百聞は一見に如かず
「何やっとんじゃ、ボケぇ!おのれは死にたいんかぁ!!」
開けた瞬間に聞こえた言葉がこれだ。
兵舎とはそっち系の集まり場なのか?
そう思って中にいる人々を見てみると、実はそうでもない。
各々バラバラで並んでる訳ではないのだが、びしっと揃えられた姿勢と服装に圧巻した。
部活みたいだ。
つまり今叫んでいたのはコーチみたいなもんか。
そう当てはめてみると、結構親近感が沸いて理解しやすい。
その生徒の中には、ちらほら女がいる。
そりゃ兵舎にいる女だから可愛いらしいとは無縁な方々な見た目だが、女は女だ。
男に混じって大変だろうな。
「もう一度初めからだぁ!構えぇ!」
それにしてもあのコーチは恐ろしいな…。
あれがリッドマンとか言ったら、俺泣くぞ。
あれはマーサだけが苦手とか、そんなんじゃない。
誰だって苦手になるタイプだ。
むしろ俺はあまり関わりたくない。
「リッドマンは?」
クロードに小声で聞くと、クロードは入り口からぐるりと中を見渡した。
そしてピタリと視線を止めた。
その視線を辿ってみると…。
「え…どれ?」
「…青い制服の…」
「いや、みんな同じ制服だから」
「…黒い短い髪で…」
「みんなそうじゃん」
「…今剣を振り上げた…」
「みんな振り上げてる」
「…あれ」
「真面目にやれコラぁ!」
スパコーン!
叩いてしまった。
マーサが信頼を置く護衛をぶっ叩いてしまった。
でも待ってくれ。
俺が悪い訳じゃないだろ?あれは。
クロードは俺に叩かれた頭をさすりながら、鋭い目をこちらに向けた。
知らぬフリ。
「で、どれだって?」
クロードはびしっと音を立てて1人の人物を指差した。
指を差すのはこちらでは失礼には当たらないのだろうか。
「あそこにいる女だ!」
は……?
リッドマンって…、
「おんなぁ!?」
クロードの指の先には、可愛いとはいえない、俺よりも筋肉が付いた強そうな女性がいた。
リッドマンだろ?
マンだろ?
マンって男だろ?
女ならリッドウーマンにしろよ!紛らわしいな!
「つか、あいつ彼って言ってたよな!?」
でもあれは女だ。
クロードみたいにいかついが、でも胸だってあるし、ちゃんと女らしい顔してる。
つうかリッドマンって…。
男臭いはずなのに…。
分からん。
やっぱこの世界は分からん。
クロードはリッドマンの名を呼び、やはり振り向いたのは女で、足速にこちらに近付いて来た。
「ご用ですか、クロード壱兵殿」
クロード壱兵殿?
意味分からんがまぁいいや。
つうか、呼んで来るなら、あんなに必死になって指を差す必要ねぇじゃん。
さっさと呼べば良かったじゃん。
まったく…。
「話があるのだが、時間はあるか」
義務的なクロードの言い方に、しかしリッドマンは臆することなく頷いた。
「構いません」
クロード程ではないが、リッドマンは女のくせに俺よりも背が高い。
男の立場なくないか。
「マーサ様とこちら、伊吹双波の護衛として、しばし一緒に旅をするのだが、リッドマンにも同行を願いたい」
「私が、ですか」
クロードは小さく頷いた。
リッドマンは不思議そうな顔をし、そして俺を見下げた。
何者だ、という目で。
城中に俺の噂が回ったと思っていたが、兵舎は例外だということか。
「あー…、この国の救世主らしいんだけど、まぁ、1つよろしく」
「は…?」
しっかり笑顔を向けたさ。
初めましてのあいさつだからな。
しかしリッドマンは更に不思議な顔をしてみせた。
「なんかクロードがさ、アンタの実力を買ってるみたいで、護衛ならリッドマンを推薦するって言ってんだけど。頼めるか?」
リッドマンはクロードに視線を向け、そのクロードは首を縦に振った。
「実力を買って下さるのは嬉しいのですが、お断りさせて頂きます」
げっ。
結構あっさり断ってくれるではないか。
王子サマの護衛なんて、上に行くにはいい話だと思うんだが…。
こっちの世界にはそういったものはないのだろうか。
「なんでダメなんだよ」
「私はよろしいのですが、恐らく、マーサ様がお嫌なのでは」
なんだなんだ?
マーサがリッドマンのことを苦手だって知ってるのか?
しかしリッドマンは特に何の反応を見せることなく、さらっと言った。
リッドマン自身はあまり気にしていないようだ。
「ならなんも問題ねぇよ」
「え?」
リッドマンはきょとんと俺を見つめ、クロードも言葉には出さないが、怪訝そうに俺を見つめた。
「マーサの好き嫌いなんて今回はどうだっていいんだよ。命さえ無事ならな」
一番は実力だ。
それさえ備わっているなら、あとは二の次だ。
俺たちは遊びに行く訳じゃないんだから。
リッドマン初登場。ちゃんと女の子です。