不都合な記憶
自分たちの非現実的・非科学的な状態は、自分が二人いると言うことだけではなかった。異なる肉体の一人が別の場所とは言え、同じ世界に同時に存在する、それによって起きる矛盾が全て不思議な力のようなもので、半ば強引に修正されているように思える。
電話のことだけではない。同じ1日を美久としても誠としても過ごすのだから、片方の1日で知ることが出来たニュースや事件を、もう片方で予言することもできるはず。しかし自分が予知能力者として世間の注目を浴びたことはない。“予言”を言おうとしてもほとんどの場合はその記憶がすっぽり抜け落ちる。たまに覚えることが出来ていてものどの調子が悪くて不自然に声が出なかったり、紙に書いて伝えようとしても何を書くつもりだったかその時だけ記憶がぼやけるか、簡単な文章ですら組み立てがうまくいかなかったりする。ようやく言葉にできた時も、車のクラクションや工事の騒音がしたり、場合によっては急に雷がなったりして伝えられたためしがない。忘れようもない世間を騒がすような大ニュースで、必ず伝えようと懸命に覚えていたとしても。
もう無茶苦茶だ。
もし自分同士が対面して同じ空間にいようとしても、妨害だらけで実現しないのでは。
自分は特定の宗教の信者ではないけど、こうした何らかの力が加わるような現象が繰り返されると、神か何かそういったものの存在はイメージしてしまう。自分がこんな一風変わった人生を送っているのが、そうした神様の手違いか気まぐれなのだとしたら、その神様は割と性悪だと思う。
そろそろ寝ようか。電気を消してベッドに横になる。
真っ暗な空間にいると、自分が今どちらなのかはっきりと分からなくなる。でも大抵は完全な暗闇でも静寂でもないので、窓からの音や光の加減などで推測は出来るし、声を出しても判別できる。触覚を使うだけでも十分な判断材料になる。
そっと、少しだけ長い髪に触れる。美久の方の髪は短い方とはいえ、誠の数倍は長い。一度だけ母の希望もあって肩にかかるまで伸ばした以外は、基本的にショートにしている。誠の方の短髪を日常的に経験していると、必要以上に髪を伸ばすメリットよりもデメリットの方を強く感じる。少々短くても工夫次第でいくらでも女の子らしくできる――今の所自分ではそうする気はないけれど。