事故現場
*
ベッドの上にいる。横向きに寝ている。キャスター付きのいす、薄茶色のカーペット、部活用の大きなカバン、いつもの部屋の風景。
――誠側だ。先ほどまで寝ていたのだろうけど、朝ではなさそうだ。パジャマに着替えているわけでもなく、カーテンも開いたままだ。
起き上がり記憶を辿る。誠側では確か家に帰ってから昼寝をして、そこで美久に切り替わっていた。
いや、そこじゃない。美久のあれは、最後に見た風景は何だったんだ。あそこまで接近したトラックにブレーキ音。大きな衝撃を受けた気はするけれどその瞬間はよく覚えておらず、そこから先の記憶もない。
……車に轢かれた。恐らくそうだ。
鳥肌が立ち、思わず自分の体を抱きしめる。
美久は無事なのか? 一瞬なのであくまでも予測だけど、トラックはかなり大きく無傷では済まないだろう。無傷では――。
なぜ入れ替わっている? 一日が終わったわけでもないのに。
今までの入れ替わりはすべて眠りにつくことで行われてきている。それならば事故の後、美久は意識がないことになる。
どうして? 何故こんなことに? あの時何が? 注意不足? 車の暴走? 美久の状態は……? 意識がないということは大きなけがをしているのでは……。もしかして死――。
混乱する。思考がまとまらない。落ち着かないと。事故があった場所は、――あのマンションの住所までは覚えていない。大通りを一本裏に行った所だったから、近くに行けば辿り着けるかもしれない。そうだ時間は――、あの物件に行く前に遅めの昼食を食べてから行ったから2時か3時ごろだ。今の時刻は、4時半。間に合わない。
苛立ち紛れに壁を叩いてしまう。とにかく状況を確認しないと。勢いよく外に飛び出す。
駆け出しながら一縷の望みを持って美久の携帯へ連絡するけど、やはりいつものように繋がらない。
焦りが募る。自分に起きた事なのに何も分からず何も感じられない。もし最悪の状態に美久がなっているとしても、誠の時にはそれを知る術がない。もう片方の自分を感じとれるものは何一つないのだから。
息が切れそうになるけれど、必死で走り続ける。現場近くまでは大きな問題もなくやって来れた。途中で乗った電車も何のトラブルもなく着いた。それが余計に悪い想像を膨らませる。何も障害がない、そこには美久はもういないということなのか。
見覚えのあるマンションが見えた。しかしそのすぐ近くには何もなく、美久もいない。いや、注意深く見ればタイヤのブレーキ痕やコンクリート塀の凹みがある。そして、うっすらと血の跡も……。
一瞬目の前が真っ暗になったけど、何とか踏みとどまる。落ち着こう、落ち着こう。荒い呼吸を沈め、額の汗をぬぐう。時間は5時過ぎ。数時間は立っている。マンションの前から少し離れて、道が広くなっている所にパトカーや警察官がいる。トラックや救急車はない。美久の両親の姿もない。一通り片づけられた後か。
美久は今どうなっている? どんな状態? どこに運ばれた? 何も分からない。誰にどうやって聞けばいい? 誠の側で美久側の人との連絡を取る方法はあるのか。美久側の人間は、誰も誠の事を――実在する人間としての飯田誠を知らない。
何度繰り返したか分からないけど、『落ち着こう』と再び唱えだす。どうにもならなければ警察に聞けばいい、第三者として。何とかなるかもしれない。
もう一度事故現場を確認する。コンクリート塀の凹み具合や周囲の血痕は、注意しなければ気づきにくいぐらいかすかな物にも見える。それ程ひどい怪我ではない可能性もあるかもしれない。だけど、どれ程の衝撃まで人間の体が耐えられるかなんて自分には分からない。
事故現場の道路は一車線の一方通行。道幅はやや狭く、大きめのトラックが通行するにはギリギリだけど、そこまで見通しは悪くない。スピードの出し過ぎか、自分か運転手の不注意か、一瞬の記憶しかないため判別がつかない。
ふと、マンションの向かい側に立ち並ぶ一戸建てのうちの一つ、事故現場より道路の進行方向にある家の生垣から紺色の何かがはみ出ていることに気が付いた。近づくと、それは今日美久が持っていたトートバッグだった。恐らく事故の衝撃でここまで吹き飛ばされ、事故の混乱の中発見されずにそのままになっていたのだろう。
鞄の中身はハンカチや手鏡などいくつか生垣の下の方に落ちている。その中に携帯があった。
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