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異端ノ魔剣士 ─外伝─  作者: 如月 恭二
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依頼

異端シリーズの需要?

──あァ、ねえよンなもん(泣)!

 「ほれ、今回の報酬じゃ」


 アルシュから麻袋を受け取る。中身を確認すれば金貨四枚が入っていた。円卓に、じゃらつく音が吸い込まれる。二人の座る椅子が心持ち(きし)む。

 愛人の間男を始末した翌日の事だ。酒場で情報を集め、その足で仕事(始末)へと向かっていた。結論から言って、大したことは無かったのだ。人目の有無を確かめることもなく、無用心に背後を(さら)し、挙げ句他人の女を前にだらしなく破顔する男である。哀れな事に、狙われていると夢にも思わなかっただろう彼は、惨めに命乞いを行った。有らん限りの苦痛を与えろ、との注文で在った為、むたごらしく散って頂く事と相成ったわけだ。

 今頃は、騎士か自警団連中が──恐らく、堪えきれないという意味合いで──(むせ)び泣きながら片付け作業に勤しんでいる事だろう。


 「俺も言えたもんじゃねえけどよ、人間ってのは業が深い」


 「ほう。……と言うと?」


 依頼人は愛人を何人も囲っていた。男が男なら、女も女であろう。標的だった男に言わせれば、「問題の棚上げ」であり、それは至極真っ当な意見である。身勝手極まりない所業には違いない。依頼主が間男だった可能性もあるのだ。かといって、仕事を選んでもいられない。矜恃(きょうじ)で飯が食えるのなら世話のない話だからだ。彼が意見を述べたのは、単にそう言う考えも正しいと思われたからである。更に言えば、そこには世の中の無常を嘆きつつも、それを変えられない事への諦観が込められていた。少なくとも、アルシュにはそう映っているのだ。


 「君は……いや、何でもない」


 途中まで出掛かった言葉を、しかし彼はすんでのところで飲み込んだ。それを口にしたとて、益もない。ましてや、言葉ひとつで人の在り様を変えるなど、叶おうはずがないのだから。


 (これは儂の浅ましい願望に過ぎん)


 ほんの数瞬前までの熱は、急速に冷めた。己の思考が単なる自己満足だと思い知らされたからだ。

 或いは、目の前の男が荒事専門になると誓い、その時耳にした台詞に至ったからなのかも知れなかった。そも、それ(荒事)しか知らないなどと言うのは、あまりに杜撰(ずさん)な動機だ。或いは、自分にはそれしかすがるものが残っていないと、言い聞かせているようである。


 ──君にそれが映えるとでも? 嘘を吐け、口でそうは言っても……心は正直じゃぞ。


 そう思ってこそいても、面と向かって告げないのはやはり年の功のなせる業だ。

 言葉でそれらしく飾り立てることは出来る。かといって、それではほぼ確実に当人の心には響かない。自身で気が付く以外に方法は無いのである。


 「らしくないな先生。随分と歯切れが悪いじゃないか」


 束の間、彼の眉が跳ねる。若干目尻が吊り上がっているのを察するに、あまり機嫌が宜しくないようだ。

 ──が、あまりに些細な変化であった為か、男はそれに気が付かなかった。アルシュは(まれ)に懸念を口にしないということを、彼は知っているからだ。もっともそれは、取り越し苦労で終わる場合が多い。

 寧ろ、口にする方が大事に至ることはままある。この場合は、挨拶(あいさつ)のようなものとでも思っているのだろうか。


 「年寄りの要らぬ心配事じゃて、気にするない。他人よりも己の心配こそ、肝要では無いのか?」


 「食えねえ野郎」


 「──ほざけ」


 まるで遠慮のない軽口に、アルシュは彼を張り倒したくなるのだった。とは言え、ここからは仕事の話だ。おふざけも私情の介在もここまでである。


 「ところで、近頃妙な噂があるのを知らぬか?」


 「ああ、それなら知ってるさ。なんでも、ここ最近は阿呆な猟師が獲物に食い散らかされるとか何とか。力不足でどうしようもなく愚かな連中でも、それなりに息巻くことは出来るってことなら、な」


 それが何のことだ。彼は心底つまらなさそうに言った。猟師と言えど、詰めを誤ることは何も珍しい話でもないからだ。時期的に気が滅入っているだとか、本当に阿呆だから死者が急増しているのか。そんな些細な事件の要因など、考えるだけ無駄なことだと彼は(あき)れていたのである。間抜けにも大あくびをかましているのがいい証拠だ。


 「君と言う奴ばらはまったく、誰に似たのじゃろうな。さて、早速じゃが依頼があるので話しておくぞ。……驚くなかれ、今度の依頼主は女だ」


 男の眉が跳ねる。仕事を持ってくるのは、大抵後ろ暗い事情を抱えた男達だ。名前が気になって調べてみると、裏界隈(かいわい)の顔役──偽名ではあったが──だったこともある。女が関わってくるなど滅多にない。稀に同業者の──それも女の殺し屋だ──が絡んでくることもあるが、競争相手でもある為、静観を決め込むことがほとんどだ。

 アルシュの態度から察するに、まともな依頼だろう。だが、面倒な事件の香りも漂ってくる気がした。ここに目的を持ってやってくる輩にろくな奴が居ないのは、既に経験済みだからだ。

 彼によれば、どうやらここから六〇里離れた町で、今までに自警団の五人含む一三人が死亡。他にも複数人が行方不明となっているとのことだ。話を聞く限りはやや要領を得ないが、化生の仕業ではないかとの仮定に至っているらしい。それというのも、不可解な生き物の姿が度々目撃されているとのことだ。黒い体毛に身を包んだ巨躯(きょく)の異形は、巷で噂にはなっている。男としては最早聞きあきていた。これで何度目になるのか、考えたくもないのである。


 「おとぎ話じゃねえんだぞ。じゃあ、なんだ? 獣化ノ奇病(ライカンスロープ)が出たとでも? ──はっ、馬鹿馬鹿しい!」


 「そうか? 儂としては興味深いがのう。案外、人食い族などという者共の仕業かも知れぬでな」


 「……報酬は?」


 「金貨一枚と銀貨七枚。前金で銀貨三枚じゃと」


 分かったと、短く答え男は椅子から立ち上がる。ナイフと倭刀を鞘にしまうと、場所を尋ねた。が、どうやらミシェルが再びこの街にやってくるらしい。今は私用で離れているだけのようだ。彼がやることと言えば、得物の手入れくらいしか無くなってしまった。手持ちぶさたを察し、アルシュは話し掛ける。


 「まあ、ゆっくりするといい。時間はたっぷりある。そう()くこともあるまいて」


 「ミシェルには、この事を黙っておいて欲しい」


 またもやアルシュの顔が凍り付く。そこには非難の色がありありと浮かんでいる。男を見つめる目付きも悪く、半眼で(にら)んでいた。


 「ではまた、先生」


 逃げるように去る彼の背中が消えた頃、彼は呟く。


 「……本当に馬鹿じゃな、君は。誰も君を責めてなぞ居ないと言うに」

化生(けしょう)……化け物のこと。

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