であるとか、許せる訳がない。
「じゃあ、良いのね?
ヤナギ君が、ここに、泊まり込んでも」
「ちょっと、セナさん! 流石に……」
「そのために来たんでしょ?
準備も、してきたし」
「だからって! 女性の部屋に……」
「君が変な事しなきゃ、大丈夫よ」
「俺の方が心配ですけど!」
はぁ?! 何言ってんだコイツ。
「ヤナギ君、この件を解決しなきゃ、
マズいんでしょー、腹決めなさい」
セナさんに言われて、
男は、ため息付いてから、
「お前、名前は?」
と、僕に聞いた。
「……ダイヤ。不破ダイヤ」
「だいや?」
「大きいに、夜って書いて、大夜」
「だから、『シカク』か」
「なんか文句あるの? ヤナギ」
「ヤナギじゃない。柳下。柳下シグル」
「しぐる?」
「時雨って書いて、シグル」
「はぁ?」
「なに?」
「本名シグルだから、時雨ちゃんか、
って思ったら、すっごいムカつく」
「そういうのは心の中で言え」
「あ、私は上条セナよ。ダイヤちゃん、
これ、社用携帯と防犯ベル」
「防犯ベル?」
「セナさん俺、何もしないですからね」
「電話くれたら、2分でかけつけるから、
なにかあったらかけてね」
「わかりました」
「会社経費で、少ないけど家賃も払うわ
1日1回は私も様子見にくるから、
なにかされたら言ってね」
「はい、ありがとうございます」
あぁ、もう……と、
男──ヤナギは、ため息をついた。
そうして、
僕の激推しVライバー時雨ちゃん、の
中の人である男との、
変な同居生活が始まったのだ。
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【次回予告】
「起きて、どいてよ、ヤナギー」
「うわっ! 何やってんの、お前」
「いや、朝だからどいて。ソファー」
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【出演Vtuber】感謝御礼!
久不シカクさん
https://twitter.com/cube_connect_
月下時雨さん
https://twitter.com/Gekka_Shigure
(時雨さんは実際は男Vさんです)