第40話、大人の時間
「勝手に入んじゃない! 警察呼ぶぞ」
兄貴が叫ぶ。
ヤナギは振り返って、
「おい、コイツになんて事してんだよ」
聞いたこと無い、低い声で問う。
手錠で後ろ手に拘束されて、
ベッドに繋がれている僕を指して。
「は? 別に。ちょっと遊んでた
だけだろ。兄妹で」
笑って、兄貴が言った。
その笑った顔を、
「ふざけんじゃ……ねぇぞ!」
ヤナギが殴った。
「ぎゃ!」思わず出る僕の声。
兄貴が吹っ飛んで床に倒れる。
け、結構本気で殴りましたね。
慌てる僕を、
「おい、大丈夫か?」
ヤナギが覗き込む。
フワと心が軽くなる。
「なんで……分かったの?」
僕が、こんな状態だって、
絶対知らないはずなのに。
「俺に、ツイッターでリプがきた」
ツイッター? リプ?
「知らないアカウントから、一言」
『シカク ヲ タスケて 』
偵察バト、だ。
兄貴に消された、あの子。
あるべき姿──ツイバトにされて、
消える前に、送ったのが……
「アカウントもツイートも、すぐ消えた。
訳分からなかったが、もしかしてって」
ブワっと涙溢れて、嗚咽が漏れた。
「おい、大丈夫か? 今、外すから」
ヤナギがベルトに手を伸ばした所で、
兄貴が後ろで立ち上がった。
「ほんとに警察、呼んで欲しいらしいな」
イラついた、不機嫌そうな顔で。
「あらぁ、警察呼ぶなら、こっちだから」
セナさんの声が、いきなりした。
全然気が付かなかったけど、
セナさんも居て、
後ろでスマホ構えていた。
え、動画を取ってる?
ちょ、手錠拘束されてる僕撮られてる?
だいぶ恥ずかしい!
「あの、誰ですかね」
兄貴が聞く。
「名前なら上条セナ、この子達の上司」
達? 顔を上げた僕に、
セナさんは笑って頷いて見せる。
「警察、呼ぶならこっちだから。
いくら兄妹でも、成人した妹を
こんな、拘束してたら、犯罪よねぇ」
特有の楽しそうな声で、セナさんが言う
「それに、人の開発サーバーに勝手に
アクセスしてる現行犯」
通信の切れた画面をスマホで撮りながら
セナさんが続ける。
兄貴が顔を歪めて舌打ちをしてから、
「まさか! 妹に付けてるのは、
おもちゃだし、日常的でもないし。
一時間も経ってない。
これはただの遊びで、犯罪じゃない、
このくらいじゃ捕まらない、だろ?」
臆面もなく言い放つ。
あ? ヤナギが怒り爆発しそうなのを、
セナさんが止める。
セナさんは動画の撮影をやめて、
「捕まらない、かもしれないけど。
捜査してくれるキッカケくらいには
なる動画が撮れたんだけど」
と、スマホを見せながら言う。
「捜査の間は、海外行きづらいわよね?
就労ビザにも影響あるんじゃない?
受け入れ先の企業に見せたら
どんな反応するかしらね?」
は? と兄貴が顔を曇らせる。
そうこうしてるうちに、
僕を拘束していたベルトと手錠は外れた
「セナさん、外れました」
「そう。連れてっていいわよ、ヤナギ君」
ヤナギは僕の顔を覗き込んで、
「立てるか?」
と、聞いてくるので、首をふる。
そうか、と、ヤナギは呟いて、
「じゃあ、しっかり掴まれよ」
そう言って僕を抱き上げた。
「ぎゃ」
予想外で変な声が出た。
落ちそうで怖くて首に抱きつく、
ちょ! マジで! 先に言って!
「じゃ、連れてくんで」
僕を抱き上げたまま言ったヤナギに
「あ、ちょっと!」
止めようとした兄貴を、
「あなたは、私と、まだ話があるわよ。
そうよね?」
セナさんが制する。
抱き上げられたまま、
部屋を出ていく僕の後ろで、
「さぁ、大人の話を始めましょうか」
と、セナさんが
兄貴に言ってる声が聞こえた。
◆◇◆◇
「お前、今日、家に帰れないだろ?」
僕を抱き上げたまま、ヤナギが聞く。
「ビジネスホテルとか、とってやるから
今日はそこで──」
「ヤナギの家、行く」
「……ん?」
「家、行く。泊めて」
ズル、と落ちそうになって、
ヤナギは慌てて僕を抱えなおした。
「は? 俺の、うち、くんの?」
「うん、行く、泊まる。ダメなの?」
「いや、ダメに決まってるだろ、
何考えてんだよ」
「僕のうちには、住んでたのに?」
「……いや、掃除とかしてないし」
「僕の家に来たとき、
掃除させてくれたっけ?」
「せめて準備とか事前に連絡を」
「自分はいきなり来たのに?」
「……食うもん何もねぇから」
「あるでしょ。無い訳ないでしょ」
あーもう! ヤナギは呟いて、
「分かったよ、来ればいいだろ。
運べば良いんだな、俺のうちにー」
諦めたように言って、
ギウと僕を抱きしめる。
僕は満足げに笑って、
ヤナギの胸に顔を埋めた。
◆◇◆◇
「なぁ、お前、ずっとそうしてる気?」
すぐ上からヤナギの声がする。
「ソファーが狭いのがいけない」
ヤナギの家は狭くて、
ソファーも1人用の小さいもので。
2人は座れない。
だから僕は、
ソファーに座ったヤナギに抱きついて、
ずっとその胸に顔を押し付けていた。
「こうしないと、座れない」
「そうかよ。
じゃあ、好きなだけ、そうしてろ」
それでも優しいのは、
何があったかを、全部話したから。
「辛かったな」
ポツリとヤナギが言う。
「うん……」
ジワと滲み出てくる涙を、
ヤナギのシャツが吸う。
「ありがと……」
小さく言った僕の声に、
「別に、気にすんな」
優しく僕の頭を撫でる。
兄貴とは撫で方が違うんだな、と
今にして思う。
「手首、見して」
言われて、両手を出してみる。
手首に真っ赤な線が付いて、
血が滲んでいた。
外そうともがいたから。
「ん……」
ヤナギが顔をしかめて、
僕の手首を掴む。
「痛かったか?」
いたわるように、撫でながら。
「……うん」
ジンっと首の後ろに熱が溜まってくる。
「お前、変な事されなかったか?」
そんな事を聞くもんだから。
「変な事って、どういう事を言うのか、
教えてよ」
ヤナギの顔を見上げて、そう言った。
ヤナギは視線1つそらさずに、
「あぁ」
僕の頬に手をあてて、
その口に自分の口を触れさせた。
思いの外、短く、優しく、
僕の初めてのキスは終わった。
顔を離されて、
無表情のヤナギを見上げて、
「へへっ」
思わず笑った僕を、
「笑うな、バカ」
気恥ずかしそうに、ヤナギは言って、
僕をまた抱きしめた。
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【次回予告】
「月下時雨のVRアカウントに
相手から、DMが届いた」
「なんて、来たんですか?」
「『久不シカク』を返すから、
タイムゲートサーバーに来い、って」
「絶対、罠ですよね!」
いつも応援ありがと☆ 毎日更新するよ!
【出演Vtuber】感謝御礼!
久不シカクさん
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月下時雨さん
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(時雨さんは実際は男Vさんです)