地蔵の恐怖
その日の深夜0時・・・。
池田は蒸し暑い夜、なかなか寝つけなかった。
生まれ故郷である舞鶴を捨てるかどうかで、悩んでいたのだ。
いくら故郷と言えど、命には代えられない。
兄が大阪市内で働いている。
しばらく、兄の所に厄介になるとするか。
暴力団が諦めるまでの、辛抱だ。
明日は荷物をまとめ、舞鶴を出よう。
そう思っていた時、玄関のチャイムが鳴った。
こんな夜遅くに、誰なんだ?
池田はふと、ヤクザかも知れないと頭に浮かんだ。
くそ、真衣の次はこの俺か?
池田は台所から、包丁をつかんだ。
俺の首をそう易々と、差し出すとでも思ったのか?
玄関まで行くと、2度目のチャイムが鳴った。
「どなたですか、こんな時間に!」
玄関は閉じたまま、池田は聞いた。
「あたしよ、真衣よ」
真衣が生きている!
今のは確かに真衣の声だ!
「真衣~?!生きていたのか?!」
「早く開けてよ」
池田は大喜びで、ロックを外すと玄関を開けた。
そこには、誰もいなかった。
おかしいな、ちゃんと真衣の声が聞こえたのに。
「おい、真衣!どこにいるんだ?!」
池田は辺りを見回した。
「ここよ。こっちへきて」
付近の雑木林から、真衣の声が響いた。
「真衣?!かくれんぼのつもりか?!出てこいよ!」
池田は雑木林に入った。
真っ暗で、真衣がどこにいるのかも見当がつかない。
「こっちよ」
暗闇から、真衣の声が響く。
「真衣!いい加減にしろ!姿を見せろ!」
どんどん奥へ入っていった池田は、何か小人の集団に囲まれているのが分かった。
真っ暗でその小人が誰なのかも、分からない。
「死ねよ」
真衣の声が聞こえ、池田は首を刃物で斬られて死んだ。
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明くる朝。
真衣に続き、池田の首なし死体が犬を散歩中の主婦に発見され、大騒ぎになった。
報道関係者が次々に来舞し、舞鶴の人口は一時的に増える事になった。
舞鶴で事件が連発するのは、報道関係者にとって格好のエサだ。
何しろ、暴力団死体遺棄、重要文化財破壊、首なし死体が二件。
これだけ短期間に事件・事故が連続して起きる市は珍しい。
新聞や写真週刊誌の一面には、首を切られたお地蔵さんのタタリか?との見出しが付けられた。
舞鶴市内では登下校中の児童を親が過剰なまでに保護し、夜になると明かりはバッサリと消え、店は早仕舞いを余儀なくされた。
舞鶴はまるで、夜間外出禁止令まで出されたかのようになってしまった。
今、舞鶴が日本中の噂の的となっていた。
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悦子の家は、料亭をやっていた。
めっきり夜は人がうろつかないようになってしまったので、商売上がったりだ。
舞鶴市内全体が、自粛ムードになっている。
父母が経営している料亭も客はゼロになり、何もすることがない。
いつもならこの時間、悦子は店を手伝い、オーダーを取っている。
客足のない店内で悦子は客席に座り、テレビを眺めていた。
棚のテレビは、ニュースを放送していた。
「先日、舞鶴沖で海に浮かんでいた男性の身元が判明しました。
男性の住所氏名は、舞鶴市岩崎7番地1、大塚精二さん(41)。
大塚さんは京都市に本部を置く指定暴力団、京浜会の所属である事が分かりました。
現在、京浜会から一切コメントはありません。
警察では大塚さんが、深夜何かのトラブルに巻き込まれたとして、捜査を続けています」
悦子の顔は、青ざめた。
やはり、暴力団だった。
それも昨今殺しで世間を騒がしている京浜会所属とは。
京浜会のヤクザを殺したのなら、報復は確実だ。
真衣も池田も、京浜会の奴らに殺されたに違いない。
それにしても首を切り取るなんて、残虐で手が混んでいる。
悦子は席を立ち、部屋へ戻ろうとした。
「えっちゃん、どこへ行くの?」
母が呼び止める。
「どうせ一晩中待ってても、客はこない」
悦子は自室へ戻ると、仲間のリーダー的存在である千本松に電話した。
『どうしたんだ?』
ケータイから、千本松の声が聞こえた。
「ニュース見た?あの男、やっぱり暴力団だったんだよ」
『そのニュースなら、俺もさっき見たよ』
「今後はどうするつもり?首を取りに来てくださいって、待ってるの?!」
『考えすぎだ』
「考えすぎ?あんたの方こそ、思慮が浅すぎ!」
『怒鳴るなよ。それについては、皆で談合し合おう。
明日、いつもの場所で合うように俺から連絡つけとくよ』
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また「洞穴」に、皆が集まった。
誰もが、暗い表情だ。
真衣に続き、池田までも首を切られるとは。
皆、明日は我が身なのかも知れないと、恐怖に怯えている。
「皆、辛いだろうが池田が殺されたのは事実だ。
またしても首を切り取られているという事は、同一犯だ。
京浜会の奴らに違いない」
重苦しい雰囲気の中、千本松がしゃべった。
「京浜会って何なんだよ?」と山田。
「京都市の暴力団だ。密輸、覚醒剤、人身売買、企業恐喝、ありとあらゆる悪事に手を染めている。
そいつらは池田の住所を、知っていた。
もう俺達全員の住所は知られている、と考えた方がいい。
このままでは、俺達全員の首が無くなる」
千本松が説明した。
「ねえ、警察に本当の事を言って保護してもらう、のはどう?」と真知子。
「ヤクザを轢き殺しましたって、正直に言うのかい?
そんなに手錠をかけられたいのか?」と三浦。
「死ぬよりマシよ」
「それは絶対にダメだ。しゃべったら、俺が殺すぞ」と山田。
「今、舞鶴を出れば私は怪しいです、って警察に言ってるようなモンだろ。余計、怪しまれるぞ」
千本松が威圧的に言った。
誰も千本松に反論する者はいない。
テーブルの下では、三浦と悦子が固く手を握り合っていた。
皆には内緒で、三浦と悦子は舞鶴を脱出するつもりだった。
警察に疑われようとも、死ぬつもりはない。




