逃亡
三浦と悦子は深夜、車で舞鶴を脱出する計画だった。
首なし死体になってまで、舞鶴にいるつもりはない。
どこか遠くへ逃げた方がいい。
三浦は悦子と、共に東京へ行くつもりだった。
東京なら、高校からの同級生がたくさんいる。
大学進学で東京にいる友人が、大勢いるのだ。
そいつらにマンションに一緒に住まわしてもらう事は、手配済みだ。
大急ぎで荷物をキャリーバッグに詰め込むと、車のトランクに、詰め込んだ。
悦子は助手席に座り、三浦は運転席に座った。
いつもはハシャギまくる悦子だが、今回は無言のままだ。
車の中は、不穏な空気に包まれた。
三浦はこの状況を打破すべく、悦子に話しかけた。
「もう心配する必要はないんだ。一段落するまでは舞鶴を離れる」
「もし・・・、事件が解決しなかったら・・・」
「そこまでは考えてなかったなあ」
「じやあ、今から考えてよ」
「俺にもよく分からんよ。今は目先の事が先決だ」
「最低半年は東京で様子を伺うことね」
「とにかく、死の危険からは逃れられたんだ」
車で走行中、悦子はオシッコが我慢出来なくなってきた。
トイレに行くのを忘れるぐらい、急いでいたからだ。
「ねえ、ここら辺にコンビニない?」
「全然ないな・・・」
「あたし、トイレにいきたいの」
「コンビニもないし、公衆便所も何もないよ」
「コンビニがある所まで、後どれくらい?!」
「そうだな、後30分ぐらいかな・・・」
「そんなに待てない!」
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やむなく悦子はそこら辺の草むらで、小用を足す事に決めた。
三浦は車に座って、悦子が戻るのを待っていた。
腕時計を見ると、15分経過していた。
小便するだけで、15分かかるのか?
いや、大の方もしているのかも。
三浦はもう少し、待ってみる事にした。
さらに、もう15分経過した。
いくら何でも遅い。
三浦はドアを開けたまま、外に出た。
絶対に見に行ったら殺す、と言われたにも関わらずにだ。
「おーい、悦子!?何やってんだ、遅すぎだぞ!」
悦子が行った方向に向け、叫んだ。
悦子の返事はない。
「返事をしてくれ!」
返答のないのに、三浦は苛立った。
痴漢と言われようが、悦子に合うつもりだ。
途中、三浦は何かに蹴つまずいて、倒れた。
何につまづいたのか、三浦は見た。
最初はマネキン人形なのかと思った。
よく見ると、それはマネキン人形ではなく悦子の死体だった。
当然の如く、首から上がなかった。
「ひいいいい!」
三浦は悲鳴を上げた。
殺人鬼は、すぐそばにいるのだ!
慌てふためき、三浦は車まで、走って戻った。
無我夢中で、三浦は車を発進させた。
もうあの殺人現場から、だいぶ遠ざかった。
ここまで逃げれば大丈夫だろう。
しかし殺人鬼は、どうして悦子があの場所にいると分かったんだろう?
もしかして、小型の発信器でも付けられたのだろうか?
三浦の額は、汗びっしょりになった。
実は殺人鬼は、三浦が車から離れている隙に、乗り込んでいたのだ。
いきなり後部席から刃物を、三浦の喉に突きつけてきた。
「死にたい?」
真衣の声が聞こえた。
「たたた助けて~!」
命乞いしている三浦を無視し、殺人鬼は刃物で三浦の首に突き刺した。
車は車線をはみ出し、道路脇の木に激突した。
衝撃でドアが開き、中から首のない三浦の死体が道路に倒れた。
― ― ― ― ― ― ― ― ―
次の日も、舞鶴は天と地がひっくり返った騒ぎになった。
小中高も臨時休校になり、子供の姿は昼間でも見えなくなった。
舞鶴には、戒厳令が敷かれたかのようだ。
そんな中、真知子は怖くて山田の実家にお邪魔していた。
山田の部屋に居ても、体を震わせている。
「そんなに怖いのか?」
「ええ」
真知子は怖くて、山田に寄り添った。
「これからどうする気?」
「分からんよ」
「分からなかったら、首が無くなってもいいの?」
「この際、プライドは捨てた方がいい。警察に保護してもらうんだ」
「断られたら?」
「断られたら・・・、ヤクザを轢いたのは僕達ですって正直に話すよ。そうすれば警察が、京浜会から救ってくれるはずだ」
「そんなに都合よくいく?」
「いかせてみせる。僕を信じろ」
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その日の夜。
真知子と山田は意を決して、舞鶴署に乗り込んだ。
ここには「舞鶴連続首なし殺人事件捜査本部」が置かれており、事実上ここが司令塔である。
夜でも舞鶴署の中は、殺人事件の捜査で幾人もの人で溢れており、ごった返しになっていた。
これだけの人数がいれば、安全だ。
山田は受付で担当刑事に会わせてくれ、としきりに頼んだ。
熱意が通じたのか、担当刑事の一人がこっちへやってきた。
この刑事にも、真衣・三浦・悦子・池田について、さんざん質問されたものだ。
「話は聞いたよ。警察に保護してもらいたいんだって?」
「はい」
担当刑事は、真知子と山田の顔を見た。
二人共、怯え切っている。
「刑事さん、首を切られてるのは全員、僕の友人なのは知ってるでしょ?!」
「だからと言ってねえ・・・」
刑事が難色を見せると、真知子は泣き始めた。
「刑事さん、そんなに僕らの首なし死体が見たいのかい?」
山田は真知子をなだめた。
刑事はじっくり考えてこんで言った。
「いいでしょう、これは私からの好意です。
今晩は警察に泊まっていきなさい。取り調べ室を、君達に貸してあげるよ」
「今晩だけ?」
「明日からはもっとリラックス出来る場所を手配する。
だから心配はいらない」
山田と真知子の顔には、希望の笑顔が戻った。
警察にご厄介になれば、首切り魔も手出し出来ないからだ。
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山田と真知子は取り調べ室の椅子に座って、ボンヤリとしていた。
「事件が解決するまで、家は警察になるの?」
真知子は不安がる。
「そういう事になるかも知れん・・・」
「何だか気が滅入っちゃいそう・・・」
ドアが開いて、刑事が二人分のコーヒーを持ってきてくれた。
「あ、どうもすみません」
礼を言う山田。
刑事は、コーヒーを机に置いた。
「何か君達、知っている事はないのか?」
刑事は、椅子に座った。
「は?」
「殺されてるのは、君達の友人ばかりだ。これには必ず繋がりがある」
「それよりも捜査の進展はどうなんでしょうか?
誰がやったか見当ぐらい、ついてるんでしょうか?」
「まだ見当もついとらんよ」
刑事は席を立った。
「明日の朝ご飯はどうする?
近所の弁当屋に注文しておいたから、宅配してきたら持ってきてやるよ」
「おそれ入ります・・」
刑事が出て行った後、山田と真知子は互いの顔を見つめ合った。
「やっぱりヤクザを轢いたって、正直に話すべきじゃ・・・」と真知子。
「そんなに刑務所が好きなのか?」
「そんな事言ってる場合じゃない!
命がかかっているのよ!」
「もう少し、様子を見てからにしよう。それからでも、遅くはないだろう?」
真知子がうなずいたので、山田はそれ以上言及しなかった。
しかし警察に洗いざらい告白して、京浜会に捜査の手を伸ばして
もらわなければならなくなるのは、時間の問題だ。
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朝方になった。
真知子はトイレに行ったきり、40分も戻ってこない。
しかし、警察内で真知子が殺されるなんて、あり得ない。
山田は婦人警官に頼んで、女子トイレの中を調べてもらおうと、立ち上がった。
その時、不意に取り調べ室の電気が消えた。
停電かと思い、山田はドアから出ようとした。
しかし、ドアには鍵がかかっていて、出られない。
山田はドアノブに力を入れて、何度も回したが開かない。
いつの間に、鍵を閉めたんだ?
暗闇の中で、山田は落ち着こうとした。
「ねえ、山田くーん」
真衣の声が、聞こえた。
「え、真衣!?」
「こんな所で何をやってるんだ?」
続いて、池田の声が聞こえた。
「真衣、池田、死んでなかったのか?!
どうやって中に入ったんだ?!」
山田は手探りで、真衣と池田のいる場所を探した。
「早く、あたしたちの仲間になりなさいな」
今度は悦子の声だ。
「何を言ってるんだ?!どこにいるんだよ?!」
「早く仲間に入れ、山田。悪い心地はせんぞ」
三浦の声だ。
山田は急に両手、両足をつかまれ、床に倒れた。
「何すんだよ?!」
倒れた山田は、四人の内の誰かに首を切られた。
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刑事は二人に届いた弁当を渡そうと、取り調べ室のドアを開けた。
「弁当持ってきてやったぞ」
なぜかテーブルはひっくり返り、椅子は倒れ、部屋は散乱していた。
床には血の海が、広がっていたのだ。
あまりに凄惨な光景に唖然とした刑事は、弁当の入った袋を落とした。
テーブルの陰から、倒れた足が見える。
「おい、大丈夫か?!」
刑事がテーブルを回り込んで見た光景は、この世の物とは信じられなかった。
倒れている男の死体には、首が無かったのだ。
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舞鶴署全体がパニックになり、非常警報が鳴りひびいた。
まだ殺人犯は署内にいるかも知れないのだ。
一切の出入り口を封鎖し、出る者入る者厳重なチェックがされた。
刑事たちは各部屋に殺人犯が隠れていないか、ひと部屋ずつ、しらみ潰しに調べていった。
まだ山田と一緒にいた女の所在がつかめてない。
その女が犯人、という可能性も無くはない。
刑事が三人、女子トイレの中を調べていってる。
一つだけ、ドアをノックしても応答がない。
「藤崎真知子さんですね?」
刑事が聞いても、返事がない。
二人の刑事が万が一の場合に備え、拳銃をドアに向けて構えた。
この女が犯人に間違いない。
「返事がないので、開けさせて頂きます」
刑事がトイレの個室のドアを、蹴破った。
「わっ!?」
「ひええ!」
「うへあ!?」
三人共に戦慄した光景を見てしまった。
便器には、首のない死体が座っていたからだ。




