双子ルーレット終戦 ―キーパーソンのパーソンは―
秋の遠足。――大白鳥公園の野原にて。
自由時間。
人のいない隅の方の坂で寝そべっていた双子のひとり。
「よ」そいつに声をかける。
「ん?」反応。気づいたようだ。「やあナオ。さっきはお弁当、分けてくれてありがとう」
その返答で判別する。
「いや別にかまわねーよ」そっけなく言う。「ところでマコ」
「なにナオ」
「……弁当のことなんだけど」
「うん。お弁当がどうしたの?」
「……いや……」
言うか迷う。
それでも、言う。――自分が原因なのだから。
「ごめん。悪かった」
友達の言葉の意味がわからなかったようで、首を傾げた。
「は? なんのこと。ナオが謝ることはないだろ? おにぎり、おいしかったし」
「いや、それじゃなくて――『正志の弁当』の件だ」
「え。それこそナオは無関係じゃん。なにも悪いことはないよ。あいつの不注意だよ」
「…………」無言で申し訳なさそうにしている。
「弟が――正志が自分の弁当を落して、ぶちまけて、食べられなくなったのは、あいつの不注意だ」
友人に非はないと伝える。
「だからナオには何も関係ないよ? それなのに、正志が可哀そうだからって自分のお弁当分けてくれて――」
「いや、アレ、オレのせいなんだよ」
言葉を遮る。またお礼など言われては、堪らない。――心苦しい。
寝そべっている横に腰を下ろす。
「先週の件、憶えてるよな?」
「え、先週の件って、どの件?」
「……とぼけんなよ。正志が、その、水筒を……勝手に飲んだ件だ」
「あ、あ~。」思い出す。「それ?」
「ああ、それだ」
「それ、何も関係ないんじゃない?」
「関係あるんだよ。てか、それが原因だ」
「原因?」
首を傾げてわからないような男子に、説明する。
「アレで、なんつーか一部の過激派の女子グループが、正志のこと目の敵にしてんだよ。――なんつーか、オレを……男扱いして泣かせた、とかなんとか」
「ん? ああ、そういえば、そんな険悪な雰囲気があったなぁ。ナオって女子からの人気高いよね」
「……まあ。人気があるのはうれしくないこともないけど」
「そういえば『ナオちゃん男扱いしやがったあの男許さんマジあいつも泣かす!』とか、女子の誰かが息まいてるのを聞いたよ」
「ナオちゃん呼びやめろ。女子マネもキモイからやめろ」
「……ナオ、泣いてたの?」
「泣いてねえよ! 一滴たりとも泣いてねえよ」
その女の子は、強がった。
「ま、思えばオレも男っぽい言動してるし、髪も短めだし、クラスが違えば、わからないかもな。と」
「クラス違ったとしても、それでもわからないのは、バカだったけどね。正志」
「そもそも正志が勘違いしたのは、おまえが『ナオ』なんてあだ名を広めやがったのも原因じゃねーのか?」
「え! 僕のせい? まあ、それは悪かったかもしれないけど……でも、ふつうだろ。ナオ。女子男子どっちでも通じるふつうのあだ名じゃないかな?」
「まあ、悪くはねーけど。――それに、オレも仕返しで『マコ』なんて女子っぽいかわゆい名称で呼んでるわけだし。強くは言えねーか」
「あ、そんな理由でマコって呼んでたんだ……」
今、はじめて知った。
「そもそもナオは、一人称が『オレ』だしね」
「なんだよ。文句あるのか。『オレ』の女子、けっこーいるだろ?」
「ぜんぜんいないと思うけど?!」
「ほら、海洋冒険ロマン漫画の皇帝女王も一人称『おれ』だったろ?」
「その人は規格外じゃないかな!? 『女子』の括りじゃないよね?」
「でも仕方ねーだろ。うち、男世帯だから、親父も兄貴も、弟も『オレ』だし、なんか、1人だけ違うってのも、しっくりこなかったんだよ。兄貴や弟を叱るときも、『私』じゃあなんか迫力がたりねーし。だから『オレ』」
「まあ、一人称なんて、本人の自由だけども……」
「んー」考えるそぶり。「でも、また正志みたいにオレを男だって勘違いするヤツが出てきても困るし、今回みたいなことがあっても困るし、やっぱ改めるべきだよな。――……うん。じゃ、オレは今度から一人称を『アタシ』にしよう!」
「えー、でも一人称って、その人の想いや考え方が表現される大切なものじゃないか? そんなに簡単に決めて変えちゃっていいの?」
「トランプで決めたおまえらには言われたくねーよ!」
ツッコミした。
「まあ、とにかく、オ……アタシが原因で、正志は女子グループから嫌われていたんだ」
脱線した話を戻す。
「なるほど。それで今日のお昼、正志が弁当を食べようとしたところで、ぶつかられたのか」
「ぶつかられた――体当たりされたというか、突進されたというか、まあそんな感じだろうな。聞いた話では、女子グループでふざけてじゃれ合っていて、たまたまぶつかった。わざとやったんじゃない、つーことになってるらしいけど……」
「おそらく、ナオの件で正志に嫌がらせをしたってところか。――まあ、しかたないよね。あっちにはあっちの正義があったわけだから……そもそも悪いのは正志だし」
「そーか? おまえ、弟に冷てーな」
「そうかな?」
「とにかく、そういうことだ。だから、なんの非もないのに弁当を分けて量が減ったマコにはオ――アタシ、悪いと思ってるんだ。――だから、謝ったんだ。ごめん」
「いやいや、それはナオ悪くないじゃん。ナオの方こそ、なんの非もないよ。悪いことないよ。――ただ正志が悪かっただけじゃん」
「…………」言葉がない。
「ただただしただしはただしくなかった、早口言葉かダジャレみたいだよね?」
「いや、めちゃくちゃつまらないんだが?」
つまらなかったのだが、なにかそれで笑い合った。
「事情はわかったよ。だから正志はイジメられていたわけだね」
「でもこれで、もう正志が『いじめ』られることはないと思う。今日オ――アタシと弁当をいっしょに食べたからな。女子グループから見たら、もうオ……アタシが正志を許しているとわかるだろうし。実際、許してるしな」
「そんなに簡単に許しちゃっていいの?」
「だって悪くねーだろ、正志。勘違いくらい誰でもある」
「いや、アレは正志が悪いよ」
「そーかね? まあ、でもやっぱりアイツ、悪いことはしてねーよ。――男だと思っていたのは、勘違いだし。水筒を勝手に飲んだ件も、水筒の中身が、毒だの何だの言われていたのを止めさせるためだったみたいだし」
「…………」
ちょっと気まずい顔で切り出した。
「そんなわけで、オ……アタシこれから、正志の方にも謝ってくる」
「え? なんで?」
「だから、そのオ――アタシの件で勘違いした女子のせいで、正志の弁当がなくなったわけだろ?」
「それは正志の自業自得だろ? ナオが謝る必要ないって」
「それにさ、なんつーか……」
「なんというか?」
「やっぱ、さみしかったんだよ」
「……」
「……あの件でケンカ――とは違うか……冷戦状態というか――まあ、ともかく距離ができて、一週間くらいまったく正志と話もしなかっただろ?」
「……」
「今日いっしょに弁当食べて思ったんだ。やっぱりお前ら兄弟といるのは楽しいし、気が楽なんだよな。クラスの女子友達と話しているのとは、また空気が違うというか……」
「……」
「ほら、クラスの女子の友達と話しているのも楽しいけれど、どうしても気まずくなる瞬間があるんだよ。うちの『家庭の事情』とか知られているからさ。会話が止まるんだよ」
「……」
「その点、正志は、なんというか、知らないからさ。――まったく気兼ねせずに家のこととか話してくれるんだよ。母さんがどーした、兄貴がどーしたとか。共感したり逆にできなかったり。オレもそういう家のこと聞くのは、実はまあ好きだったりするんだよ。物心ついたときから『いない』から知らないし、だから、どういうモンなのか興味があるんだ」
「……なるほど」
「だから、まあ。その、正志とは今後も仲良くやりたいわけだよ!」
ちょっと心の内を話して、照れた少女が会話を切った。
「それでもナオが謝る必要はないじゃん。むしろ、謝る必要があるのは正志の方だろ?」
「いや、なんつーか、それだけじゃねーんだよな」
「それだけじゃない、って?」
「オ、おっと――アタシも、男と勘違いされていて正志にイラついたから、ちょっと仕掛けたんだよ」
「しかけた?」
「ハズレを……」
「ハズレ? え、どういうこと?」
申し訳なさそうな少女に、その男子は首を傾げた。
「いや、あの弁当、オ――アタシ1人で食べるには、ちょっと量が多かっただろ?」
「そうだね。ナオのお弁当を見て、1人でそんなに食べられるのか、ってちょっと不思議に思ってた。多いよね、おにぎり6こは。ナオは女子だし」
「……そもそも、元からマコや正志と食べようと思っていたんだ。この間の件から距離ができちまったから、なんとか仲直りできたらいいなと思って、さ。だから多めに作ってきてたんだ」
「なるほど。そうだったんだ」
「ちゃんと誘えるかがちょい不安だったけど、正志が弁当を落したって聞いたから、自然と誘えた。――まあそれでも、正志には勘違いされてムカついていたから……」
「さっきのハズレを仕掛けたの? いったい……なにを、どうやって?」
「だから、その、……うめぼし」
「うめぼし?」
「お前ら言ってただろ? うめぼしが嫌いだって。だから、うめぼしを食わせたんだよ。言っていただろ? ――おにぎりの具は、青菜、うめぼし、チーおか、昆布、たらこ、シャケだって。食う前に」
「ちょっとまって。たしかにうめぼしはキライだけど、うめぼしを正志に食わせたってことだよね? え、どうやって? あのときはみんなそれぞれで選んだじゃん」
「あのおにぎり弁当を作ったのはオ――アタシだぞ。弁当のふたの柄とかを憶えておけば、場所は把握できるだろ?」
「ああ、まあ、たしかに、そうか」納得。「でも、それでも、正志にうめぼしを選ばせるなんて、どうやって……」
「一番最初、みんなほぼ同時におにぎりを取っただろ? そのときに正志に奥のおにぎりを取らせないように、さりげなくオ――アタシの手で他のおにぎりへのルートを塞いで、手前のおにぎりを選ばせたんだ。正志の前に設置した梅干しおにぎりを」
「あー。なるほど。うまいなぁ」
感心した。
「だからさ、ちょっと、悪いことしたと思ってんだよ」
「別に悪いことはしてないじゃん、ナオ。それに――」
「それに?」
「正志のヤツ、絶対にあの梅干しおにぎり、おいしく食べてたよ。謝る必要ないって」
「は? おまえら梅干し嫌いなんじゃねーの? だから入れたのに……」
「うん。そうなんだけど、本当に嫌いなモノを食べていたら、その反応でわかるよ。――なにせ僕ら双子だからね。本当においしかったんだって」
「……」
「嫌いだったけれど、いざ食べてみたら、おいしかった……みたいな感じかな。――いや、ナオといっしょだったから雰囲気でおいしいと感じていたのかもしれないね……」
「……」
「正志からしても、ナオは大事な友達だと思うよ。だから、先週の件で、傷付けちゃったから……悩んでたし、どうにかして謝りたいとも思っていたはずだよ。……本人は絶対言わないと思うけど……」
「……そーか」
「ま、だからナオは謝る必要ないよ。悪いのは正志だ。――それにナオを男と思っていたとか、正志は見る眼がなさすぎるだろ。ちゃんと見たらかわいい女の子じゃん」
「おい、ちゃんと見たらってなんだ。ちゃんと見たら、って!」
友達がキレかけた。
「でも今日の弁当食べたときも、ナオとは普通の雰囲気だったし、なんかもうウヤムヤにして終わらせよう、って考えてるかもしれないなぁ……正志のヤツ」
「まあ、べつにそれでもオ――アタシはいいけどな。互いに悪いことはしてねーし」
「そう?」
「まあ、それとは別に正志には『お礼』が必要だと思うけどな」
「え、なに『お礼』って……」なにかその単語が不穏に聞こえる。「ビンタ一発とか? ゲンコツ一発とか? あまり痛いのは、勘弁してやってほしいけど……」
「そういうんじゃねーけどな」
さて、と腰を上げる。
「そろそろ自由時間終わるし、戻ろうぜ」
ほら、と寝ている者を立ち上がるために手を貸す。手を伸ばす。
少年がその手を握る。
「ああ、うん。そうだね。ありが――うおっ!」
握った手を、グイッと引っ張られて――……無理やり起こされたところで、頬になにか当たった。なにか、柔らかいものが。
少女の顔が離れて、手が放された。
「…………」
「……え? ナオ?」
「……今のが、正志への『お礼』ってことで」
「は? え、お礼って……」
「だから、キライな梅干し食べさせて悪かったっていうのと、クラスで毒だのなんだの言われていたのを止めてくれた件の、だよ!」
「……」
「水筒のとき言ってたよな。キスとか大したことじゃないんだろ?」
「……」
「それにオ……じゃなかった。アタシはかわいい女の子なんだろ? 問題ないよな!?」
「……」
「じゃ、先に戻るからな!」
完全に照れた少女が走り去った。
ほうけた少年がその場に残った。
「……え。まさか、バレてんの?」
――――――――――――――――――
いつの間にか弟が、梅干しを食べられるようになっていた。
悔しいので僕も食べられるように、密かに練習している。
今これから食べてみる。
――くぅー酸っぱい。
アイツが甘いというのが、まったく理解できなかった。