第27話、はちみつ100%
いつ寝たか覚えてない。
起きた時、自分のベッドにいたから、
たぶん、ヤナギが運んでくれた。
もう朝だ。
癖で、枕元を探って、
そこにスマホが無い事に気がつく。
あぁ、電源切ったんだっけ。
思い出して、心がズンと重くなる。
一晩で、たった一晩で、
いろんな物を失った。
のそのそと起き上がって、
リビングへの扉を開けた。
なんか、良い匂いがした。
「あぁ、起きたか? おはよう」
ヤナギがキッチンから、顔を出して。
「……おはよ」
「もうちょっとで出来るから、待ってろ」
ほんとに、作ってくれたんだ、
フレンチトースト。
卵とバターの良い香りがする。
「僕の、スマホは?」
「……ソファーの上にある」
ソファーの上に無造作に置かれた
電源の入ってない黒い画面。
昨日今日で、
事態が好転してる訳もないんだろうな。
ボウっとしていると、
「出来たぞ」
ヤナギが、皿を2つ持って。
「食べるか?」
「食べる」
「ん」
ナイフとフォークなんて、
うちにあったっけ。
最後に使ったの、いつだっけ。
カチャカチャ音をたてて、口に運ぶと
甘さと優しさだけが、広がった。
ジワと心からこみ上げる熱が、
頭の中で、変な音をたてる。
頭がボウっとする。
「時雨ちゃん、今、何してるかなぁ……」
ほとんど癖で、口に出す。
毎朝考えるのが、日課だったから。
「時雨ちゃんは、今お前と朝食食ってる」
ヤナギがナイフ動かしながら言う。
「え?」
僕は顔をあげて、その姿を見る。
「時雨ちゃんは、今、
お前が、どうしたら笑うか、
そればっかり、考えてる」
いつもの無愛想な声。
「……ほんとに?」
「あぁ、間違いない」
「……そっか」
僕は視線を戻して、
フレンチトーストを口に入れた。
「うまいか?」
「うん、おいしい」
「良かった」
甘くて、はちみつたっぷりの
フレンチトーストは、
確かに、すごく、美味しい。
「今日、時雨ちゃんのおはツイは?」
聞いてみる。
「んー? スマホとパソコンを、
取り上げられた」
「へ?」
「勝手にコメント出来ないように
だってさ」
ははっ、とヤナギが笑っていた。
吹っ切れたように。
「だから、今日はツイート出来ない。
出来ないものは仕方ない」
ははっ、と僕も笑う。
「時雨ちゃん推しになってから、
時雨ちゃんが朝ツイートしない日って、
初めてだよ」
良く知ってるな。と、
呆れたような言い方をされた。
「お前ってさ」
「なに?」
「どんなきっかけで、
月下時雨ファンになったの?」
ん? どんな? それは……
フォークを止めて、考える。
それは、
「この部屋さ」
「ん?」
「兄貴と住んでた」
「あぁ、それは聞いた」
「兄貴が、仕事で海外に行ったら。
1人になって。
おはよう、も、おやすみ、も
言う人がいなくなったの」
この部屋は、広い。
1人には、寂しすぎる。
「だから、ツイッターでおはようして、
いろんな人に、いいね! しまくる
とかしてたの。一日じゅう」
「立派にツイ廃だな。
廃人基質はその頃からか」
「ある日、時雨ちゃんにいいね! したら
おはツイにリプ来たの」
『おはよう! 今日もがんばろ☆』
「僕、ビックリしたの。
いいねしただけで、リプくれるの、
この人、って」
「あぁー、してたなー、いいねリプ返」
「そこから、時雨ちゃんのおはツイに
リプするようになったんだけど」
『おはよう』に『おはよう』って返す。
毎朝、毎朝、必ず、欠かさず。
時雨ちゃんは絶対に、
おはようツイートしてくれる。
おはようって言わせてくれる。
「おはよう、って言わせてくれるの、
すごく嬉しい」
ただそれを言える場所があるだけで、
すごく嬉しい。
必ず、欠かさず、いつでも迎えてくれる
それが嬉しい。
「そこから、VR買って、
ライブ見に行って、気がついたら、
全力で推してた」
時雨ちゃんは僕の全部になった。
「そっか」
と、ヤナギは呟く。どこか嬉しそうに。
「そりゃ、今日は『おはようツイート』
出来なくて悪かったな」
そんな事をいうもんだから、
「え? 言ってくれたじゃん
『おはよう』って」
「ん?」
朝、僕の顔を見て、言ってくれた。
『あぁ、起きたか? おはよう』
確かに、そう言った。
ヤナギは思い出したようで、
「あぁ、そうか……」
と、気恥ずかしそうに視線を反らした。
僕は、ふふっとまた笑って、
フレンチトーストを口に入れた。
◇◆◇◆
「お前、今日、休みだろ」
朝食を食べ終わって、
皿を片付けながら、
ヤナギが聞いて来た。
「うん、土曜日だから」
僕はソファーに座って、
背もたれに頭を乗せて、天井を見て。
「そうか、じゃあ今日は、
スマホもVRも全部休憩だ」
全部、休憩か……。
どうせ、電源を入れる気になれない。
ヤナギが戻ってきて、隣に座る。
ギシと音をたてて、ソファーがたわむ。
「でも、何も、することが無い」
僕はボウとした頭で呟く。
スマホがない、VRが無い。
それだけで、もう何も残ってない。
もうずっと、生活の全部だったから。
「じゃあ、」
と、ヤナギは呟いて。
「俺と、遊ぶか」
と、言った。
「……ん?」
僕は、理解が追いつかなくて、
ヤナギの顔を見返した。
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【次回予告】
「お前、知らないのか?」
「し、知らない、やったこと無い」
「じゃあ、おしえてやる」
「僕に、出来る?」
「もちろん。すっごく楽しい。」
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