『自分』だったものの形
「将来的な予測は簡単なことではないし、一人に統合される可能性も踏まえておいた方がいいのは確かだと思う。けれどそれを当てにして生きていくことは出来ないよ。二人は別々の存在になってしまってる。それなのにお互い根拠のない希望にすがって共依存に陥るのは得策じゃない」
「でもそれは、大事なことだろう?」
「理由の一つは、元々何の繋がりもなかった人間同士が急に一心同体のように行動を共にしだしたら、周囲の人は不自然に思う。それが異性ならなおさら。そしてもう一つは、お互い美久でもあり誠でもある一人ではなくなってしまった。自分は村山美久という一人の人間で、君は飯田誠。既にもう自分たちは二人になっている。一人の人間じゃない二人には、それぞれの人生があるんだ」
「ちょっと――、待ってほしい」
混乱した頭の中を必死に整理しようとするが、美久は更に話を続ける。
「この考え方に対しては自分も諦めに近い感情を持っているよ。肯定的に捉えることもできない。でも最終的にはこれが正解なのだと思う。誠もそう考えるようになるはず」
「だけど、それを外部の――ような美久から先に聞かされたら、異なった結論が出る事もあるはずだ」
異なった結論、異なった考え、それは異なった人間と認めることになる。別々の存在への第一歩だ。
「二人がそれぞれ別の経験をして、それぞれが独自の思考を積み上げていく。それはあの事故で別れてしまってからもう始まっている。誠はこんな大きな怪我をしたことないし、入院したことすらない」
車いすに座る美久を見る。どうしても足に目がいってしまうのを慌てて避ける。美久は構わず話を続ける。
「元から性別も違うし、誠の方だけでスポーツをしているというのもある。これから暮らしていくのは誠は生まれ育った街で、自分は新天地になる。何もしなくても違いが出てきてしまうだろうね」
「事故は人生観を変えたというのか?」
「全くないとは言えないと思う。当事者じゃなくても誠にも何か影響はあるんじゃないかな。そうした状態で、二人になったのが一人に戻ったとしたら例えばさ、モザイク状のようなキメラになるかもね、美久になってからと誠になってからの記憶を継ぎはぎ状に持った」
美久は両手の人差し指を何度も重ね合わせる。
「二人が同等ではなくどちらかが主でどちらかが従になって統合されれば、美久か誠のどちらかが残って片方が消え去る恐れもあるよね。それ以外には1+1が1に変わってくれるとは限らなくて、事故後の異なる部分があるから1.1とか1.05ぐらいになって、波に削られる石のように次第に1になっていく事も考えられる。これは割と穏やかな着地かな。だけど、そもそも1だった自分達が分離した美久の自分と誠の自分は、本当に1もあるのかな。たとえどこか欠けていてもそれを気づけるか――結局は何も分からない」
今の自分がまともな一人分の自我があると、それだけでも信じていたいけれど……。
「今回の分離で得られた経験で少しは解明できるものもあるのかなと最初は思ったけど、その分断の正確な原因も原理も何一つわかってないからね」
「二人になったのが本当に事故がきっかけとは限らなくて、二人の距離が縮まったことに対して、神様か世界か何かが無理やりこういった結果に収束させたのかもね」
二人――、二人――。美久が自分たちの事を二人と表現する度に何故か気に障ってしまう。
目の前の美久は本当に自分だった美久なのだろうか? 本当は美久の言う通り、以前から二人だったのでは? 誠である自分の認識していた『自分』と、目の前の美久が認識していた『自分』はもともとずれていた? 自分は初めから誠で、目の前の美久は初めから美久だったというのか? ふと、そんな風に思ってしまったが、そんな事ある訳がない。事故の瞬間まで自分はずっと一人で、この二度の14年間を過ごしてきたはずだ。一人であった時に違和感なんてなかったはず……。
悪い想像の連鎖を振り払うように美久にした質問は、間抜けなものだった。
「自分が誠になったことで、空っぽになった美久の体に幽霊とか別人の魂が入っていたりはしないかい? それか世界五分前仮説のように、現在誠のままである自分が本体で、偽物として自分と同じ記憶と人格を持った美久が事故後に創造されたとか」
「……それは証明しようがないね。それに、自分の方からもそれと同じ質問は出来るよ」
そう言って美久は笑った。
「ちょっと疲れてきた。横になりたい」
会話は打ち切られた。時計を見ると一時間近くたっていた。傷を負った身体には酷だろう。車いすを押そうとした時、ふと、美久に触れてみたくなり、美久の手を取った。自分より低いけど体温を感じる。指の先にかすかな鼓動があった。自分以外の鼓動。
「どうしたの?」
「いや……」
そこにもう一つの命がある。それがどうしようもなく辛い。




