双子ルーレット冷戦 ―手中にぎりし水面下―
ロシアンルーレットという命懸けのギャンブルがある。
リボルバー式拳銃に弾を一発(もしくは数発)だけ装填し、シリンダーを回転させて銃弾の行方をわからなくした上で、参加者は自分の頭をターゲットにトリガーを引き合う。もちろん、弾が出たら負け――死、だ。
『それ』の気分だった。
死にたくない。負けられない。
――――――
秋の遠足。――大白鳥公園の野原にて。
僕ら三人はピクニックシートの上に座っていた。
そしてお弁当。中身は、すこし大きめの『おにぎり』が6つ。
「さあ、食べろよ。マコ、正志」
なにかしらの感情を含んだ笑顔で僕達双子に勧めてくる友達。
「……」
「……」
その笑顔が信じられない。僕らは固まる。
まるで敵対するギャングのボスと相対したような恐怖を感じる。
――いや僕ギャングのボスとか知らないけれども。
恐怖の理由は明確だ。
そう。先程、聞いた。
おにぎりは6つ。
このうち一つは、『ハズレ』である。
口にした者は、地獄行き。
「……しかし、今日はいい天気だよね。ナオ」
話をそらしてみる。
「ん? そーだな。遠足日和だよな」
「うん。今日が遠足でよかったよ。先週の雨はすごかったもんね」
「ああ、そーだな。ずっと雨だったもんな。でもあれでだいぶ涼しくなったよな」
「そうだよね。涼しくなったけど雨ひどかったよね。でももう地面も渇いてるし、水たまりもない。お日さまのチカラってすごいよね。お日さまといえば――」
「おい、マコ。いつまでも無駄話してないで食べよーぜ。お昼の時間がなくなるぞ」
――ぐっ、もう時間は稼げないか……。
余裕そうだ。
それもそうだ。――この友人はこのお弁当、おにぎりの作成者。
つまり、どこにハズレが隠されているのか、知っているのである。
――なんとか僕以外に、ハズレを引かせれば……。
「それじゃいただきます」と僕。
「……いただきます」と弟。
「おう。めしあがれ」と友達が応じる。
ランチタイムが始まる。
手を伸ばす。ハズレを見極めるために、目を凝らす。
白飯に海苔が巻かれているシンプルな三角型。
各おにぎり、どれも丁寧に作られている。
――マジで違いがわからない。
天に運を任せるしかないようだ。
三人はそれぞれ1つずつ、おにぎりを取る。
手に取ったおにぎり。
凝視。中身はまったくわからない。
覚悟して、口へ運ぶ。
「……あむ」食べる。
一口目ではわからない。ほどよい塩加減の白米が、口の中でほどける。
――おー、うまっ。
「おー、うまっ」弟が口に出していた。
「へへっ。だろ?」友達は自慢げだ。
さて、もう一口。――問題となる二口目だ。
いよいよ具材にたどり着く。
――いくぞ。
「……あーむ」
口を大きめに開けてかぶりつく。
もぐもぐ。――あ、大丈夫だ。コレは。
「おかか、かな。僕のコレ」
おにぎりの食べ口をみると渋い茶色の具が確認できる。
「ん? でもなにか……」
「ああ、マコのはチーズおかか、だな」
「なるほどチーズかぁ。おかかとチーズ、合うね」
一安心。――やはりハズレではないようだ。
チーズの風味とおかか味がマッチして、おいしい。
「うも。むもうも」
弟が、もごもごと口を動かした。
「うん。うまいな、って言ってるよ」
「お、おう。口のモノ食ってから言えよ」
友人があきれつつもたしなめる。
「それでナオはなんの具で――ん?」
友達の手元のおにぎりを見る。――むむっ。なにか赤い色が……
「オレのは、たらこ、だな。――うまいぞ」
「ああ、たらこかぁ」
ハズレかと思ったが、ちがったようだ。
僕はチーズおかかおにぎりを食べ進める。
――うまい。
おにぎり6つ中、3つが消えた。
ハズレは出なかった。
シート中央に鎮座する弁当箱に残る3つのおにぎりから、不穏なオーラを感じた。
自身の弁当箱からオカズを食べる。
唐揚げをつまんで口へ持っていく。
「もぐもぐ。――ナオもどう?」
弁当を中央に寄せる。
「ん? いいのか」
「もちろん。僕らはおにぎりをもらってるからね」
「そうか、んじゃ、いただくな」
友達が唐揚げを箸でつまむ。
「うん。うまい」笑顔。
弟にも勧める。
「正志も食べろよ」
「ん? 俺もいいのか?」
「当り前だろ。遠慮するな」
「んじゃ」手を伸ばす。
――あ、こいつミニハンバーグ取りやがった!
ミニトマトを口に入れながら、僕は考える。
おにぎりは、あと3つ。
つまり1人1つ食べることになる。
それによって確実に誰かひとり、死者が出る。
……いや、死にはしないけれども。
「さて、あと1人1つずつだな。おい、マコ、正志、選べよ。どれにする?」
「ん? ナオ、俺らが選んでいいのか?」
「当り前だろ。オレはどこに何が入ってるか知ってるんだから、オレが一番に選んだら、中身がわかってつまらないだろ?」笑っていう。
「なるほど。……って、なら1回目はどうなんだよ?」
「1回目は分からないだろ? 上下というか、左右というか、そういうのでわからないから。どれもどれだかわからないけど、1つ食べたら、そこから場所が逆算できるじゃん」
「あー、そっか?」と疑問の弟。
「んー、まあ、いいけど」と僕。
正確にはそうでもないが、まあ不満はない。
3つのおにぎり。
――さて、どれにするか?
「じゃ、俺これ」
「あっ、正志。ずるっ――勝手に決めるなよ」
「え、これがよかったのか?」
「……いや、まあ、どれも違いわからないから、別にいいんだけど……」
「それじゃ、俺これな」
残る2つのおにぎり。この中にハズレがあれば、半分の確率で死ぬ。
――違いは、まったくわからない。
「じゃ、僕、これで」
選ぶ。なんの根拠もない。
「よし。じゃ、オレはこれだな」
最後の一つを友達が掴んだ。
すこしの緊張。
一口目。――先程同様おいしい。塩ご飯。
さて。
二口目、だ。
「……なむさん!」
「なんだ真斗、それ、呪文?」
「救いを求めるときの言葉らしいぞ」
「ぷっ」弟が噴き出す。「あはは、ビビりすぎだろ」
この弟、緊張感がない。
――わかってんのか?! 死ぬぞ?
お前だって同様に死ぬ可能性がある、はずだが。
――あ、こいつもう具のところまで食ってやがる。
「正志のはなんだったんだ?」
「ああ、俺のは昆布だった」
ほら、とおにぎりの中の具材を見せてくる。
――くそ。だからこんなにも余裕なのか。
もうすでに自分のものは確認して、おいしくいただけるわけだ。
僕も覚悟を決める。
つまりハズレは、僕の手にあるコレ。
もしくは友達・ナオの手にあるアレ。
そのどちらかしかありえない。
半分の確率。希望と絶望。
光を得るか闇に落ちるか――
――勝負!
「あぁむ!」食べた。
モグモグ。
「うっ!」
口に広がる白米の味に、塩気が混じり合ってゆく。おにぎりの断面には暖色の――
解けてゆく『身』が、たんぱく質由来のおいしさを強烈に伝えてくる。
「まっ!」
――おいしかった。
「マコのはシャケだな」
「ふーん。真斗のはサケかぁ。――あれ、ん? ナオ『さけ』だろ?」
「いやシャケだろ。サケは生きてる状態で、食材になったらシャケじゃねーの?」
「ああ、そうなのか。――あれ、そういえば寿司屋で『さけ』も『しゃけ』も聞かねえな。メニューに載ってなかったような気がすんだけど?」
「回転ずしとかの場合はサーモンつうんじゃねーの?」
「ああ、だから『さけ』とか『しゃけ』とか見ないのかあ。てか、なんでサーモンって言うんだろうな?」
「かっこいいからじゃね? カタカナのほうが」
「たしかにそうな。キングサーモンとかトロサーモンとか、モンスターぽいよな」
友達と弟がふつうにだべっていた。
決着はついた。
つまり……残ったもの、アレこそが――
謝罪しておく。
「……悪いね。ナオ」
人生は、ままならない。
因果応報も自業自得も、そんなものは働かない。
ただ非常なる運命が牙をむくだけ。
小学生が何か悟った。
「強く、生きてくれ。ナオ」
「ん? なにがだよマコ」
あむ。と友人がおにぎりをかじった。
もぐもぐ。
「うん。うまい。さすがオレ」自画自賛。
「えっ! あれ」
友達の手元をのぞく。
おにぎりの中に見えるは、緑色の具材。
「ナオが食べてるのって、……青菜?」
「おう。そーだな」
…………。
「え、あれ、青菜?」
「いやだから、そうだって」
二度確認。
「あれ?」
疑問が止まらない。
聞いたはずなのだが……
――『ハズレ』どこにいった?
ちなみに、
サケやマスの総称として『サーモン』という呼び名が使われています。寿司店で食べられるサーモンは『マス』と呼ばれる魚らしいです。あと天然物が『鮭』、養殖物が『サーモン』との呼び分け方もあります。天然物のサケには、線虫アニサキスという寄生虫がいることがあり、食中毒を起こす可能性があります。加熱しないで食べるのは危険です。加熱調理によりアニサキスは死滅し、安全に食すことができます。養殖のサーモンは管理されており、寄生虫の心配は無用なので安心して食べられます。だから寿司店のものはサーモンであり、おいしくて安全です。今回作中で登場したものは『サケ』ですが、加熱調理をしておりますので大丈夫です。おいしくいただいております。私も、サケもマスもサーモンもおいしいので好きです。
おっと、サケの話が長すぎましたすみません。
なんか本編よりもよほど小説っぽいです……。
お読みいただきありがとうございました。
続きます。