第1話 雨木要【1】2018/12/8
「地球が涙を流す時、昆虫少女は飛翔する」
言わずと知れたソーシャルゲーム「インセクトガールズ」のキャッチコピーだ。国内累計ダウンロード数3000万の本作は、昆虫の擬人化少女達を収集し戦わせるというコンセプトでスマホゲーム黎明期の一時代を築いた。
リリースから早5年が経とうとしているなかで、俺はこのゲームを引退した。
引退といってもデータを消したわけではない、ただログインしなくなっただけだ。これまでも数々のスマホゲーに手を出したがここまでハマったコンテンツはなく、プレイヤーレベルは当然上限に達している。これは全プレイヤーの1%程度しか達成していないだろう、それほどに時間が掛かるのだ。
なぜあれほど愛したゲームを引退したのか、今となっては些細な問題だ。足を洗ってしまえば、習慣化していたデイリーミッションもイベント攻略にも興味が湧かなくなってしまう。きっと依存症のようなものだったのだろう。
ゲームにネガティブな感情を持っているかと問われれば、返答には困ってしまう。熱中した対象を貶したくないと思ってしまうこと自体が、少なからず負の感情を抱えていることを証明しないだろうか。
ただこれだけは言いたい、引退からしばらくは自問自答してきたが、俺がこのゲームに復帰することは2度とない。
これで晴れて廃人生活ともおさらば、ようこそ新しい人生と意気込んでいた矢先、正確には引退から1か月後に地獄を見ることになる。その問題は天国の側面も併せ持つのだろう。もしこれが起こったのが数か月前だったら、流す涙は歓喜を表していたに違いない。
それは科学とかこの世の理を超越した現象で、あくまで妄想のネタでしかなかった出来事で、だから今でも夢であることを願っている。
長々と語ったのは、自分の中でも整理がついていないからで、肝心のトラブルの中身だが
「インセクトガールズ」の俺のアカウントが所持している昆虫少女達が、現実世界に実体化した。
つまり約2年間遊んだゲームのキャラが、プレイデータを記憶として、人間の少女と何ら変わらない質感を持ってこちら側にやって来たのだ。
共に戦った記憶、苦労も歓喜も分かち合った者たちが生身で対面したとしたら、ハートフルストーリーが展開されることだろう。そうなればよかったのだが、そうならない理由は至極単純。
目の前にいるのは引退したプレイヤー。実際彼女達からしたら、ひと月もログインしなかった男としか映っていなかったかもしれない。
初動を間違えたのだ。2度とゲームをプレイしないと口を滑らせた愚か者を、果たして彼女達は祝福してくれるだろうか。想像力を働かせればわかることだが、サイコロを振らなくなったらマス上のキャラは動かないままで、得るものも失うものもない時間がひと月ほど続いていたはずなのだ。
一体美少女が何百人も自分の元を訪れることの何が問題なのか、これで理解してもらえたら幸いだが
その引退垢のキャラ達全員が、俺に復帰を迫ってきている。
さて、独白の時間はここまでにしよう。どうか何事もなく元の鞘に収まってくれることを祈るばかり。
俺の名前は雨木要、この物語の主人公だ。
「だからその刃物を下ろすんだ、アゲハチョウ。武力になんて俺は絶対に屈したりしないぞ、絶対だ」