第2話、ブロックノイズの覚醒プログラム
「逃げて!」
VR空間に、時雨ちゃんの声が響き渡る。
「すぐに落ちて! ルームアウト!」
部屋の中には何人もユーザーがいた。
状況を理解できず、オロオロしていた。
当然だ。
突然現れた黒い人型が、襲ってくる。
訳がわかんない。
ゆっくり、でも確実にユーザーを狙う、
黒い人型のアバター。
「ルームアウト出来ない」
隣で渚がウィンドウ開きながら。
マジで?
人型から距離をとりながら、
俺も退室ボタン押してみたけど、
〜退室は許可されませんでした〜
白い文字が無慈悲に浮かんだ。
「退出にも、二段階認証が求められてる?
時雨ちゃん、そう設定したの?」
「そんな訳ないでしょ」
いつの間にか時雨ちゃんが後ろに居た。
「そもそも、そんな設定は存在しないわ」
あれ? いつもより口調がキツイ?
そんな凛とした時雨ちゃんも素適。
「どうする? 電源切る?」
渚が見えないゴーグルを触る。
電源切って、強制的に落ちる、と。
それは……
「ダメだ。そうするとリスポーンが、
この部屋からになる」
次のログインはこの部屋からだ。
だけどこの部屋は、
「きっと、二度と入れない」
二段階認証が許可されない。
入れても、出れない。
だからこいつら、ゆっくり襲ってる。
ここから出られないと知っているから。
「うわっ!」
誰かが黒い人影に攻撃された。
接触判定はない。攻撃は、すりぬける。
だが真紫のノイズに触れた瞬間
アバターが、紫の正方形のノイズに
飲み込まれていく。スパム感染だ。
立ったまま、ノイズが全てを包んでく。
あ……
ブロックノイズスパムに感染したら──
ブツンとその人は、かき消えた。
赤い文字がそこに浮かんだ。
〜ユーザーとの接続が切れました〜
二度とログイン出来ない!
「あああっ!」
頭に血が登って、勝手に声が出た。
「落ち着いてシカク君、死ぬ訳じゃない」
そうだ、ログイン出来なくたって、
死ぬ訳じゃない。
攻撃されたって、痛いわけでもない。
でも、
「Vライフの無い毎日は死ぬのと一緒!」
「おぉ、ライ廃だねぇ」
なぜだか嬉しそうに、友人は言った。
「ちょっと待って……なにこの状況」
時雨ちゃんが頭を抑えて。
見たことない、苦しそうな顔してる。
そんな顔を見たことがない。
いつも僕らに笑顔で、辛くても笑顔で
元気をくれる時雨ちゃんを……
リアルで歯を噛みしめる。
カチリと言う音を、マイクが拾った。
時雨ちゃんに、こんな顔させる奴を、
僕は許さない。
ウィンドウ開いて、アプリ立ち上げた。
視界いっぱい、プログラムが並ぶ。
「シカク君、なにやってるの?
その真っ黒のアプリ、なに?」
「エグゼクティブプロンプト」
「エグゼ……え? なに?」
「僕が作った、チートアプリだよ」
「チート? ……え? チート?!」
「システムいじられて出られないなら、
チートでこじ開ける!
ソースコードぶち破る!」
そうこれは、そのためのアプリ。
「最高だね! さすがプログラマー!」
チートで、プログラムで、スパムで
誰かを泣かせるのは、許さない。
「渚くん、ここのルームID読み上げて」
「了解。7F923ACドットブイ」
「OKクリア! 実行するよ!」
僕は両手を突き出して、
目の前に浮かぶ実行ボタンを押した。
〜 run 〜
僕の周りから、光が放射状に広がった。
同時に床が波打ち、色を変えて行く。
地面は動かないのに視界効果で揺れる。
人型の動きが、止まったように見えた。
光が、壁の色を変えていく。
空色の壁にバキと線が入って
すべて同時に、音を立てて、開いた。
光が、漏れた。
「これは……ダイブゲード?
1番最初の、画面の!」
「いえす! プログラム書き換えて、
壁一面、ダイブゲートにしてやったぜ!
どこにでも行き放題!」
「シカク君、最っ高!」
「さぁ! みんな逃げて」
僕の声で、みんなゲートに飛び込む。
黒い人型はゆっくりだから、
出口さえあれば、逃げるのは、訳ない。
「時雨ちゃん! 早く」
振り返ると、時雨ちゃんが座り込んで
放心状態で、僕を見上げていた。
「今の……なに?」
「いや、だから、チート……」
「なんで、そんな事、できるの?」
「そんな事言ってる場合じゃ──」
「シカク君、危ない!」
へ?
VRは、後ろが見えない。
どんなに動きがゆっくりでも、
後ろから襲われたら……
バチンとノイズが弾ける音がした。
振り返った視界に、白いアバターが、
渚クンが、ノイズに巻かれるのを見た。
へ? 渚クンが、僕をかばって……
ノイズに侵食されながら、彼は僕を見て
あぁ、と笑った。いつものように。
「ごめんね、時雨ちゃんを助けてあげて」
ブロックノイズは彼を包み込んで、
ブツンと姿を消した。
赤い文字が浮かぶ。
〜ユーザーとの接続が切れました〜
二度とログイン出来ない。
それは、二度と会えないって事──
「あああああっ」
頭が真っ白になる。
僕をかばった?
そんな必要、無かったのに。
襲ってくる黒い人型が見える。
みんな逃げたから。
標的が僕らしかいなくなったから。
覚悟を決める。
あぁ最初から、そうしてれば良かった。
リアルの歯を食いしばって、
あるプログラムを実行した。
ノイズが、頭に響いた。
僕の右手がグシグシと侵食される。
紫の正方形が集まって、画像が乱れる。
「へ? なに、それ」
時雨ちゃんの呟きが聞こえてくる。
「ブロックノイズスパム」
僕は、ポツリと呟く。
黒い人型が、ビクリと反応した。
そうだ、これが本物の
ブロックノイズスパム。
何も考えずに歯だけ食いしばって、
ノイズの右手を人型に叩き込んだ。
接触判定はない。
だから、拳は、ほとんどすり抜ける。
すり抜けた瞬間に僕のノイズが弾ける。
ノイズがぶつかって、僕のだけが残る。
黒い人影が、ブツンとかき消えた。
あぁ、やっぱり、
「僕のプログラムの方が強い」
続けて残りの敵に殴りかかる。
接触判定はない。
でも触れた瞬間にこっちが勝つ。
つまり、無双だ。
全てにおいて、こっちのが強いから!
「お前ら、許さないから!」
時雨ちゃんの雑談枠を、友達を、
全て台無しにしたお前を、
絶対許さない!
最後の1体に殴りかかると。
ブツンと音をたてて、人影は消えた。
シンと、辺りが静かになった。
僕の呼吸音が、VR空間に響いていた。
「あ……」
時雨ちゃんが声を漏らす。
相変わらず座り込んで、驚いた顔で。
「大丈夫? 時雨ちゃん」
僕は怖がらせないように、
ちょっとだけ距離をとって近づく。
僕のブロックノイズスパムは、
まだ立ち上げたままだから。
「今の、何? なんで、消えたの?」
時雨ちゃんが、訳がわからない、
という顔をする。
なんで、黒い人型を消せたのか。それは
「あー、えっと。プログラムの、優位性?
同名のプログラムが、同位置にあると、
ファイル更新日が新しい方が勝つ……」
「なんであんたは、接続が切れないの?」
僕の右手を見ながら。
紫のノイズに染まる右手。
「それは……えっと」
「その顔は、なに?」
え? 顔? 僕の顔がどうしたって?
聞くだけ聞いた時雨ちゃんは、
僕の答えを待つ前に、立ち上がった。
そして、なにかを理解したように、
「そっか」と、笑った。
天使の笑顔を浮かべた推しは、
両手を伸ばして、僕に抱きついた。
え?
接触判定はない。感触も何もないのに、
至近距離の推しの顔に、
抱きしめられている、その光景に
頭が真っ白になって、両肩が震えた。
だからすぐには、分からなかったんだ。
そうだ、今、僕を抱きしめたら
「時雨ちゃんも、ブロックノイズスパムに
感染する」
時雨ちゃんは、そんな事お構いなしに
僕の顔を見て。
「つかまえた」
と、笑った。勝ち誇った顔で。
「ピンクドット」
はっきり、僕を見て、
僕をそう呼んだ。
目の前に文字が浮かぶ。
〜ユーザーサポートにより、
開発モードに強制送還されます〜
目の前が真っ暗になって、
僕は、強制的に飛ばされた。
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【次回予告】
「あんた捕まえて終わりじゃないの?
マジで? うわっ、ほんと勘弁して……
「口悪い時雨ちゃん、新鮮でいいなぁ…
ちょっと、罵って」
「うわぁ、気持ち悪いぞ☆」
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【出演Vtuber】感謝御礼!
久不シカクさん
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狛犬渚さん
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月下時雨さん
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(時雨さんは実際は男Vさんです)