二人の肉バル会
当日、私は約束の時間の30分前に着き、駅の百貨店でプレゼントのハンカチを買い、トイレで髭を剃ったり、ペーパー洗顔をしたり、身支度を整えてから、約束の時計台へ向かった。
待ち合わせの時計台は駅ビルのエントランス内にあり、クーラーが効いているのだが、少し暑い。
待っていると千波は時間通りに現れた。今回は紺色のトップスに、青系の花柄スカートと言う出で立ちで、千波のスラッとした体型によく似合っている。
「くわっち、待った?」
「俺も周りぶらぶらしてたから、今来たとこだよ。」
挨拶もそこそこに、直ぐに店の方へ並んで歩き出した。駅ビルを出ると、むわっとした外の空気が襲いかかる。夜で日差しが無いのが唯一の救いか。
しかし、彼女と話し出すとそんなことも気にならなくなった。千波の身長は170中盤であり、私は180なので、歩いていると千波の顔が直ぐ横に見える。他の女性は見下ろすばかりだったが、千波と歩くとこんなところが新鮮だ。
そうして、肉バル店に入った。熱気が残る外を歩いてきた私達に、クーラーの効いた店内はありがたい。
今回は窓側の個室だ。早速二人で生ハム食べ放題を注文し、飲み物も揃ったところで乾杯した。
開口一番に千波から、
「くわっち、私と飲みに行ってること、誰にも話してないの?」
と質問が来た。千波は私との飲み会を自分の店の上司に普通に話しているらしい。どうやら私が秘密にしている事が不満だったらしい。
「あんまり皆に話して、変な噂立つのも、迷惑かからないかと思って。森山さんがどう考えているかわからなかったから。」
「私は別に話してくれて良いんだよ。」
「なら、これからはそうするよ。」
その後の千波との話は実に他愛なくも、楽しいものだった。お互いの仕事の愚痴と、仕事への理想、そしてちょっぴりの自慢もあり、同期でなければこう言った話はやりにくかっただろう。
特に10歳上の女性の先輩に対する話は、あーだこーだと言いながらも、どこか疲れているようだった。私が聞くことで、少しは晴れたろうか。
私はそんな頑張っている千波に、今度はハンカチをプレゼントした。千波はチョコに続いて何で?と言う風で、一瞬受け取りがたそうにしていたが、私が前回チョコをあげたので今日も何かサプライズを準備したかったと言ったら、受け取ってくれた。逆に突き返されたら私の立場が無いので、受け取ってくれて良かったと思う。
ところで千波は今度、近くの街のマラソンに出るらしい。しかし、どうやら上司に誘われてしぶしぶ参加するようだ。何だか千波がちょっと居たたまれないと思っていたら、応援に来て欲しいと言われてしまった。さすがに千波一人のためにと言うのもどうかと思っていたら、私の上司の山木次長も、前の職場の後輩も参加するようで、それはそれで楽しそうなので、行ってみようと思う。まあお世辞で言ってくれてる様子では無い様だ。
千波は、実に話しやすい。これが女友達と言う存在なのだろうと思う。この関係に恋心があれば、会話のどこかに相手の心を探りつつ、自分もどこか繕ったような、恋愛独特の飾った部分が見え隠れする様になるのだろう。しかし、千波との会話はそんな感じはない。良い面はお互いに誉めあい、しかし(全部で無いが)弱い自分もお互いに出しつつ、認め会う。そんなざっくばらんさは、同期だからなのだと思いたい。だから、やっぱり恋ではないのだと、自分に言い聞かせた。
しかし、一点意外だったのは、千波は飲み好きなので、私以外にも男と二人で普通に飲みに行ってると思っていたのだが、他の知り合いの名を挙げたら、数人で行くことは有っても、二人で行くことは無く、私と行くのは同期同士だから、との事だった。しかし前回は、私の同期の出世頭の男や、はたまた40中盤で離婚された他の店の男性職員とも飲みに行ったと言っていた。
だから、今回そんな言い方をした千波の真意は分からない。しかし、千波とは二人で飲みに行っても会話が楽しく、時間を忘れる相手であることは間違いないのだ。理由はなんでも良い。
二軒目はバー行った。私の好きなウイスキーをハイボールで飲んだが、何だかいつも飲むような円やかさが無く、少しだけ千波に期待はずれなことをさせてしまった。
二軒とも支払いは6:4の割り勘だった。私が出そうとしたら、また私と飲みにいくから、割り勘にしたいとの事だった。奢りでも良いのに。ちゃんとお金準備してるんやし。
隙を見せたく無いのか、対等に行きたいのか、真意は分からなかった。仕事では寧ろ千波の方が上だとすら思っている。彼女の実力は素直に本物だと思う。
そうして千波とは握手を交わして終電で別れた。
千波の私に対するイメージは気の会う飲み仲間と言うことなのだろうか。同世代で話しやすく、家庭が有るから変にちょっかいは(恐らく)出してこないが、単身赴任なので独身のように身軽、しかも前の職場の同僚なので誘われても自然、なのだから、時々会うなら良いか、と思って貰っているなら、光栄な事なのだろう。たぶん。