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2/1 -いちぶんのに-  作者: 藍内
旅・故郷
83/98

僕の名前は

 こうしてこの街に来たことで実感できた。

 ここでは、自分を知る人は誰もいない。杉本さんにも埼玉に来ている美久の両親にも、『美久の友人である飯田誠』としてしか理解されていない。この美久の生きた街に誠はいない。今の自分はいない。残っていたとすれば幼い頃の空想の人物として。

 分かっていたことだけど――。

 ずっと暮らしていた街。その誰からも知られておらず、認識されていない。自分の半生が幻だったかのように感じる。美久として生きた14年、あれは夢ではなかった、そのはずだ。でもそれが消滅していくようだ。



 病室の美久。美久が窓から見ていた景色。あの窓からは昔の思い出の、赤い屋根をしたケーキ屋と映画館が見えた。

 美久は目覚めた日から、自分のいない街にいた。事故後の不安に包まれながら、良く見知った誠側の街で、誠側の友人も知り合いも、母ですら訪れない中ずっと、その喪失感を覚えながらあそこにいたんだ。千夏を唯一の理解者として。



 美久のクマのぬいぐるみをクローゼットから取り出し、胸に抱く。二人とも持っているぬいぐるみ。あの頃は自分同士の繋がりを作るのに、それを証明するために必死だった。いや今もそうだ。これからも? いつまでも? 無くなったものを追い求めているようなものだ。大事なことだけど、それが全てではない。


 ――僕の名前は誠だ。美久じゃない。両方でもない。自分は誠一人だ。


 今まで自分は一つで、一人であり二人であった。美久であり誠でもあった。それだけは忘れたくない。消し去らない。

 そしてかつての自分から、新しい自分達が生まれた。

 美久と誠、二つで一つの自分がいたから今の自分ができた。最初から誠の一人しか自分がいなければ、ここにいる自分とは違った人格になっていた。

 自分だった存在がいる。それは嘆きの象徴ではなく、自分だけの幸せだと思う。お互いが相手の事を深く理解することが出来るのだから。



 しばらくその場で佇んでいると、ある事を思いついた。

 まだ時間はあるだろうか。

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