違った世界
自分がどこかおかしいとは、幼稚園児の頃にはすでに気づいていたのを覚えている。
その頃よく言われていたのは「頭の良い子だ」とか、「この子はすごい」という言葉。単純計算で3歳の時点で6歳、4歳の時点なら8歳の知能を持ち合わせていたから、そう言う風に見えてもおかしくはない。
父――美久の方の――に幼少時何度も言われた言葉は、
「美久は天才だね」
飽きるほど言われていたのでよく覚えている。
「美久はすごいなあ。世界一頭がいいんじゃないか?」
「将来どんなえらい科学者になるのかな。ノーベル賞は確実だ」
等々。はっきり言うと父は親バカだと思う。ちなみに性格も脳天気。
誠の方の父はやや神経質で、性格的には正反対、病弱で細い誠の父は、肥満型の美久の父と体格的にも全く違うタイプだったけれど、子供の知能に対する喜びようはほとんど同じだった。表現はもっと常識的なものだったけど。
でも実年齢を伴わなければ、学習できる経験や知ることの出来る世界は限られる。交流は同年代の友達が中心になるし、幼稚園児が自由に電車やバスなどで遠くの場所へ出かけるのは容易ではない。
合計28年生きてきた今現在も、自分が20代後半の知能を有しているという自信はない。
ちなみに生まれて一番最初の記憶は、どこかに向かって車で移動しているけれど、渋滞に捕まったのかほとんど動かなくなっているという場面だ。窓から見える風景は、動きの遅い車に一戸建てやマンション、通行人など特徴のあるものは何もなかった。両親は前の座席に座っていてその姿はよく見えていなかった。車の内装は美久の家の一つ前の車に似ているけれど、記憶が曖昧なのであまり確信が持てない。
一時期はもしこれが美久の家の車に乗っている場面なら、自分の正体は美久で、何かの間違いで誠の身体がくっついてきて、二人の人生を生きることになったと考える根拠になると思った。だけどそんなものは大した根拠にはなりそうにない。その記憶は別に0歳の誕生した瞬間のものではないし、1~2歳程度のものなら、同じ頃の誠側の記憶を単に忘れてしまっているだけかもしれない。それに、仮に後から誠の身体が融合した場合、誠の身体にあった魂――本物の誠はどこに行ったというのか。
投稿遅くなってしまいました。
次回は今まで通り日曜に投稿できると思います。




