招くもの
そこはいずこかの海岸地方。わずかに残る冬戯れた空気を春めいた潮風が押し流すそこは今だ黎明の刻であった。ぼんやりとした薄明の光の中、大地の一部が盛り上がる。
それはトンネル式シェルターの扉であった。その地方に多い、一般的な作りを持つ居住区画の入り口である。
その中から、角ばった防具を全身に纏った男が姿を現す。そのあり様はまさに武骨というのにふさわしいシルエットであるから、何らかの武人であろうか。
男はギロリとした鋭い眼を周囲に向け、警戒を始めた。理由は良く分からないが、彼にとってすでにここは戦地であるようだ。手にした武具を頭上に掲げて、戦いに備えている。
手にしたその武具は男のカラダと比して、あまりにも大きすぎ、あまりにも長すぎるものだった。その全長たるや彼の体長をはるかに越えている。
あり得ないほどデカく、実に大ぶりな拵えで、過大なほどの厚みを持ち、いかつさが目に付いて、雄大無双と言うべき、尋常ならざるサイズ――とどのつまりは巨大剣である。
グレートソード、ツヴァイヘンダー、クレイモア、大太刀といった両手持ちの巨大剣。歴史にはそのようなモノが存在する。
破壊力の拡大の必要に迫られたか、それとも攻撃衝動の赴くままなのか、ただ長大に伸長した武具たち。それらは実際に戦場で使用されたものである。
槍衾を薙ぎ払うために1.8メートルの刀身を振りまわす傭兵たちがいた。2メートルを超える大太刀を抱えて戦場を駆けた戦国の武将もいた。
巨大剣と言うものは、実在し、歴史に残るだけの必然性があるものだった。だがら男が巨大剣を持っていたとしても問題はない。それを使いこなせるだけの膂力が備わっているのであれば。
重量のある武具の使用は、それを頭上に持ち上げるところから始まる。肩に乗せることで、位置エネルギーを確保してから、その後に振り回す。これにより遠心力を活用し速度を得て、あとは慣性の法則に基づいた質量兵器として用いるのだ。
さて、男は頭上に掲げた巨大剣をジックリと眺めてから、おもむろに振り下ろした。重量のある巨大剣が空気を引き裂き、ブンとした風切り音が鳴る――なるほど、彼にはその武具を用いるだけの力を持ち、技量も十分らしい。
いや、十分と言うには不足だったかもしれない。不十分にもほどがあるのだ。
なぜならば、彼はその巨大剣を”片手”で振るっていたからだ。
通常、このような巨大剣と言うものは、重力を制御するためにその刀身に比した長大な柄を両の手で確保して、カラダごと振り回すものである。そして反作用を撃ち殺しながら、振り抜いたのちにまた回転を加えて速度を維持しなければ、再度の攻撃に移れない。
巨大剣と言うものは、両手で抱えてただひたすらに振り回すものなのだ。
男は、それを片手で振るっている。その上、あり得ないことに、切り下ろした剣先がピタリと止まっていた。巨大剣に乗った膨大なエネルギーは全て打ち消され、その刃先はビクとも動かないのだ。
男は、これをいかつい防具を纏ったうえで行っていた。魔導の力であろうか、神の奇跡か――いや、この世界線にその様なものは存在しないから、ただ筋力だけで実現しているのだ。
男はズハリと振りぬいた巨大剣を、また片手で持ち上げた。尋常ならざる――慮外にして――狂気の沙汰じみた――人外の膂力であると言えよう。
そして剣が頭上――定められた位置に戻った時、薄らとしていた周囲に陽光が差し込まれる。ようやくの事で朝がやって来たようだ。
巨大剣は、陽光を受けて影を落としている。その形状は、太い鐔から片刃の刀身が二本伸び上がるものだった。そう、男が持つ巨大剣は|ダブルハンデッドソード《両手剣》ですらなく、ダブルブレードソードであった。
二本の刀身は、緩やかな曲線を描きながら伸びあがり、おおよそYの字に別れたような構造をしていた。それは実に異質な形状と言える。そのような剣は歴史上存在したことは無かったはずだ。
そして、よくよく眺めると、さらに異常な構造をしていることがわかる。
刀身には拵えられている刃は、反りの片方のみにある。つまりのところ、片刃である。それ自体は特に問題はないが、面妖なことに刃同士はお互いに向き合っている――つまり、刃は剣の内側に向かっているのだ。
敵を刃先の間に入れて、硬度の高い刃によって両断することは可能であろうが、通常の斬撃には向かない。実用性があるのか悩むほどの、実に不可思議な剣であった。
随分と風変わりで巨大な剣がまた振り降ろされる。そしてまた、頭上に舞い戻る。それが何度も繰り返される――まるで枯れ木を握ったかのような軽やかさで。
何度も、何度も、何度も潮気を帯びた空気が切り裂かれるのだ。それは一定のリズムを持った剣舞のようでもあり、示威行動であるのかもしれない。
ふと、周囲を見回すと、同じように舞踏する男達の姿が見える。彼らもやはり巨大な剣を持ち、それを振り回していた。
剣の振りが、右から左へ、左から右へと、波が流れるように巻き起こっていた。
皆同じように、一丸となって、何度も、何度も、何度も剣を振るっている。一様に、無心に、何かを招くように。ただ何かを待ち望むがように、海辺のそこかしこで、一心不乱に振るうのだ。
そして――――ザザァと、潮の息吹が彼らのカラダを打ち始める。
そのようにして、シオマネキたちは今日も明日も剣を振るうのだろう。
ヤオヨロズ企画2月のお題「わいわい」から、Yのカタチをした剣を持つ男のお話です。
本文に答えを記載するか悩みましたが、収まりが良いので明記しています。
縄張り争いのバトル展開とか、カラス(天敵)に咥えられて助けて~というコメディ(?)展開も考えましたが、何故か純文学っぽくなったのでこのカテゴリ。