一歩踏み込む
*
計画前日以来で声をかけた千夏は、重そうな冊子の束を一生懸命運んでいた。
「北原さん、手伝おうか?」
千夏が両手であごの高さぐらいまで抱えていた冊子の2/3ぐらいを持つ。
「あ、ありがとう。えっと――飯田君?」
一応名前は覚えてもらえたようだ。
「大変だね。委員の仕事か何か?」
「ちょっとね、頼まれたの」
千夏は言葉を濁したけれど、最近の傾向から推測すると、多分無理やり仕事を押し付けられたのだろう。
恐らく、自分の推測だけど千夏は集団から嫌がらせを受けている。声をかける機会を窺っていた時に気が付いた。数人の女子グループが千夏に絡んだり面倒ごとを押し付け、陰で悪口を言っているようだ。それを千夏は黙って耐えている。
隣で歩く千夏の背は誠の鼻ぐらいの高さだ。昔はどれぐらいだったかな。美久と差があったとしても数cm程度だろうし、気にするような差はなかったはず。美久と誠の身長はあまり差がないので、美久側から見ても同じように少し見下ろす形になるはず。10年ぶりぐらいなのだから当時と印象が変わっていても当然だし、眼鏡をかけていたり髪も伸ばして容姿も変化しているせいかもしれないけど、あのころと比べて元気がなく、陰のあるようにも感じる。
職員室で先生に一緒に冊子を渡しお礼を改めて言われた時に、美久からという体でお願いをする。
「あのさ、この間村山さんに北原さんの話をしたら久しぶりに連絡したいって言ってたよ」
その言葉を聞いて千夏は嬉しそうに笑った。
「そうなんだ。じゃあすぐ手紙書いてみる。村山さんは住所変わってないか分かる?」
10年前と変わってないよと言いたいけれど、出会って半年程度の設定なので、
「そこまでは分かんないね。ただ、今住んでいるのは姫路らしいけど」
「姫路だったら前一緒にみくちゃんと住んでたところだよ! 懐かしいなあ」
「住所は今度確認してみるよ」
「ありがとう、お願いします。みくちゃん今どんな感じなんだろ。また会いたいなあ」
昔を懐かしむ千夏に、美久でもある自分が目の前にいると伝えたかった。ただ、誠の姿をした自分は、千夏にとっては美久と全く同じではないかもしれない。誠として会う千夏には、警戒されているわけではないけれど、美久の時と比べて距離の違いをどうしても感じてしまう。
みくちゃんに伝えてほしいと千夏の住所を書いたメモをもらった。寝る前に数回暗唱して覚えて次の今日――現在は誠側が先行している――に備える。
小学校二年の頃の夏休みに一度千夏が姫路に遊びに来た。ちょうど千夏の住んでいた団地と、その公園が取り壊される頃だった。
思い出話に花が咲き、楽しい時間だった。
そうやって二人で過ごしている間、千夏に昔話していた『もう一人の自分』について、覚えているか何度も尋ねようとした。
だけど聞けなかった。怖かった。自分達を受け入れられた記憶、それだけでも良かった。それを壊したくなかった。
話した時から数年、その時点でもまだまだ幼い子供であっても、成長し、いくらかでも世の中の常識を身に着けてきている。無邪気に肯定してくれていたあのころとは違う。もしあの時の記憶を千夏が持っていても、それを現実の苦悩を吐露されたと思っているのか、ただの幼児のおままごとだったと感じているかは分からなかった。
目が覚めて部屋の内装で美久側であるのを確認し、千夏の住所をメモする。情報は持ち越しできるとは言え、それが自分の頭脳頼りというのはやはり不便だ。
誠が千夏に住所を教えてもらったのは今日の夕方だ。手紙を出すのならそれ以降のが不自然ではない。
――いや、むしろその方がいいのかも。隠しているだけでは今までと同じだ。登校まで時間があるので速攻で手紙を書いて速達で送ろう。少しでも何か気づくか違和感を持ってもらえば。
自分一人で奮闘したこの前の計画は失敗した。だけど自分以外の人を巻き込めば違った結果だったかもしれない。少しでも千夏との繋がりを強く出来れば。
……自分は焦っているのだろうか。杉本さんの件といい、何か進展させたくて無理をしている。自分のために人を利用としているんじゃないか? でも、前回のような長距離移動ができる機会はすぐには訪れない。だったら、出来ることはしていきたい。たとえもう一度『もう一人の自分』について話すことになっても。――自分は、本当にそれが出来るだろうか?




