第5話 アゲハチョウ【2】2016/11/6
アゲハが、自身が研究所に配属された時をよく思い出す。
何人かの声が呼びかける、瞼が重い、この体は自分の物なのか、馴染みがない感覚。
目を開けると人工の光が眩しい、そこは人が100人以上入っても余裕がありそうな部屋だった。数m先に人影、後ろを見ると部屋全体を埋めるように一冊の巨大な本が鎮座していた。開かれた本のページには一面に細かい文字と絵が広がっている。
「ようこそ、アゲハチョウ。我らが研究所、そして地球防衛の最前線へ」
人影の一人がこちらに歩み寄って来る。こげ茶の甲冑を着込んだ彼女は再び呼びかける。
「最初は誰でも混乱するが、次第に思い出してくるだろう、自分が何者で、何をすべきかを」
目下混乱中なので今すぐ教えてもらいたい。
「我が名はヤマトカブト、何か困ったことがあれば遠慮なく我を頼るがよい」
今困ってるんです、の言葉が中々出て来ない。
突如背後の本が唸りを上げた、実際には唸ってなどいなかったのだが、それほどの轟音と共にページを閉じた。
「君は、そして我々はこの一冊の本から生まれてきたのだ。この本には地球上のあらゆる昆虫が網羅されている。未知の昆虫も、絶滅、或いは今この瞬間に生まれた新種の昆虫も含めて全てが。それを確かめる術はないが、確信に近い形で分かるのは、この本は太古の昔から我々の歴史を刻みつけてきたのだろうということだ」
あっけにとられたアゲハ、どうやら私はそういう名前らしい、を無視してヤマトカブトは続ける。
「皆これを好き勝手に呼ぶ、クソデカ置物、騒音発生器、ママ、例の本。どれも間違いではないが、我はこう名付けた、“地球の図鑑”と」
とにもかくにも、研究所の一員となったアゲハの日々が始まろうとしていた。