石垣島旅行
丁度その頃、舞鶴の沖合ではズワイガニ漁が始まっていた。
千本松は親父と共に、底引き網漁船「第二龍星丸」に乗っていた。
船に乗っているのは、千本松親子だけではない。
他に漁業のベテランの高齢者三人も乗っていた。
この三人は千本松の父親の栄治の、古くからの知り合いである。
子供の頃に父親に連れられ、漁船に乗り込んでいた千本松は海が好きだった。
好きな海で仕事をするのは、千本松にとってこの上ない天職である。
タラバガニを収穫するための底引き網を、引き揚げる時刻になった。
「幸雄、今だ」
千本松の親父の栄治が言った。
タバコを吸いながら、千本松は底引き網を回収するウインチのレバーを引いた。
ウインチに巻かれ、底引き網が船に戻ってきた。
網一杯にタラバガニが捕獲されてあるのを見て、皆が喜んだ。
「せーの!」
皆が力一杯に網を引っ張り、甲板へと手繰り寄せた。
船の甲板に、ズワイガニの大群が広がった。
皆、夢中になってズワイガニをバスケットに積めている。
大量に獲れたので、皆大喜びだ。
いつもなら収穫量の少なさに、しょげ返っている所だが。
「ちょっと、トイレに行ってくるよ」
タバコを海に捨てた千本松は仲間に言うと、船室へ戻った。
トイレに行くというのはウソで、内緒で片付ける用事があったのだ。
千本松は棚の奥に隠してあった、朝に切った地蔵の首が入ってる袋を取り出した。
悦子との約束通り、誰にも見つからない場所にこの地蔵の首を捨てるためだ。
船首に回ると、千本松は地蔵の首6つを袋ごと、海に沈めた。
何が重要文化財だ。これでお前らの首と胴は永遠に離ればなれだ。
やっと忌々(いまいま)しい地蔵の首から離れられて、せいせいした。
ここなら、そう簡単に見つかるはずがない。
船尾の方ではタラバガニを集めるのに、皆が悪戦苦闘している。
中にはタラバガニに、指をハサミで挟まれている者も。
ここでいつまでも、サボっている場合ではない。
早く、手伝わねば。
心配事が消えると、千本松は作業に戻った。
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一時間すると、舞鶴署からパトカーが到着した。
パトカーから降りた巡査は、浩一に近寄った。
「失礼、あなたが新居浩一さんですね?」
「ええ、そうです。あれをご覧なせえ」
巡査は浩一からの連絡通り、お地蔵さんを見た。
全部のお地蔵さんの首が、何らかの方法で切り取られているではないか。
「誰がこんな悪ふざけを・・・。舞鶴の重要文化財を愚弄する行為だ」
巡査は無線で、本部に連絡を取った。
「お巡りさん、こんな罰当たりな事をした奴は軽犯罪法違反になるんでしょうかねえ?」と浩一。
「いや、そんな軽い罪じゃない。文化財保護法違反で逮捕します」
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その頃、智恵美は岸壁に立っていた。
千本松親子の漁船が戻るのを、待っていたのだ。
いつも同じ時刻に帰ってきている。
第二龍星丸とか言う、大げさな名前の船だ。
千本松は岸壁で智恵美が、出迎えに来てくれているのを見た。
気づいたらしく、手を振っている。
千本松は智恵美のために、手を振り返してやった。
漁船が岸壁に接岸すると、千本松はジャンプして岸壁に降り立った。
「じゃあ親父、後は頼んだぜ」
千本松の親父が、船室から出てきた。
「久しぶりじゃね、智恵美ちゃん。まあ、せがれと楽しんでってくれ」
「行ってきます、お父さん」
智恵美は千本松の親父に、愛想を振りまいた。
今から千本松と一緒に、石垣島へ2泊3日の旅行である。
この日をどれだけ、楽しみにしていた事か。
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飛行機が石垣島に、着陸した。
タクシーでオーシャンビューのホテルへ向かう。
石垣島市街地のホテルにしようかと思ったが、間近に海があり、すぐに泳げるこっちの方にしたのだ。
ホテルのフロントでチェックインすると、部屋に案内された。
ホテルの歌い文句通り、窓から青い海の景色の眺めがいい。
智恵美はダブルベッドに飛び込み、トランポリンみたいに跳ねている。
「このホテルにして良かった?」
「景色が最高ね。空港から離れているのは欠点だけど」
「明日のダイビングツアーは9時半集合だ。遅れないようにな」
「石垣島なんて初めて。なぜこの島にしたの?」
「珊瑚がキレイだって、ネットで見たからさ」
「せっかくだから、近くを散歩しない?」
「賛成だ」
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千本松と智恵美はホテルの外へ出ると、ブラブラと歩いた。
ホテルの前は、すぐ海である。
何人かの観光客が、泳いでいた。
「ねえ、あたし達も泳がない?」
「後でな」
二人は浜辺で、観光客相手にバーベキューをしている老夫婦を見た。
金網の上には沖縄近海で獲れたであろう貝や魚が、所狭しと並べられていた。
二人は美味しそうに、貝が焼けるのを見た。
「うまそうだな」
「あんた達、食べていきんさい」
婆さんが、二人に話しかけた。
「うまそうだから、食べようぜ」
千本松は婆さんにバーべキューの代金を渡すと、椅子に座った。
智恵美も横に座る。
「お客さん、アワビの踊り食いしてみんねえ」
お婆さんが金網に、アワビを六つ置いた。
火に炙られると、それまでピクリとも動かなかったのに、猛烈に動き出した。
「踊り食いなんて、どういう意味?」
「生きたまま食べる事だよ、智恵美は初めてか?」
「生きたまま殺して食べる?残酷~」
智恵美は生きたまま食べるのは、動物愛護の観点からも賛成ではないらしい。
「アワビが可哀想」
身をよじらせていたアワビも、ついに動かなくなった。
千本松はナイフとフォークで貝殻上のアワビの身を取り、智恵美の皿に置いてやった。
「ねえ、踊り食いって経験ある?」
「俺か?経験ありまくりだな。バーベキューでの踊り食いは初めてだけど」
智恵美と千本松は、美味しくアワビを平らげた。
「また踊り食いに挑戦してみたい」
食べ終わった智恵美は、踊り食いが気に入ったらしい。
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「では続いて、関西のニュースに入ります」
コマーシャルの後は、京都放送のニュースだった。
篠崎真知子は家族と一緒に、晩御飯を食べている時にニュースを見た。
「今日は舞鶴にて、2つの大きな事件がありました」
サラダをつかもうとする手が、ピタッと止まった。
もしかすると・・・。
「まず、最初の事件です。今日未明、舞鶴沖で男性の水死体が浮かんでいるのを巡視艇が発見しました。
その男性の身元はまだ判明しておりませんが、背中に入れ墨があり、暴力団関係者との疑いがもたれています。
鑑識の検査では男性は30~40代と見られ、車に2回轢かれたとの見解です。
司法解剖の結果、外傷性ショックによる死亡と判明しました。
警察では悪質なひき逃げと死体遺棄の疑いで捜査しており、男性の身元の確認を急ぐと共に、地域住民からの聞き込みを続けています」
いつの間にか、箸を持つ真知子の手は震えていた。
その異様な娘の行動を、父と母と兄が見つめた。
娘は危ない薬でも、打っているのではあるまいか、と。
「続いて舞鶴のもう一つの事件です。
今日、舞鶴の重要文化財が破壊されるという、悪質な事件が起こりました」
アナウンサーの顔から、画面は舞鶴の現地へジャンプした。
「この場所から、神をも畏れぬ行為がなされたのです」
カメラは地蔵の祀られている場所へと、ズームアップした。
首のない地蔵が、画面に写し出された。
それを見た真知子の親は、顔をしかめた。
イタズラにしては、度が過ぎている。
「ああいう事をする奴は、無神論者だろうな。
神仏を信じてる奴なら、出来っこない」
真知子の兄が言う。
「誰がやったか知らんが、舞鶴の市民かも知れん。
最低の市民だな」と父。
「そういう事をする奴の、親の顔を見てみたいもんだわ」と母。
真知子の手の震えは止まらない。
画面は首のない地蔵から、地域の住民の顔に切り替わった。
お爺さんが、インタビューを受けている。
「昨日までは何とも無かったんですがね、今日きたらこんなになってまして。
いやー、やった奴が憎いですよ。呪われてしまえって言ってやりたいです。絶対に許せません」
画面のテロップには、新居浩一さん(67)と出ている。
真知子は震える手を、もう片方の手でつかんで止めた。
「どうしたんだ、気分が悪いのか?」
父が気づかう。
「気分が悪いから、食べれない・・・。ご馳走さま」
真知子は食卓から離れ、自分の部屋に戻った。
「どうしたんだろう、何か顔色がすぐれなかったなあ」
妹を心配する兄。
真知子は自分の部屋に戻った。
この事は、仲間は気づいているのだろうか。
池田に死体隠蔽の件に関しては何も話すな、と固く口止めされたにも関わらず、智恵美に電話してみる事にした。
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千本松は疲れてベッドで寝てしまっている。
テレビを見ていた智恵美の、ケータイの着信音が鳴った。
ケータイの液晶画面を見ると、「真知子」と出ている。
「はいはーい」
『もしもし、智恵美?』
「何の用?」
ぶっきらぼうに智恵美は言った。
『何、その言い方?』
「休暇中まで邪魔しないでもらえる?」
『あーら、ごめんなさーい。どうしても連絡しとかなきゃならない事があって』
「どんな用?」
『テレビに出てたわよ。お地蔵さんの首を切った事と、ヤクザを海に捨てた事』
「それがどうかしたの?」
智恵美はあくびをした。
『何であんたはそんなに悠長に構えてられるの!?
警察の手入れが入るかも知れないのに!』
「あんた、まさかあたしらがサツに捕まるとでも?怖くなって電話したって分けね」
『もしかすると逮捕されるかも知れない。共謀して死体を捨てたんだから、立派な共犯よ』
「あたしは今、バカンスの最中なの。そんな辛気くさい話、やめてもらえる?」
『人の命より、バカンスの方が大事?』
「大事に決まってるでしょ!」
智恵美は一方的に、真知子からの電話を切った。
「ほっといて・・・」
智恵美はウンザリしてケータイを、ベッドに放り投げた。
これでは明日のバカンスも、白々しい物になってしまう。
お金を出して楽しみにきたのに、ここで深刻な事は一切考えたくなかったからだ。
智恵美はベッドに飛び込むと、爆睡している千本松の隣で寝た。




