第13話、休日デート
そんな感じで、何日か経って。
休日の朝、リビングに行くと、
いつものように、
ヤナギがソファーで寝てた。
起こそうかと思って、それをやめた。
ドスンと、ソファーに座った。
「ぐはっ!」
動物つぶしたみたいな声。
「おまっ! お前、な、なにやってる!」
「あ、起きた? おはよう」
「おはよう、じゃねぇ! 踏んでる!
乗ってる! 俺の太もも!」
「あぁ、気が付かなかったー」
「絶対分かってたよな、分かってたよな」
「僕の家のソファーに、
僕が座って、なにか悪いですかね」
「わかった。座りたいのは分かった。
起きるから、早くどけ、重い」
「重い?」
は? 今、なんつった、この男。
「重い? 僕が? へぇー、重い?」
「グハッ! 体重かけんな、揺らすな!
重っ……」
「ほう! まだ言う!」
「やめろ! 重くない、重くないから。
お前は全然重くない。
太ももじゃない所、乗ってる!
変なとこ乗ってる!」
やっと立ち上がってあげると、
ヤナギは身体を起こして、
あー、と疲れた声をだす。
「おま……お前なぁ」
「起きた?」
「起きた」
そりゃ、よかった。
いつも朝はスロースタートなんだから。
ヤナギの隣に、あらためて座る。
スマホを操作して、
今日もツイッターチェックから始める。
「ヤナギー。
今日の時雨ちゃんの、おはツイは?」
「飯、食ったらする」
「今日の朝食、パン? ごはん?」
「お前、どっちが良い?」
「ごはん」
「ん」
ヤナギがいなくなったソファーに
ごろんと横になって、スマホを眺める。
時雨ちゃん、まだ起きてないなぁ。
おやすみだから、まだ寝てるのかな、
とか考えて、ふふっ、と。笑った。
◆◇◆◇
「ねぇ、ヤナギー」
朝食終わって、2人でソファーに並んで
パソコンとスマホをお互い操作しながら
「時を動かす、って、どうやるの?」
なんとなく聞く。
「は? お前、それ、どこで聞いた?」
「セナさんがうちに来たとき、
なんか、言ってた。
Vライフの時間が動けば、元に戻る」
とかなんとか、そんな事を。
ヤナギは、マジか。と、呟いて
視線を作業中のパソコンに戻して。
「Vライフは、アカウントに回線IDが
紐ついてて、ブロックノイズスパムは
そこを書き換えるから、
ログインできなくなるんだけど」
と、作業しながら、ヤナギが話す。
「それは、理論上は新規でアカウントを
作り直す事で解決するんだ」
「え? そうなの?」
「新規アカウントで、新しい回線IDで
あとは二段回認証で情報を引き継げば
同じデータで問題なくログインできる」
え? すごいじゃん! 解決じゃん!
いままで、ブロックノイズスパムで
ログインできる出来なくなった人も
復活できる!
「でも、Vライフには
一度、新規アカウント作ると、3日は
アカウントを作り直せない、って
縛りがあって」
それは、捨てアカでの迷惑行為や
アカウント乱立でサーバーダウンを
狙う人への対策。
「その、3日の、タイマーカウントが
動いてない」
「ん? え? なんで?」
「Vライフ全体の時が止まってる
カウントを担ったサーバーが停止
させられたんだ」
「それ、どうにかなるの?」
「詳しくは俺も知らない。セナさんは、
お前なら動かせる、と思ってる」
僕なら、動かせる?
Vライフの時間を?
「止まった時が動いたら、
渚クンも、戻ってくるかなぁ」
ポツリと呟くと、ん? とヤナギが
顔を上げる。
「渚?『狛犬 渚』クン? 白い服で、
犬耳アバターの」
ん? それは、フルアカウント名だ。
「覚えてるの?」
「そりゃ。ファンは基本的に覚えてる」
「フルアカウントまで?」
通常表示されるのは、簡易ネームだ。
フルアカウントは、公開情報だけど
ユーザーの個人ページを開かないと
見えない。
「まぁ、そうだな。ファンの情報は
チェックするし、全部、忘れない」
時雨ちゃんの、そういうファンは
200とか300とか、いるはずで、
それを、全部?
「まぁ、ファンが思ってる以上に、
そういうのは、ありがたいんだ。
すごく感謝してるし、大切なもんだ、
だから、絶対に、忘れない」
パソコンを打ち続ける、ヤナギの顔。
なんの表情も見えない、いつもの顔。
時雨ちゃんは、すべてのファンの、
名前を覚えて、愛称で読んでくれる、
天使。
誕生日にはDMきて、
ネガツイしたら、『話、聞くよ』って
リプくれる……天使。
「ん、どうかした?」
「あ、いや。なんか……ヤナギって、
本当に時雨ちゃんなんだな、って」
「は? 今更なに」
ヤナギが首をかしげる。
こんな男が時雨ちゃんなんだと、
認めたくない。認めたくないが……
時折否応なく、時雨ちゃんを感じる。
それが悲しい。
あぁ、なんかムカつく。
苛立ちまぎれに
「ヤナギってさ、彼女とかいないの?」
と、聞いてみる。
「は?」
「あ、彼氏の方でも良いよ」
「いや、なんでそんな事、聞くんだよ」
いや、そりゃ、だって。
「今日、休日じゃん。休みなんでしょ?」
「そうだな。配信も無い」
「だから彼女とデートとか、すんのかな
って。いるの?」
ヤナギは、少しだけ間をあけて。
「いたけど、いなくなった」
と、変な言い方をした。
「ん? なにそれ」
「これを、始めた時はいた」
これ? 月下時雨?
「あ、Vライバーに恋人いたら、
ガチ恋勢が炎上するから、
彼女、捨てたって事?」
「おいこら、勝手に酷い男にすんな。
ちょっと、違う」
「どう違うのさ」
「ガチ恋メール来て、それを見られて
喧嘩になった」
あー……あー……それは、
「それは、申し訳ない……」
僕も送ったわ。
時雨ちゃんにガチ恋メール。
「よくお前のメールだって分かったな」
ん?
顔を上げると、
ヤナギが真顔でこっちを見ていた。
「え? ほんとに?」
ほんとに僕のメールで別れたの?
「だとしたら、どうする?」
と、ヤナギは真っ直ぐ僕を見ていう。
「お前、責任、取ってくれんの?」
は?
意味が分からない。
表情のないヤナギの顔。
何を考えてるか、まるでわからない。
責任? なにを言ってる? なに……
「ははっ……冗談だ」
そう言って、ヤナギは意地悪く笑う。
「お前のメールじゃないから、安心しろ」
は? コイツなにしてくれてんの?
マジギルティ!
「それに、それだけが原因じゃないから
結構、うまく行ってなかったし。
すれ違いも多かったし」
ノートパソコン操作しながら、
ヤナギは呟くようにいう。
毎朝の、時雨ちゃんツイートに来る
リプの、返信。100を超える数の返信。
休日でも、時雨ちゃんは返事をくれる。
名前を呼んでくれて、
おやすみを楽しんで☆って、
元気をくれる。
Vライバーは、時間と労力が必要だ。
すれ違いくらいは、おきる。
少し考えて、
僕はスマホを持って、立ち上がる。
「じゃあ、ヤナギ」
「ん?」
「僕と、デートしよう」
「は?」
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【次回予告】
「やってきました!
アニメグッズ専門てーん!」
「それで、何買うんだ?」
「なに言ってるの! 今日は
Vtuber雑誌、『Vボックスオール』の
発売日で、時雨ちゃん特集が組まれて
表紙にも時雨ちゃんが乗るんじゃん」
「え? マジで? アレか!」
いつも応援ありがと☆ 毎日更新するよ!
【出演Vtuber】感謝御礼!
久不シカクさん
https://twitter.com/cube_connect_
狛犬渚さん
https://twitter.com/Wan_1_nagisa
月下時雨さん
https://twitter.com/Gekka_Shigure
(時雨さんは実際は男Vさんです)