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顔合わせ

突き刺さるような視線に晒され、私は不覚にも肩を強ばらせた。好奇と疑惑の混ざった瞳が全てを見透かすように私を見つめている。


「あ、あの…」


私、どうすれば。

視線でそう辺りに訴えると、それに気が付いたのか、1人の女の人が立ち上がって歩いてきた。金髪で豪奢な長い髪が背中で揺れる。宝石のような青い瞳がずっと優しく細められる。


「初めまして。あたし、アストリア。貴方の名前は?」


「えっと、初めまして、私…『茉耶』です。」


「マ…ヤ…?」


アストリア、と名乗った…恐らく20歳ほどであろう女性は、私の名前を不思議そうに反復した。まるで知らない言葉だと言うように。

…もしかしてこの世界、元の世界の言葉が通用しないの?

そう思った私は咄嗟にシュバルタを振り返った。言語が通じなかったら何も出来ない。でも彼は最初、私と普通に会話をしていたはずだ。言語が全く通じないわけではないだろう。無言で助けを求めると、彼はその視線の意味を理解してくれたようだった。


「『マヤ』と言ったね?この世界では、君がいた世界の固有名詞はほとんど通じないと思った方がいい。私もここに来たばかりの時は驚いたよ。名前を言ってもキョトンとされるばかりで…それももう昔の話だが。」


ある意味予想通りの展開に肩を竦める。やはりここは日本とは違う異世界なのだろう。では一体どうやってここの世界で生活しているのだろう。そして…。


「それじゃあ…シュバルタさんは、名前をどうしたんですか?というか、シュバルタさんも前は別の世界に…」


私の言葉は、途中で挙げられた彼の手によって阻まれた。


「私の名前は呼び捨てで構わないよ。…そうだね…別の世界からこの世界に紛れ込んでしまう人は少なくないんだ。その際は自分で新たな名前を決める。この世界でよくある名前をね。そしてこの世界で生活していく為の知識を身に付けるんだ。いいかい?君にはまず、自分の名前を決めてもらわなければならない。そうだね、ゲームの中で使われるプレイヤー名のようなものだと思ってくれればいい。何か一つ、考えなさい。その後に、詳しい話をしよう。」


彼…シュバルタはそう言って、少し目を伏せた。話しぶりから推測するに、彼も別の世界から紛れ込んでしまった人なのだろう…私と同じように。どの世界かとは聞いても意味が無いだろう。私がここを知らないように、日本を知らない人も多くいるはずだ。

私はとりあえず、元の世界の記憶を引きずり出しながら名前を考え出すことにした。


うーん、好きなアニメのキャラクターとか?可愛い感じの名前がいいかな、それともかっこいい感じにするか。おしゃれな感じもいいけど、あんまり長いときっと覚えて貰えないよね。頭を巡らせて考えていく。


「…あ。」


「決まったかい?」


「…はい。シェイラ、とかどうでしょう?」


小さい頃に最も憧れていた女性キャラの名前を口に出すと、シュバルタは少し微笑んで頷いた。私も釣られて微笑む。


「良いだろう。これから私達は君のことをそう呼ばせてもらう。それと同時に、それはこの世界での君の名前となる。」


「はい!分かりました。」


私はシェイラ。これからはシェイラ。そう自分に言い聞かせる。その時、私はこの謎すぎる事態に適応しすぎているような気がした。普通、訳の分からない世界に転移したり、突然別の名前を決めろと言われたりしたら、もっと困惑するのではないか?と。

でもそのように冷静に考えられてしまっている状況がそもそも普通ではないのだ。今の様子を表すとしたら、「シェイラ」を、「茉耶」が客観的に眺めている、そんな感じ。


私はこれからどうなるというのだろう、という不安に少し呑まれかけた時、私をじっと見つめる視線に気が付いた。


「な、なんでしょう?」


「…シェイラ、ここの皆に自己紹介を、と思ったのだが、きっと君はまだ「シェイラ」としての自分のことを何も知らないね?まずは君の属性を調べなければならない…。」


属性?それは何?私が一瞬きょとんとすると、それまで黙って座っていた1人の男子がばっと立ち上がった。その目には明らかに私に対する拒絶感が見て取れる。


「おい、シュバルタ!属性って、こいつを冒険者にする気か!?」


「…それ以外無いだろう?この世界に来てしまったにも関わらず、庇護者もいない者が一般市民として生活できたという話を聞いたことがあるのか、ラッセル?」


ラッセル、と呼びかけられた男子は悔しそうに私を睨みつけた。


「…こんなやつに…こんなか細い女に、冒険者が務まるかよ…このパーティーに足手まといは要らないんだ。俺が強くなるための邪魔は要らない。」


「邪魔になるかどうかなどまだ分からないだろう?若しかしたら意外な戦力になるかもしれない。」


「んなわけねーだろ!?」


目の前でぎゃーぎゃーと言い合いを…いや、ラッセルがシュバルタに対して怒鳴り始めた様子を見て、対応に困る。明らかに私のせいでラッセルは気分を害したようだが、私が口を挟んだら更に酷いことになりそうだ。どうすることもなく茫然と佇むこと数分。

すると。


「シェイラ、こっちへいらっしゃい。そこで2人の様子を見ているのもつまらないでしょう?それはいつもの光景よ、お気になさんな。」


ふわりとした優しい雰囲気を醸し出す女の人が、部屋の片隅で手招きをしていた。願ってもない提案に、つい周りを少し見回してから、近づいていく。彼女の隣に座り込むと、女の人は優しい笑みを浮かべて名乗った。


「わたしはリストエール。シュバルタ達…このパーティーに所属しているの。」


「リストエール、さん…」


「あらあら、ここでは呼び捨てでいいのよ。あなたが前居た場所ではさん付けが基本だったのかしら?」


くすくすと楽しそうに笑う彼女を見て、私は頷いて話を合わせる。

…この人は転移してきた訳じゃなさそう。そう思ったのが顔に出ていたのか、リストエールは少し真面目な顔に戻った。


「気になっているかもしれないから教えておくわね、私は元からここの人間よ。シュバルタや、前リーダーが異世界から来たことを知っているから、馴染みのない世界の話でも少しは理解できる。もし何かあればわたしを頼ってくれて構わないわ。」


あ、そうそう、と言ってリストエールはウインクした。


「今シュバルタと喧嘩してる、ラッセルも異世界出身よ。しかも彼は結構新人でね、数ヶ月前、このパーティーに入ったばかりなの。なかなかのやり手よ。」


「そう、なんですか…」


その話を聞いて、予想外に同士が多かったことに私は安堵した。リストエールが私の元の世界のことを「異世界」というのには若干違和感があるが、それにはすぐ慣れるだろう。私からしたらここは異世界だが、ここの住民にとって日本は別の世界でしかないのだ。


生粋のここ育ちからしたら私たちが異国の人だ。なかなかない空間に思わず笑いが漏れた。突然笑いだした私を不思議そうに眺めるリストエールの瞳には、私は変な人として映っているのだろう。


「ねぇ、シェイラ!」


すると、先程から煩さの増した2人の隙間を縫って、アストリアがやってきた。


「リストエールとだけ喋るなんて狡いじゃない!あたしも混ぜて!」


見た目は随分と派手だが、こういうところは普通の女の子だな…と謎なところに感心しながら、私はアストリアが座れるくらいの場所を空けた。嬉しそうに寄ってきた彼女がそこに座り込み、リストエールに向かって、ねぇ、と話し掛ける。


「エールはもう自己紹介した?」


「したわよ。軽くだけど。まだこの子に職業とか説明しても、何も知らないだろうからどこまで話すか迷っていたの。トリアはどうするつもりなのかしら?」


「あたしもまだ詳しい話はいいかなって!どうせこの後シュバルタが説明してくれるんでしょ?」


「多分そうなるわね。シュバルタに任せておけば大丈夫な気もするけど…一応メンバーだけ紹介しておこうかしら?」


こてん、と首を傾げて私を見るリストエール。アストリアもそれの真似をして私を見つめた。二人の会話を聞くに、リストエールの愛称はエール、アストリアの愛称はトリアなのだろう。


「このパーティーはシェイラを除いて6人編成なのよ。ここに貴女を連れてきてくれたシュバルタ、さっきから煩いラッセル、私、アストリア。それから、クラヴィスとオリバー。あの二人は今出掛けているからこの場にはいないけれど、2人とも貴女よりは年上の男性よ。ラッセルを除いては、皆冒険者としての経験も長いわ。」


「冒険者…それって、どんなことをするんですか?」


私の質問に、アストリアとリストエールが顔を見合わせる。どのように説明するか迷っているのだろう。私が知っている冒険者とは違う可能性も高いのだろうなと思っていると、背後から声を掛けられた。


「リストエール、アストリア、ちょっとシェイラを借りてもいいかい?」


「…シュバルタ、ラッセルの相手は終わったの?」


リストエールが小さく首を傾げてそう聞くと、シュバルタが笑って頷いた。


「あぁ、暫くはこのまま放置することになるだろうが。あいつの事だ、すぐに元に戻るだろうよ。それよりも、シェイラに詳しい話をしてやりたい。ラッセルが何と言おうと、彼女を保護すると決めたのは私だからな。…シェイラ、君は私の話を聞く覚悟があるかい?」


強い決意を持った瞳が私を捕らえる。まだ、ここのことなんて何も知らない。でもここで生きていくためには…情報は必要不可欠だ。すぐには帰れない以上、多くのことを知っておくことは大切である。私はその意思に応えるように大きく頷いた。

思ってたよりも進みませんでした。申し訳ない。

次回こそシェイラこと茉耶が異世界について学び始めます。

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