もう一人の自分はもういない?
今日は病院には行かない。
避けているわけではない。部活に最後まで出ていれば面会時間には間に合わないし、一旦頭を冷やして落ち着かせる必要があったので、ちょうどいいインターバルになる。
家にもまっすぐ帰る。
ユニフォームを洗濯に出す。部活を休み続けていることを隠すために、偽装で使ってもいないユニフォームを洗濯に出すこともあった。母を不安にさせないために。若干失敗してしまったけど。
夕食は母からメールで依頼があった通り、すでに下ごしらえをしてもらってるシチューの具材を煮込み、炊飯器のタイマーがおかしくなってないか確認してからサラダを作る。母は時々タイマー設定を失敗して「この炊飯器も寿命ね」と責任転嫁をするので、タイマー予約の時は毎回確認するようにしている。
シチューが出来上がってから『そろそろ帰る』と連絡があったのでしばらく待つ。
何となく二週間近くも病院食を食べている美久の姿が浮かび、かわいそうだなと感じた。
帰ってきた母は、パート先のスーパーで偶然幼稚園の頃の先生に会ったと教えてくれた。会話の内容は「もう中学生になったんですか」「早いものですよ。もう身長は追い抜かされる所です」といったよくあるものだったらしい。その先生は担任の時点では確か30代の女性で、明るく元気な人だった。その頃の自分はまだ、一人の人間としては辻褄の合わないことを言うおかしな子供だった。優しい先生で、もちろん頭ごなしに否定はしないでいてくれたけど、そんな事は本当は起こらないんだと諭してきたのを覚えている。
もうそんな心配はありませんよ、と先生に伝えたかった。もう一人の自分はいなくなったから。
ベッドの上、暗い部屋で考え事をするとあの三人の夢を思い出してしまう。
何故美久は現実を認めて達観している? いや、悲観的にはなっていると思う。表情は自分ほどではないけど暗い事が多い。千夏の言っていたように美久の気持ちを考えてみるべきかもしれない。
そこで疑問に思ったのが、どうやって美久はああいった考えに到達しているのか。それが知りたかった。どういうきっかけで腹をくくって美久一人として自分を定義するようになったのか。
道を違えたり枝分かれしても、たとえ美久が一歩先を行っているとしても、その前提を踏まえればある程度は美久の思考をトレースできるはず。同じ自分であった以上。
そうだ、逆に考えると美久も自分と同じ考えになる可能性も十分あった。でも自分達の内どちらかもしくは両方が、何かのきっかけか、それか環境や肉体の違いで方向が変わってしまった。それはやはり事故が有力ではないか。ベッドの上で安静にしているだけの毎日は当然感情や思考に影響を与える。事故や肉体の損傷といった大きなショックの後に病室で思索を続けるのは、悲観的な方へ行きやすくなるだろう。暗闇の中で光もなく手探りで彷徨う、それは望まない道へ簡単に迷い込んでしまう。美久の考えが一歩先に行っているとは限らない。それが正解の道とは――。
たとえそうだとしても、事故の影響を自分のものとして感じ取り、同じように自分の分離を嘆き、欝々とした自分の思考の方が正常とも言いづらい。
ため息が出る。
いくら考えても昔からずっと、何も答えを出せていない。




