第39話、リアルの事情
キツネ面の彼が両手を広げると、
何体かのジャックボットが現れる。
でも、開発空間では、
「全ての自動プログラムが動かない」
真っ黒な塊は、まったく動かず、
人の形にもならない。
「全く意味が無い」
兄がライトセーバーを振るう。
バシバシと黒いだけの物体を切ってく。
おまけに開発空間は速度設定を弄れば、
「速度は自由なんだぞ、知ってたか?」
得意げに兄貴が言う。
多分、僕に向かって。
すごい速さで画面が動いて、
キツネに斬りかかる。
キツネは飛び下がって避けたけど、
兄貴の方が早い。
速度改変チートなんか使わなくても早い
VR酔いなんか兄貴はしない。
「ははっ、兄ちゃんはすごいんだぞ」
そうだ、兄は僕なんかより、
プログラムの知識も、肉体的にも。
兄が振った剣が、キツネを切る。
紫のブロックノイズが弾ける。
開発空間ではノイズは機能しないけど、
一瞬、キツネの動きが止まる。
処理ラグだ。それで十分。
「ほら、掴まえた」
兄の手がキツネの胸ぐらを掴む。
接触判定があるから、
ユーザーが掴んでる以上、逃げられない
触れさえすれば、データが吸い取れる。
「さぁ、お前も消そう」
兄が空いた手でキーボードを打つ。
キツネからソースコードが
ボロボロこぼれる。
キツネのくぐもった悲鳴が聞こえてくる
あぁ、終わってしまう。
あっけなく。
でも、きっとコレで良いんだ。
兄貴が全部直して、みんな喜ぶ。
僕には出来なかっただけだ。
僕には……
「ははっ」
兄が笑った。
バキと、キツネの面にヒビが入った。
突然、チャイムが鳴った。
「ん?」
兄の動きが止まる。
もう一度、チャイムが鳴る。
否応なく、無慈悲に。
誰かが玄関のインターホンを
鳴らしているのだ。
「え? リアル凸?
いや、今、無理だから
出れない」
兄が焦った声をだす。
ドンドンと扉を叩く音がする。
「おい! 開けろ! いるんだろ!
開けろって!」
玄関のドアを叩きながら、
誰かが叫んでいる。
あれ? あの声って、
「ヤナギ?」
僕は少しだけ顔をあげる。
「は? あの男、なんて近所迷惑な!」
思わず、兄貴がVRゴーグルを外す。
アバターが半透明になって、
『pause』の文字が浮かんだ。
ゴーグルを外した際の、自動ポーズ。
でもそれをすると、
すべての接触判定が解除される。
「しまった!」
そして、VRの側からしたら、
リアルの事情など知ったことではない。
キツネは掴まれていた手から逃れて、
すぐ目の前で両手を広げた。
ブワッと広がる真っ黒の物体が、
画面を覆う。
キツネの生み出した物がアバターを
包み込む。
「あ……」
「なに?!」
僕と兄の呟きが重なる中、
画面はブツンと切れた。
〜 サーバーとの接続が切れました 〜
真っ赤な文字が浮かんだ。
そんな中だろうと、
容赦ないチャイムと、ドアを叩く音が
部屋に響いていた。
「あぁ、クソっ!」
兄貴はVRゴーグルを机に投げると、
玄関へと向かう。
叩き続けるドアを
「やめろって、近所迷惑考えろ!」
開ける。
「君は、何考えてんの! バカか!」
そこに立つヤナギに吐き捨てた。
ヤナギは出てきた男の顔を見て、
「シカク……いや。
ダイヤは? どこにいる?」
「は? なんで?」
「今、アイツ、何してっかって、
聞いてんだよ!」
その叫び声は、拘束されてる僕にも
聞こえてきた。
「今、まだ寝てるから……」
兄貴がついた嘘を、
「ははっ」
ヤナギは鼻で笑った。
「あいつは、こんな時間まで
寝てたりしねぇんだよっ」
ヤナギは扉を掴むと、勝手にこじ開け、
押しのけて、中に入った。
「あ、ちょっと!」
勝手に部屋に入ってくヤナギを、
兄貴は追いかける。
ヤナギは僕の部屋まできて、
手錠で拘束され、ベッドの足に繋がれた
僕を見つける。
あぁ……
僕はヤナギを見て、すごくホッとして、
涙でグシャグシャの顔でヘラと笑った。
「おい、お前……これ」
「助けて……」
僕は震える声を出す。
傷だらけの心で、精一杯の声で叫ぶ。
「助けて! ヤナギ」
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【次回予告】
「勝手に入んじゃない! 警察呼ぶぞ」
「おい、コイツになんて事してんだよ」
「は? 別に。ちょっと遊んでた
だけだろ? 兄妹で」
「ふざけんじゃ……ねぇぞ!」
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