一つで無くなっていく
「ありがとうございます。美久にもそう伝えます」
「頼むよ。さて俺もそろそろ腹をくくんないとな。はっきり言いきれないけど、母さん達に会えるってなったら拒否はしないつもりなんだ。今でも怖い部分があるし、知らなくても良かったことを知らされる可能性もありそう。でも悩んでいるだけなら何も変わらない。出来ることがあるのに、それを真剣に考えずに目を背けるだけはしたくない。出来ることはやるべき。前に美久さんにそんな感じの事を言われて背中を押してもらった。感謝している」
杉本さんのメッセージが、誠である自分にも向けられていると考えたら、わずかにだけど気持ちが楽になった。
「杉本さんも、頑張ってください」
頑張って、はおかしいか。
「ははっ、頑張るよ」
杉本さんは笑ってくれた。
杉本さんとの電話の報告で、久しぶりに直接自分達で話をするつもりだ。だけど、病院へ行く足取りは重い。
見慣れてきた風景、小さい頃に何度かはこの周辺を歩く機会はあったはずだけどもあまり覚えてはいなかった。父が亡くなってからは、たまたまだとは思うけどこの近くに来ることはなかった。
駅から病院への道のりはもう完全に頭に入っている。街の中心部からやや外れ、シャッターの閉まった店の多い商店街を抜けていく。そして病院までの一本道に出たところで目に留まるのが、赤い屋根が特徴的なケーキ屋と、小さい頃に何度か訪れた映画館の入っているビル。多少古びたとは言ってもきれいな字で書かれたボードの新作メニューが定期的に変わるケーキ屋に対し、映画館は2~3年前の色褪せた話題作のポスターが掲示されている。恐らくもう営業はしていないのだろう。わずかに残る記憶の中の風景に、10年近い歳月を加えると予測できるような光景だ。片方は時間の風化に耐えたけど、片方は飲み込まれて過去の思い出だけが残っている。今の気分ではあまり眺めたくない。
美久と会うのが、話をするのが怖い。段々、一つであった頃の美久との違いが増えてきた。人格の多少の変容は珍しくないけど……。人は変わる。身近な例では政也も、サッカー部で活躍するうちに内気な性格がある程度変わってきたし、後輩もしっかり引っ張っていってる。誠である自分も、元の二人の自分からは知らず知らずの内に変化してく部分もあるだろう。それが今の美久とは違う方向にだって。
暇つぶしの本や、自分の持ち物で美久の役に立ちそうなものを適当に見繕って渡し、学校の授業の進捗について簡単に話した後、天気がいいので庭に出ることにした。美久は車いすではなくなったが、松葉杖はついている。足がどこまで回復するかは分からない。悪い結果が出るのであれば支えなければいけない。たとえ道が分かれるまでの間になったとしても。
会話の中で同意を求める言葉が多くなっている気がする。一つの存在だったからそうなっているのか? 一つのままなら必要ないのに。
美久は、杉本さんの家族との再会の件には相槌を打ちながら聞いていたが、美久へのメッセージの部分になると何も言わなくなってしまった。
何故だろう。どういう気持ちなんだろう。些細なことが引っかかってしまう。
美久の考えが分からない。人の頭の中なんて分からないもの、だけど、同じ自分だったのに――。
「杉本さんの件でまた進展があったら教えて」
ようやく美久が口を開いたと思ったら、それだけだった。そして再び沈黙がおとずれた。
結局それ以降まともに言葉を交わすことはなかった。
帰り道、歩きながら叫び声を上げそうになり、それを必死に抑えると涙が流れていることに気が付いた。
美久が、自分と違うものになっていく。




