もつ鍋会
当日、今回も千波は時間通りに来た。グレーのロングコートに、薄茶色のニット、千鳥格子柄のゆったりしたロングパンツと言う出で立ち。珍しくスカートでなかった。改札前で待っていると、
「くわっち、待った?」と言いながら改札を出てきた。
「俺もさっき着いたところやよ。」
と言って、店へ歩き出した。話題は自然に千波の新しい部署の話になった。千波はスマホでLINEを忙しそうに返しながら歩いている。
突然、千波が
「前の営業所の後輩(男)が来たがっているんだけど、くわっち大丈夫?」
と困った顔で言い出した。自分では断りきれない様だが、私も人が良いのか、
「わかった、お店予約してるけど、別に良いよ。」
とここで断るのも、何だか千波と二人きりの関係だけを望んでいるようで変だとの思いから、OKしたのだった。今思えばこれは失敗だった。
もつ鍋屋に着くと、思った通り千波の上司への不満が出る出る。それを聞きに来たのだ。
「森山さんのとこ、ややこしい副所長で有名なんよね?」
「私は妹タイプで、あんまり細かい事は気にしないし、常に書類で100点を目指すのではなくは70点で効率的にやりたいの。でも上司は100点主義だもんで疲れちゃう」
「そんな千波さんが頑張れるように、お兄さんはお菓子を準備しました。こんどはハロウィンだよ☆」
「すごーい!ありがとう☆これ食べて癒されるね。」
と言う様に、千波の愚痴をとにかく聞きつつ、元気付けるに徹していた。
そうしていると、千波の前の営業所の三つ下の後輩(男)が店に入ってきた。彼は田川です、と名乗った。彼は千波の隣に座るなり、千波とは毎週飲みに行っている事を話し始めた。適度に仕事の話で千波が紛らわしながらも、田川はどことなく私にトゲがあるのがわかった。会話の端々から、千波とは桑村さんより自分の方が仲が良い、と言いたいのがわかる。千波も私と田川のどちらを立てるか少し困った顔をしながら、何だか大人しくなっていた。
その後、二次会も行くことになり、カラオケに行った。田川はミスチルの「くるみ」を選曲し、歌詞の「くるみ」と呼び掛ける部分を全て「千波」と歌っていた。更に興が乗ったのか、歌う歌詞を事あるごとに「千波」に変えて歌う。どうやら田川は千波の事が本気で好きなようだった。それは歌の数々から分かった。
私は複雑な気持ちだった。同期であり、別に男女関係を望むつもりも無いが、千波との二人きりの時間を楽しむつもりだった。色々と新しい職場での愚痴やら何やら聞くつもりだった。
妻がいる私が言えた義理ではない、しかし千波の事をなんの気も無く誘っているわけではない。
しかし、端から見ても好きだと言っているヤツの邪魔して良いのだろうか。
私と千波との関係が男女関係に転んだとしても、私が千波と結婚出来るわけではない。今の私が出来るのは、会った時にだけ精一杯、彼女を楽しませることだけだ。
しかし、何だか情けなく、そしてまた激しい嫉妬心が帰りの私を包んでいた。
千波からは別れ際に申し訳なさそうに「今日は後輩呼んじゃってごめんね、今度はゆっくり話そう」と言われたので「良いんだよ。森山さんは、自分がこうしたかったんでしょ?」と彼女の目を見つめながらにっこり答えた。しかし本当に笑顔を作れたかは自信がない。正直、目は笑ってなかったろう。思い返せば、後にも先にも、初めて不満な姿を見せてしまったかもしれない。