真衣からの電話
部屋のクーラーを付け、千本松はソファーに倒れていた。
もう何もする気にならない。
山田と真知子も、首を切られるなんて。
この次は絶対に、俺か智恵美に決まってる。
それとも、二人同時かも。
舞鶴にも、盆休みで誰も働いていない。
千本松は早く盆休みがおわらないかと、気分が滅入っていた。
舞鶴には首切り魔事件で、誰も外に出ようとしない。
リクライニングチェアに座っていた千本松のケータイが、鳴った。
ケータイを手に取ると、サブ液晶の画面には智恵美と出ている。
「もしもし?」
『今から会いに行ってもいい?寂しいの』
「水産加工会社は休みなのか?」
智恵美は市内の缶詰め工場で、製品のラベルのチェックをしているのだ。
『今は盆休みよ』
「そうかい。仕事も無ければ、落ち着かないよな。
俺んち、こいよ」
『じゃあ、今から行くから待ってて』
― ― ― ― ― ― ― ― ―
10分後には智恵美がチャリンコをこいで、千本松の実家まできた。
曇っていた智恵美の顔は、千本松に会うと少しは笑顔が戻った。
「周辺を散歩してみないか?部屋の中は息苦しくてかなわん」
千本松は自分の車に智恵美を乗せると、引き揚げ公園まで出向いた。
ここの公園が、千本松にとっては好きだった。
ここから眺めるクレインブリッジは、素晴らしい。
二人は車を降りると、新鮮な空気を肺一杯に吸い込んだ。
やはり、部屋にとじ込もってばかりではいけない。
智恵美が千本松に、寄り添ってきた。
「やっぱり、あんたと会ったのは正解」
「そこのベンチに座ろうか」
千本松と智恵美は並んで、座った。
「残ったのは俺とお前だけだ・・・。今後はどうする?」
「それが怖くて、怖くて・・・。夜、眠れなかったの」
「まあ、当然だ」
「幸雄はどうするの?!」
「俺か・・・。京浜会だろうが何だろうが、早く来やがれって所だ」
「逃げる気、皆無って所ね」
「でも、首なんか切り取ってどうするつもりだろうか」
「きっと切った奴が、自宅の棚に生首を並べてコレクションにしてるのよ」
「俺も近い内に、そのコレクションに仲間入りかもな」
「何を弱気になってるの」
「智恵美の言う通りだ。確かに弱気だな」
智恵美は千本松に、顔を近づけた。
至近距離でみつめ合う二人は、キスをしようと顔を近づけた。
もう少しで唇が重なり合う瞬間、一台の車が猛スピードで突進してきた。
「何だよ?!」
轢かれまいと、二人はベンチから遠ざかった。
文句を言いに千本松が車に近寄ると、四人の男達が降りてきたのを見た。
そいつらの顔は、見覚えがある。
舞鶴署の若い刑事たちだ。
「おい、このガキ。お前は何かを隠している。
正直に吐いた方が、お前の身のためだぞ」
刑事四人に囲まれた千本松と智恵美は、寒気がした。
「何だよ、俺が犯人だって言いたいのか?!」
千本松は強気に出た。
「隠してる事を、洗いざらい吐け。悪いようにはしない」
刑事達にすごまれ、千本松と智恵美は汗が一斉に吹き出た。
「何も隠してる事はない」
「ふざけるな!殺されたのは皆、お前の友人だ!
絶対に関連がある!お前が首を切り取ってんだろうが!」
「この野郎、そこまで言うのは人権侵害だぞ!」
千本松は刑事に怒った。
「おい、舟木!このガキの言う通りだぞ!」
仲間の刑事が、千本松を犯人扱いしている刑事を制止した。
千本松の顔は怒りで、歪み切っていた。
「俺に友人の首が切れるものか。俺にはちゃんとアリバイがあるんだ。俺だけじゃない。
ここにいる智恵美もな」
智恵美の手を痛い程、千本松はギュッと握った。
「痛っ」
「帰れよ、帰れってんだ!」
千本松の怒りの表情に、刑事たちは乗ってきた車に戻った。
車が土埃を上げて去ると、千本松は肩の荷が降りた感じがした。
「跡をつけ回していたなんて、ストーカーか警察か、分からなくはなってきたぜ」
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昼過ぎ、新居浩一は孫を連れて墓参りにきていた。
墓所には他の高齢者も墓参りにきており、浩一は挨拶した。
今日は本当に、蒸し暑い日だ。
自分の両親、姉の供養のため、墓の前に立った。
麦わら帽子を脱いで、浩一は額の汗を拭いた。
孫の忠文はヤカンに入れてある水を、墓の上から流した。
墓石が水びたしになり、辺りは清涼感が増した。
「お爺ちゃん、この小百合ってのは誰なの?」
孫が聞いた。
三つある墓のうち、二つは祖父の両親のものだと分かるが、小百合の墓は誰なのか分からなかったのだ。
「お爺ちゃんの姉じゃよ。でもバカじゃから、自殺しよったんじゃ。まだお爺ちゃんが、子供の頃にな」
「ヘエ、お爺ちゃんには姉がいたんだね。でもなぜ自殺したの?」
「お爺ちゃんにも自殺の理由はよく解せんが・・・。村を守るためかのう」
「村を守るために自殺?よく分かんないよ」
あの日、姉の自殺を食い止める事が出来なかったのは、本当に悔やまれる。
殴ってでも、飛び降りるのを阻止すべきだった。
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終始、車を運転している千本松は無言だった。
舞鶴署の刑事たちに犯人扱いされ、気分が悪かったのだ。
助手席の智恵美は、千本松を怒らせないよう機嫌をとるしかなかった。
ここで話しかけるのは、よくない。
車が智恵美のアパートを着いた。
二人が車から降りた瞬間、物陰に隠れていた報道関係者たちが前後から、物凄い数で押し寄せてきた。
智恵美と千本松は大群に囲まれ、身動きが出来ない。
「何者なんだ、あんたらは?!」
「週刊ウェンズデイですが!」
「週刊新現代ですけど!」
「週刊新実話です!」
二人はようやく、写真週刊誌の記者たちに囲まれたのが分かった。
記者たちは了解を得ずに、二人をカメラで撮りまくった。
「今回の一連の事件の感想は?」
「巷では、あなたが犯人と噂が立ってますが!」
「犯人はあなたですね?」
「共犯はここにいる彼女ですか?」
「いい加減に白状したら?」
「よくもそんな残酷な殺し方が出来るもんだな!」
言いたい放題で犯人扱いしてくる記者どもに、千本松も智恵美も怒りを覚えた。
「お前らに話す事なんか一つもない!」
千本松は智恵美と共に、この場から脱出しようとした。
智恵美はここの地理は、知りつくしている。
「こっちよ!」
智恵美が千本松の手を取り、近くの裏山へにげようとした。
記者たちは猛烈な勢いで、一緒に走り抜けた。
二人は遠回りに、墓地に出た。
墓石の陰から記者が、二人を追いかけていったのが見えた。
千本松はグッタリとして、腰を下ろした。
今日はさんざんな日だ。
俺が親友たちを、殺すはずがない!
「もう安心よ。でもうちには戻らない方がいいみたい。張り込みしてるかも」
「あのバカ記者どもが・・・」
ミンミンゼミの鳴き声が、本当にうるさく聞こえる。
うだるような暑さの中、千本松は怒りで震えていた。
あの記者どもは、俺を犯人だと疑っている。
というよりか、俺を犯人に仕立て上げている。
もう金輪際、写真週刊誌など買うものか。
しょげている千本松の肩に、智恵美が手を置いた。
「あんな奴らの言う事を、真に受けないで」
千本松は、智恵美を見つめた。
「俺は絶対に智恵美の首なんか、渡したりしない」
その時、千本松のケータイが鳴った。
千本松はポケットからケータイを取り出すと、誰から掛かってきたのかサブ液晶を見た。
サブ液晶には、『西原真衣』と出ている。
千本松は思わず、目が引き吊った。
首を切り取られた真衣から、電話がかかってくるはずがない。
だとしたら、誰なんだ!?
「智恵美、真衣から電話だ・・・」
千本松はケータイのサブ液晶を智恵美に見れるよう、近づけた。
智恵美は目を丸くして、驚いている。
「ウソ、真衣から電話?」
「真衣が電話してくる分けないだろ!真衣は殺されたんだ!」
「じゃあ、誰からなの?!」
「真衣を殺した犯人かも知れない。
警察が真衣のスマホだけが盗まれているって、言ってただろう」
二人はどうしていいか分からず、ずっと鳴りっ放しのケータイを見つめた。
「早く出なさいよ。出れば犯人が分かるかも」
急かす智恵美。
千本松は思い切ってケータイを開き、通話ボタンを押した。
「おい、何のつもりか知らんが何故真衣を殺した?!」
怒りをこめて、千本松は相手に聞いた。
『そんなに怒らなくてもいいじゃない、幸雄君・・・』
信じられない事に、聞こえてきたのは真衣の声だった。
「えっ、真衣?!」
『そうよ、あたしよ・・・』
「良かった~、生きてたのか!?俺はてっきりお前が惨殺されたかと思ってたんだぞ!」
『ちゃんと生きてるから心配しないで・・・』
千本松は大喜びでケータイを、智恵美に渡した。
智恵美は半信半疑で、ケータイを耳に当てた。
「もしもし、本当に真衣なの?!」
『真衣よ、この声に聞き覚えはあるでしょ?』
千本松の言う通り、本当に真衣からだった。
なら、真衣の部屋にあった首なし死体は別人なのか?
「本当に真衣?真衣の声を真似てるだけのサイコキラーじゃないの?」
『正真正銘の西原真衣よ』
疑っていた智恵美は、ようやく真衣本人だと認めた。
「真衣~、心配かけさせて!今、どこにいるの!?」
『・・・』
真衣は無言だ。
「あんた、皆死んだと思ってるんだよ、弟さんやご両親も!
早くどこにいるか教えて!すぐ行くから!」
エキサイトしている智恵美から、千本松はケータイを引ったくった。
「ちょっと、何すんの!?」
「智恵美の言う通りだ、何が起こったんだ?教えてくれ・・・」
『・・・』
またしても、真衣は無言のままだ。
「ちくしょう、何とか言えよ、真衣!」
『いいわ、真相を知りたければ今夜2時、五老岳公園に来て』
「何で、そんなに人目につかない場所なんだ?」
『うるせえ、黙ってあたしの言うことに従え!ボケ!』
一方的に電話は、切れた。
真衣があんな暴言を言ったのは、初めてだ。
千本松はリダイアルを何度もしたが、電話に出てくれない。
「クソッ、早く出ろよ!」
いつまで経っても真衣が電話に出ないので、千本松はケータイをポケットにしまった。
「どうする、警察に相談する?」
智恵美が不安そうに言う。
「ダメだ、真衣が本当に無事なのかどうか、この目で確めねえと、サツには知らせねえ」
「何だか怖い・・・」
智恵美が千本松に、寄り添った。
「大丈夫だ。二人で真衣の安否を確認しに行こう」
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