美久の代役
今でも美久とのやり取りは手紙が中心だ。無理をすれば二人だけで話をする時間は取れるのだろうけど、その覚悟がまだ持てていなかった。無意識に避けてしまっているのが、自分でも分かる。
手紙だけのやり取りではお互い踏み込んだ話はし辛く――もしくはそれを言い訳にして――当たり障りのない情報交換しかしていない。
『政也はどうしてる?』
そう聞かれた時、莉子達の様子が気になった。莉子達には美久が意識を取り戻した翌日、事故後の3日目には両親を通じて連絡が行ったと聞いている。
『一応は回復した後だったからそんなに動揺しないと思ったら、この前は電話で質問攻めにあった』
莉子のまくし立てる様子は想像がつく。かなりの圧力だったはず、心配しての事だろうけど。政也については多少不審に思われているが、特に変わりはない、と簡単にしか記せなかった。それだけしか関わっていないから。
杉本さんの件については、美久の携帯の修理が遅れているのでこちらから杉本さんに電話した方がいいと美久に言われた。
『起き上がって長時間電話するのはまだ大変だから』とも。
自分の部屋で携帯を持って話す内容を整理していると、負担のかかることを押し付けられた気がしないでもない。美久は怪我人だから仕方がないけど。それに知らない番号からの着信を杉本さんが取ってくれなかったり、繋がったとしてもオカルトじみたことを本気でしゃべっていた飯田誠という存在を拒否されたりしたら、結局美久の方から電話してもらう事になるから。
「はい、杉本です」
発信してからそれ程待つことなく杉本さんは電話に出てくれた。
「飯田誠です。先日は美久のお見舞いに来ていただき、またその時、自分を介抱していただきありがとうございました」
「あ、ああどうも、それはべつに」
明らかに戸惑っている。迷惑なのかもしれない。
「先日美久の方に杉本さんの兄弟やお母さんの件で連絡いただいてたと思うんですけど、もし可能でしたら今でなくてもいいのでそれについて教えてもらえますか? 美久の携帯は修理中でしばらく使用できませんので」
「ええと、君は美久さんと繋がってる、ような感じなんだよね?」
繋がっていた、と過去形で表現するべきかも。正確には二人が繋がっていたのではなく一人だった、はずだけど。
「そこについてはあまり気にしないでください。代理の人間に伝言すると思ってもらえば。美久の方にはちゃんと伝えますので」
「うーん、まだよく分からないんだけど、別に君が悪意を持ってだまそうとかそんなのを疑うんじゃないけど、……まあ美久さんに伝わるんならとりあえずそれでいいよ」
腑に落ちてはいないのだろうけど、杉本さんなりに折り合いをつけてくれたようだ。
「実は病院で会った時に美久さんから、向こうが杉本さんの事を分かるはず、彼に声をかけてペンを渡してほしいと言われててさ。あんな状況で二人が仕組んで無意味な嘘を言うとも思えないし、君と美久さんの間に何か特別な何かがあるのは事実だと思う」
「そう思ってもらえたら助かります」
それから、躊躇はしていたようだけど杉本さんは兄弟や母との経過を教えてくれた。
「あんまり親父とはこの事について話したくはなかったんだけど、意を決して話してみたら親父が母さんとの共通の知人にお願いして連絡を取ってくれたんだ。これが先週の時点での話。割とすんなり進んだかな。
それで、今度は母さん達に会うことが出来るんじゃないかって言われて、まあこれが、結構迷ってる所」
「会うのはやっぱり、難しいですか」
「何というか、知らなかった事実を色々と聞かされて、まだ自分で消化しきれてないんだ。離婚の原因自体も単なる不仲だけじゃなくて母さんの側に男性の影があったようだし、母さんのが会いに来てくれなかったのも、母さん側に原因がありそうだし」
それは杉本さんにとっては知りたくなかった事実だろう。離婚という大きな決断の背景にそういった事情があるかもと想定していたとしても。以前の、あの時の自分ならそれでも会うべきだと言うかもしれないが。
「だけどまあ……、これは美久さんに伝えたいんだけど」
自分も美久も同じ人間ではあるけれど。
「大変なこともあるけど前に進めば変化があるのも悪くないと思うよ。離婚の事とか、これから母さん達に会った時に良いことばかり聞けるわけじゃないだろうけどさ、俺にとっては、それを知らずに生きていくのはだめだったと思う。親父が将来的なことのために母さんの知人の人と定期的に連絡を取って、俺が大きくなった時の選択肢を残していてくれた事も知れたんだ。そうやって状況が色々と変化してしまった以上はより良い方向に行くのを祈るしかないけど」
励ましの言葉を、希望を感じさせるような言葉を杉本さんはかけてくれた。恐らく、大きな事故にあった美久の身体とそれからの事を心配して言ってくれているんだろう。




