第26話、えこひいき
「なんとかならないんですか?」
閉まった扉を見ながら、ヤナギが聞く。
「今、コンプライアンス部がやってる」
セナが答える。
「動画の削除は?」
「切り抜きは、削除申請は出すけど、
アーカイブはコラボ相手の許可がいる。
この時間じゃ、相手事務所に
連絡がつかない。それに……
すぐに非表示にするのは、
隠蔽だと思われる」
「でも、このままじゃ、アイツはずっと
叩かれ、晒され続ける」
「だから、今、対応してるから」
「今だって、あいつは、一言でも、
バグに対処する為に頼まれて
VRに入ってました。って
そう言えば、叩かれないのに」
言わずに、黙ってる。
「そういう契約を結んだからね」
守秘義務契約。
バグの件を公言しない契約。
「せめて、月下時雨としてコメントを
出させて下さい」
「なんて出す気よ」
「VRに入れたのは、私の責任で、
彼は悪くない。叩くなら私して、って」
「絶対ダメよ。やめて」
「なんでですか」
「そんなんで、炎上は止まらないからよ」
「じゃあ、どうすんですか!
黙って見てろって言うんですか!
あいつ苦しんでんのに」
今も扉の向こうで、1人で傷ついてる。
身を削って、守ったはずの人達から
叩かれて、反論もできなくて。
なにも悪く無いのに。
「だから、今やってるって。
専門家が、ちゃんと対策考えてるから」
「俺は、勝手にツイートしても、
良いんですよ」
ヤナギが、そう言い切ると、
セナは顔を上げた。
「は?」
見たことない怖い顔で
「生意気言ってんじゃ無い、青二才がっ」
叫んだ。
「正論で炎上は止まんないの。
ファンは、えこひいき、を怒ってるの。
ファンなのにあの子だけVRはいれて、
あの子だけ、親しくしてるから」
同じファンなのに。
自分だってVR入りたいのに。
なんで、あの子だけ入っているのか。
なんであの子だけ、距離感が違うのか。
その不公平が、不快で、怒ってる。
「でも、あんたは、今
あの子と同じ部屋に住んで、
あの子と一緒にご飯食べてんの。
わかる?」
セナの言葉に、
ヤナギが歯を食いしばる。
「今だって、あの子の事しか考えてない
あの子を傷つけないように、
それしか考えてない、見えてない」
その為だけに、
コメントを出そうとしてる。
他のファンの事は、一切考えずに。
「それが、えこひいきじゃなくて、
なんなの?」
「それの……なにが悪いんですか」
「それが、逆効果で、
燃料投下するだけだから、
言ってんでしょうが!」
ガチャ、と扉が開いた。
そこに立つ、無表情の僕をみて、
2人は、あ……と言葉に詰まった。
僕は視線を上げずに、
「今日は、帰って」
感情の無い声で、それだけ言った。
「お前、大丈夫か?」
ヤナギが近づいてくるのを無視して、
「明日、配信ないから。だから、帰って」
もう一度言った。
2人は一度視線をあわせて。
辛そうな顔でうなずいて、
「分かったわ。今日は、帰るわね。
また連絡するし、対策も打つから」
と、セナさんが言ってくれる。
「でも、改めて言うけど、
あなたは悪くない。
私達はあなたに感謝してるし、
あなたが必要なの」
「僕が、ですか? 僕の家が、ですか?
僕の回線が、ですか?
僕のアカウントが、ですか?」
別に、この部屋を明け渡して、
ホテル暮らしをしても良いと、
本気で考えてる。
「あなたよ。ダイヤちゃん、
私達には、あなたが必要なの
絶対に見捨てない」
セナさんは、優しく言ってくれるけど、
でも、もう、どうでも良い。
どうでも、良いんだ。
誰かの為に、頼まれて実行したら、
当然のように人の為になると思っていた
まさか、第三者から、
こんなにも負の感情をぶつけられると、
思って無かったのだ。
そして、多分、僕は立場が逆なら、
同じ事をしていた。
時雨ちゃんと付き合ってるファンがいて
ソイツが、通常入れないスペースで
時雨ちゃんと親しくしてたら、
僕は同じ感情を持った。
『ファンなのに、時雨ちゃんに
手ぇ出すとか、マジギルティ!
距離感守って! 見てて不快!
いくら時雨ちゃんが良いって言っても、
僕らは許可しないからな!』
そう、思ったし、コメントもした。
当然のように。
だから、誰も責められないんだ。
でも……それでも、
守りたかった人から、
嫌われ、断罪されると言う現実が、
心を切り刻む。
僕は、みんなが、大好きだったんだ。
僕は、みんなに、好かれたかったんだ。
悪いことをしたと、思って無い、
そして、誰も悪くない。
なのに、なんでこんなに、
僕が苦しまなきゃならない?
「ヤナギも、帰って」
とにかく、1人になりたかった。
何も考えたく無かった。
「わかった」
ヤナギはそう言って、
「でも、朝には、また来るからな」
と、言った。
「なんで。配信無いから……」
別に来なくて良い。
床を見ながらそう言おうとしたんだけど
「俺がいないと、
お前、朝食、食わねぇだろ」
ん? 顔をあげると、
ヤナギがふわと笑っていた。
「フレンチトースト、作ってやる。
お前、食べたがってたろ」
フレンチ……トースト?
「はちみつが良い? メープルが良い?」
「は……はちみちゅ」
「生クリームつけるか?」
「つける」
「甘いの?」
「あ……あま」
ボロ、と涙が溢れた。
抑え込んでた感情がパァンと膨らんで、
胸から声がこみ上げた。
「あまいのっ」
ドンっと、ヤナギの胸に頭を寄せる。
その服を掴む。
勝手に声が漏れ出た。
「ぅああああああぁ」
涙と嗚咽がドンドン溢れて、
わけが分からなかった。
「やっぱり、かえっちゃ、いやあああぁ」
僕はヤナギの胸に顔をつけて
子供みたいに、泣きじゃくった。
セナさんが笑って、
一緒に居てあげて、
とヤナギに言っていた。
ヤナギは泣き続ける僕を
だいぶ控えめに抱きしめてから、
そっと、頭を撫でた。
僕は気が済むまで、
ヤナギの胸の中で泣いた。
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【次回予告】
「あぁ、起きたか? おはよう」
「時雨ちゃん、今、何してるかなぁ……」
「時雨ちゃんは、今お前と朝食食ってる」
「え?」
「時雨ちゃんは、今、
お前が、どうしたら笑うか、考えてる」
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