ドッペルゲンガー
会話が途切れ、杉本さんは難しい顔をしている。気分を悪くしただろうか。
そこへ、蒼太さんがやってきた。
「悪い悪い、待たせたな。あれ? 美久ちゃんも一緒?」
「こんにちは」
「たまたま店に入る時に――」
「ナンパか?」
「違うよ!」
意外と大きい声が杉本さんから出た。
「はいこれ」
そう言って蒼太さんが鞄から、先日も見た茶色い財布を出した。
「財布ポロポロ落としてない? 一昨日の夜といい」
「何かこの財布、表面がすべすべしていてポケットから出やすくってさ、気を付けるよ」
それから程なくしておじさんが蒼太さんのコーヒーを運んできた。蒼太さんはそのコーヒーをブラックのまま渋い顔をして飲む。
「苦そうに飲みますね」
「苦いのを飲むのが大人なんだよ。分かる? みくちゃんにはまだ分かんないかな?」
「そうですか」
杉本さんがトイレで席を外した時に、蒼太さんに二人で何を話していたのかを聞かれた。
「ちょっと色々話してました。学校で流行ってる怪談とか、あとはドッペルゲンガーの話とか」
何となく、杉本さんの幻覚の話は隠してしまった。
「ふーん、懐かしいな」
特に大きな反応はない。もしかしたら『ドッペルゲンガー』という単語に反応されてしまうかもと思ったけど、『もう一人の自分』や『飯田誠』という直接的な言葉を使わなければ、少なくとも蒼太さんのアンテナには引っかからないようだ。これでこの話題を終えれば過去の空想話を思い出されずに済みそうだ。
「何かそういう話を杉本さんから聞いたりします?」
しかし、もう少しだけ突っ込んで聞いてみる。可能性は薄いけれど、自分たちの現状を変える糸口が見つかるかもしれないのだから。
不自然に思われないだろうか? 膝の上で組んでいる手に力がこもる。だけど、これまで通りでは何も変わらない。
「あんまりそういう非科学的な話信じないタイプだと思ったけどなあ。変な夢を見るみたいなことは言ってたけど……」
「けど?」
「よく覚えてない」
体の力が抜ける。杉本さんのあの口ぶりからすると積極的に人に話すはずもないか。
「あいつも大変だからなぁ。何か悩んでいるようだったら教えて。何とかしてやりたいから」
大変というのは両親の離婚の事だろうか? それを蒼太さんは知っているのだろうか? しかし安易にそのことは聞きづらい。
逡巡している間に杉本さんがテーブルの近くまで戻ってきた。
「そろそろバイトの時間だから、帰るよ。ありがとうな」
「気をつけろよ」
自分と蒼太さんも、杉本さんに合わせて帰ることにした。
結局、自分に対するヒントにはならなかったけど、気にはかかる。杉本さんのケースは自分のような神のいたずらみたいなものではなく、精神的なものから来ていそうだ。
だったら、何か手助けできればいいけれど。




