第35話、笑って怒るお兄ちゃん
「で、君は誰なわけ?」
ソファーにドカと座って、
笑ってはいるが、
あきらかに機嫌の悪い声で、兄貴が。
「彼氏じゃない、んだっけ?」
と、床に何故か正座させられてる
ヤナギに聞く。
「はい……」
おっそろしくバツが悪そうに答える。
「ゴメン、ヤナギー、ほっぺた真っ赤ー」
僕はその横で、晴れた頬に
濡れたタオルを当てる。
「殴る事ないじゃん、兄貴ー!」
「彼氏じゃない男に、
すいぶんと親切だねー、ダイヤ」
「大体、帰ってくるなら言ってよ。
なんでいきなり帰ってくるの!」
「仕事で急用だったのさ。
だから、お前を驚かそうと思ったら、
驚いたのは、こっちだったよねー」
あっはっはっはっ、
と兄貴は乾いた笑い声を出してから、
「なぁ、ダイヤ。兄ちゃん言ったよなー
彼氏作るなとは言わないけど、
家には入れるなよーって。
ここは兄ちゃんの家だからなーって」
「い、言ってたけど、
いろいろ、仕方なかったの。
彼氏じゃないし」
ほう? と兄貴は首をかしげて、
「それで、彼氏じゃない、君は誰?」
と、再び聞いた。
ヤナギは顔を引きつらせて、
「ユーザーサポート、です」
と答えた?
「は?」
「ゲームの、ユーザーサポート……。
妹さんがやってるVRゲームの」
「ゲームのユーザーサポートが、
サポートしに家を訪ねて、
そのまま住み込んだ訳」
「そう、しなければならなかったんで」
「ほう! やっぱ殴らせろ」
「やめてって兄貴!」
「なんで、ゲームのサポート社員が、
ユーザーの家に転がり込んで、
あろうことか嫁入り前の妹と
寝起きしてるのかな」
「それは……その通りなのですが……
誓って、何もしてないんで。
やましい事は何も」
「なにもしてないと?」
「はい、そりゃあ、もう」
「抱きしめた事も無ければ、
手を握った事もないと!」
「そ、れは……」
ヤナギが視線を反らし、押し黙った。
「それは、あるんだな。
分かった。もう一発、殴らせろ」
「だから、やめてって、兄貴ーーー!」
◆◇◆◇
それから、だいぶ時間をかけて、
何があってこうなったかを
兄貴に説明したんだけど。
「まぁ、話は分かった。
つまり、1ユーザーである妹を、
スパム対策という極めて内部的な作業に
巻き込んでると」
納得してないみたいだよね。
「あの、一応、臨時契約社員として
契約は結んでて……」
「そんな事は、いいのだよ。
それを、なんで、うちの可愛い妹が
やらなきゃならないのか。
そして、なんで、君みたいな男が
うちに住む事になってんのか」
「妹さんにしか、出来ない作業で、
この家でしか、出来ない対策なんで」
僕がそういうスパムを作ったからだ。
「一時的に対策を打つのはまだ分かる。
でも、1ヶ月近く、この状態なんだろ?
じゃあ、一度サーバー止めるなり、
一時的に運用停止するなりあるよね。
対策が遅いんじゃないの?」
「それは……」
「結局、妹が協力的なのを良いことに、
背負う必要の無い事を、やらせて、
作業を先延ばしにしてるだけだよね。
それは、社会企業としてどうなの?」
ちょっと、兄貴、それはさすがに、
「兄貴、いい加減にしてよ。
Vライフを止めないのは、
ユーザーの為だし、
僕はVライフがとまると困るから
協力してるのに──」
そう言う僕の声を、
「いえ、お兄さんの言う通りです」
ヤナギが否定した。
「俺らは彼女の優しさに漬け込みました
本来、俺ら社員だけで解決すべき事で
巻き込むべきじゃ無かった」
無表情で無愛想ないつもの声で。
え? それ、どういうこと……
兄貴がふんと息を吐いて。
「分かってくれたの。
じゃあ、とりあえず今日は、
帰ってくれるよね」
「わかってます。
お邪魔しました」
ヤナギはそれだけ言って立ち上がる。
ノートパソコンと、荷物をまとめだす。
「ちょ! ちょっと待って、
帰るの? ヤナギ」
「あぁ」
無愛想に呟いて、荷物を背負う。
ヤナギの荷物は、恐ろしく少ない。
「今夜の時雨ちゃんの配信は?」
「VRの無い雑談枠に変える」
「明日のゲーム配信は?」
「モーションリンクの2D配信にする」
淡々と答えが返ってくる。
強固な意思をそこに感じる。
「では、失礼しました」
兄貴に一礼して、玄関へ歩いていくのを
「ちょっと待って!」
僕は追いかけた。
「待ってよ、ほんとに?
ほんとに帰るの?」
「いや、家主、帰って来てるのに、
居続けらんねぇだろ」
「そうだけど……そうだけど!」
「元々、お前がやらなくても良い事
だったんだ。気にすんな」
それでも、やりたくてやってたのに。
「後でセナさんから連絡する。
こっちはこっちでなんとかする」
僕の力はもういらないと、
そういう事ですか。
泣きそうな僕の顔を見て、
「安心しろ。配信で待ってるからな。
お前がくるの」
そう言って笑った。
こんな時、いつも撫でてくれるのに
「今日は、頭、撫でてくれないの……」
「いや、後ろでお兄さんが
怖い顔してるんで……」
小声でヤナギは言った。
顔が引きつっていた。
「じゃあな」
そう言って、
ヤナギは玄関から出て行った。
僕は、なんの言葉もかけられなかった。
後ろから兄貴の手が伸びて、
ガチャリ、と玄関の鍵をかけた。
「さ、リビングに戻ろう、ダイヤ」
「……うん」
僕には頷く事しか出来ない。
リビングに戻って、
兄が座るソファーの、隣に座る。
いつも、そうしていたように。
「なんだよ、
久しぶりに兄ちゃんが帰ってきたんだぞ
もう少し喜んでも、よくないかい?」
あぁ、そうだ。
久しぶりに兄に会えたのは、
嬉しい事のはずだ。
でも、なんか複雑だ。
「兄ちゃんがいなくて、寂しかったか?」
笑いながら、兄は聞いてくる。
「寂しかった」
素直に、口にする。
そうだ、僕はこの広い部屋で、
兄貴がいなくて、寂しかったんだ。
兄は嬉しそうに笑って、
「そう、じゃ、まだ肝心な事
言われてないんだけど?」
と、僕の顔を覗き込む。
あぁ、そうだっけ?
久しぶりに見る兄貴の顔は、
なんだか、久しぶりな気がしない。
「おかえり、兄貴」
「ただいま、ダイヤ」
ニッと兄貴は笑って、僕の頭を撫でた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
【次回予告】
「ちょ! 兄貴、なにやってるの?」
「んー? もうちょっと、寝たいなーて」
「1人で寝れば良いじゃん」
「いつも使ってる抱き枕がなくて」
「僕を抱き枕にするのやめて」
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