1955
1955年、太平洋戦争敗北から10年後。
日本は高度経済成長に差し掛かった頃である。
この年、浩一は11歳、姉の小百合は15歳になっていた。
浩一が子供の頃は、舞鶴の町に多くの復員兵の姿が見られた。
学校が休みの日は親とよく西舞鶴の町へ、買い物に来ていた。
西舞鶴の町へ行くのに楽しみにしていたのが、映画館で映画を見る事である。
この時代、テレビは各家庭にあるはずもなく、村でテレビを持っている者は一人もいない。
「七人の侍」「ローマの休日」「ゴジラ」などを
親と一緒に見に行って興奮した浩一は、週末には自転車をこいで自分で映画館へ通うようになった。
村での血生臭い虐殺事件が起こったのは、「ゴジラの逆襲」という映画を一人で観に行った時の頃である・・・。
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深夜、福井から大阪刑務所へ向け、囚人護送車が走っていた。
護送車の警官は四人。
運転席と助手席。
そして荷台の囚人を見張るための二人。
北陸で殺人や強姦、窃盗をした凶悪犯が八人、向かい合って座っている。
囚人たち八人は平静を装ってはいるが、脱走計画を画策していた。
そろそろ、脱走の頃合いだ。
囚人グループのリーダー格なのは、稀代の強姦魔・大友真である。
新潟、富山、福井にかけ、23人もの女を強姦してきたツワモノだ。
大友が肘で、隣の男をつついた。
つついたのは大友の右腕とも呼べる、大村千吉。
スキンヘッドで、体は巨体である。
別れた女房を、包丁でメッタ突きにした男である。
女房だけでなく、女房の親兄弟までも殺害した。
大友もまた、隣の男を肘でつつく。
隣の男は牧壮吉と言い、子供の頃から窃盗を繰り返し、常に警察の厄介になっている。
牧の隣は、松江陽一。
暴力団であり、敵対した組員を数名射殺した。
松江は向かい合って座っている、広瀬正一に目配せした。
広瀬は恋人の浮気相手を殺し、恋人さえも殺した男だ。
隣にいる夏樹順平に、広瀬は肘でつついた。
つつかれた夏樹は、窃盗した家の住民を皆殺しにした男だ。
夏樹の隣は、井原徳治。
女子高生を誘拐、身代金引き渡し時に逮捕された。
井原が肘でつついたのが、最後の吉田。
両親に説教された吉田は激怒し、両親を殺害したばかりか、弟妹も殺し、家に火を放ち、窃盗を繰り返していた時に逮捕された。
そうやって肘でつつき合って、作戦開始の合図が伝わった。
リーダーの大友が立ち上がり、荷台の状況を運転席から確認するための窓を背中で、ふさいだ。
運転席と助手席にいる護送官二人に気づかれては、計画が台無しになる。
「おい、座れ!」
見張っていた護送官が叫ぶ。
囚人たちは音を立てるのを最低限にとどめ、護送官二人を床に押し倒し、気絶させて拳銃をうばった。
わずか5秒の出来事である。
騒々しさに助手席の護送官が振り向き、窓からのぞいた。
「おい、どうしたんだ!?」
「へえ、14番がまたケンカをやらかしちまったんで」
大友が適当にウソをついた。
「またか・・・」
助手席の護送官は毎度の事だと、気にも止めない様子である。
囚人たちは護送官二人から奪った拳銃で、外からロックされている扉にブッ放した。
轟音と共に、扉の錠が外れる。
「止めろ!」
助手席の護送官が異変に、血相を変えた。
運転手が急ブレーキをかけたが、既に遅かった。
囚人たちは錠を壊して、扉から出ていった後だった。
走って逃げる囚人たちに向けて、護送官は拳銃を構えた。
「止まれ、止まらんと撃つぞ!」
しかし、誰も止まる囚人はいない。
護送官は拳銃を発泡したが、辺りが暗く当たらなかった。
「ちくしょう、追うぞ!」
護送官二人は走った。
曲がり角で、待ち構えていた囚人たちに不意打ちを食らった。
逃げてしまったかのように見せかけ、実は隠れていたのだ。
護送官二人は殺され、拳銃は奪われてしまった。
囚人8人は浮かれまくって、はしゃぎまわった。
まさか、こんなにうまくいくとは思わなかったのだ。
道端にあったトラックを失敬すると乗り込み、当てのないドライブを楽しんだ。
「おい、安心するのはまだ早いぞ。これからの予定は?」
浮かれ調子でいる時に、大村が聞いた。
「分からん。風のおもむくままよ」
大友が答えた。
「どうだ、この先、銀行強盗でもしねえか。大金頂こうぜ」
夏樹がニヤケる。
「夏樹の言う通りだ。俺も盗んだ金で豪遊してえ」と松江。
全員が顔を見合わせた。
意見が全員一致したようだ。
「でもよ、こんなハジキじゃすぐに弾は無くなっちまうぜ」
夏樹が拳銃に入ってる弾を数えて言った。
「どこぞでハジキを奪うか?」と大村。
「交番を襲おうぜ!」と牧。
「交番なんぞ襲って何になる?どうせ襲うなら、機関銃を手に入れねえとな」と吉田。
「機関銃なんて、どこで手に入るんだ?」
井原が問う。
「決まってるじゃねえか。軍隊から奪うんだ」
大友には発足して間もない自衛隊の基地の場所を知っていた。
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囚人たちの乗ったトラックは自衛隊の設備基地まで着いた。
正面から、中の様子を伺う。
真夜中だが、数人が警備しているのが見えた。
運転している大村は、アクセルを吹かした。
「突っ込むぞ!」
大村は正面の扉めがけ、トラックをぶち当てた。
扉は倒れ、トラックは基地内に侵入した。
警備していた自衛官は、突然の侵入者に眠気がぶっ飛んだ様子だ。
トラックは扉を破壊したせいで、前部が激しく損傷してしまってる。
武器弾薬庫めがけ、トラックは進んだ。
武器弾薬庫は見つかったが、手前には自衛官が立ち塞がり、銃を乱射してきた。
「つかまれ!」
自衛官をトラックで轢いて即死させた大村は、武器弾薬庫の前で止めた。
扉には頑丈な錠で、鍵がかかっている。
大村は倒れている自衛官から機関銃を奪うと、それで扉の鍵を撃った。
機関銃については、太平洋戦争でも射撃訓練を受けていたので撃てる。
「取ってこい!俺は代わりの車を見つける!」
大村は代替の車両を探しに、その場から離れた。
「こっちだ!」
先導する大友。
囚人たちは武器弾薬庫に侵入した。
警報サイレンが鳴り響いた。
長くは居られない。
「これだ!」
大友が機関銃を密閉している木箱を、探し当てた。
木箱を壊して開けると、緩衝材に包まれている機関銃が姿を表した。
各自、機関銃とありったけの弾薬を手に入れると、大友が「よし、引き上げるぞ!」と合図した。
扉の外へ走って出ると一歩遅かったらしく、警報で駆けつけた自衛官たちが発砲してきた。
「ぐえっ!」
松江が自衛官の発砲してきた弾で、倒れた。
脱走した凶悪犯全員が、奪った機関銃を撃って応戦した。
凶悪犯たち全員が、前大戦での機関銃の取り扱い経験があるのだ。
闇雲に機関銃を乱射しても、数では自衛官の方が多い。
大友の額に、汗がどっと滲み出した。
ここまでうまく行ったのに、野垂れ死んでたまるか。
形勢不利な状況の中、大村が奪った軍用トラックが突っ込んできた。
軍用トラックは銃を撃っている自衛隊数人を、轢き殺した。
「早く乗れ!」
大村は脱走囚人がいる手前で、軍用トラックを停止させた。
皆が我も我もと、一目散にトラックの荷台へ飛び移る。
「大村、出せ!」
夏樹が叫び、軍用トラックは猛スピードで自衛隊基地から脱出した。
自衛官が銃を撃ちながら追いかけてきたが、トラックに追い付けず、追跡をあきらめたようだ。
「やったぜ!」
浮かれ調子な広瀬。
ただ一人だけ腹に手を当て、顔面蒼白の奴がいた。
元誘拐犯の井原徳治だ。
「どうした、傷を見せてみろ」
吉田が親切そうに、井原の傷口を診察しにきた。
荷台に飛び乗る前に、銃弾が腹に当たったのだ。
脇腹は赤く染まっている。
「助けてくれ・・・」
苦悶の表情で、井原は吉田に頼んだ。
「心配すんな。病院へ送ってやる」
吉田は井原の体をつかむと、トラックから投げ捨てた。
井原の体がドスンと、道路に落ちる。
吉田の取った冷血な行動に、誰も文句を言う者はいなかった。
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夜が明け、朝日が顔をのぞかせてきた。
これだけの機関銃があれば、銀行強盗など簡単に出来る。
軍用トラックは福井から京都に入り、山間地を進んだ。
大友は山道から、麓に集落らしきものがあるのを見つけた。
「停めろ」
運転している大村に言う。
停車したトラックから大友が降りると、他の連中もゾロゾロと降りた。
囚人六人は高台から、加護村を見下ろした。
大友は双眼鏡で、村を観察している。
あそこを襲えば、食糧と女が手に入るだろう。
「行くぞ、まずは腹ごしらえだ。あの村を襲撃して、食い物不足とも女日照りともオサラバだ。」
強姦魔である大友は長期間、女ナシの生活にストレスが溜まりまくっていたのだ。
大友は先陣を斬って、皆を加護村へと先導した。
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