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異端ノ魔剣士 ─外伝─  作者: 如月 恭二
5/6

惨劇ノ夜

*ホラー要素あり。

苦手な方はブラウザバック推奨。

犬が苦手という方もブラウザバック推奨。

 デポトワールから六〇里離れた場所に位置する南西部の町は、篝火(かがりび)仄暗(ほのぐら)い光を頼りとしていた。

 四方にしておよそ二〇と数里。南部には鬱蒼(うっそう)とした森が広がる。

 獣が出るということで、夜間は立ち入りが禁じられている場所だ。

 夜の気配が大気を支配し、漠然と不安に駆られるような風景である。郊外に近いとは言え、不気味以外の何物でもない。


 そんな中、一人の年若い女性が町中を息せき切って駆けていく。

 顔には汗が浮かび、時折背後を気にかけながら必死で足を運んでいる。着衣が乱れるのも頓着していないかのようで、鬼気迫る表情だ。

 ふと、耳を(ろう)する咆哮(ほうこう)が響いた。

 高音域のそれは、狼の類だろうか。深夜と言うこともあってか、何処か澄みわたっているようですらある。


 「──ひっ!?」


 女はやっとのことで声をあげる。極端なまでに上擦ったそれは、恐怖と憔悴(しょうすい)によるものだろう。

 彼女は、狩人が何かに(むさぼ)り喰われている現場を遠目から見ていたのだ。しかもそいつは人形(ひとがた)で、二本足だった。

 それだけではない。人には似つかわしくない、針のように長い体毛を全身にたくわえており、口吻(こうふん)も随分と長かったように映った。月明かりに照らされた輪郭(りんかく)と、闇夜に響く、喰われ行く人の断末魔の生々しさに、彼女は吐き気に見舞われた。人跡未踏の地なら諦めも付こうが、生活圏のすぐそばである。その上、森の中ならまだしも、よりによって町はずれで起こったことなのだ。全身が総毛立つというのも無理はない。

 幸い、ソレ(・・)に見付かることはなかったものの、彼女はそれ以来酷く怯えてしまっていた。安宿に移って眠る日々を余儀なくされ、そこに移動するにも全力でなければ恐ろしくて堪らなかった。

 人智を越えた、常識外の存在に萎縮していると言い換えても良いのかも知れない。得体が知れないのだから尚更だ。反響して出所の分からない声であるだけだというのに、彼女の思考は纏まらず、より一層混乱するばかりであった。


 「お、どうしたどうした! そんなに急いで、何を慌てているんだい、お嬢さん!?」


 「おい、みろよ。この顔、真っ青だ」


 少し走ると自警団とおぼしい二人と出会い、ようやく足が止まる。

 最初こそ要領を得ない話であったが、落ち着いた男達の対応に女には幾ばくかの平静さが戻った。

 酔っ払いの戯言だと笑っていた彼らも、彼女のただならぬ様子に、目を細める。勿論、お伽噺でもあるまいに怪物など、とは考えただろう。間抜けな猟師が、詰めを誤って喰い殺されたのだろうか、と。そこで思い描くのは人の味を覚えた獣の存在である。それらは、一度味を占めると幾度もやって来る。放置しておけばことは大きくなるだろう。

 二人の間で視線が交錯する。


 ──警戒に当たろう。


 意見は一致していた。そこは長い付き合いだ、(おおむ)ねのことは気配でわかる。考えられるのは、彼女の気の動転から来る錯覚だろう。そう思うのが自然だ。


 「よし来た、追加の仕事だ」


 「なに、気にしなさんな。俺らも、たまには夜店で喰い漁る以外にも出張ることが無くちゃ。毎度毎度、見回りばかりしてると身体がなまっていけねえ」


 余計なことを言うなと、食い意地がはった方を小突けば笑いが起こる。気のせいに見えるかも知れないが、女の顔には安堵が見て取れた。


 「では、お気をつけて」


 彼女はそう告げると、ゆっくりと歩いて行った。

 宿に入るまで確認した後、小走りで説明した場所へ向かうと近くには端切れ屋があった。夜目で通して見ても分かるほどにくたびれ、人の気配が無かった。年季が入っていると言うよりも、手入れひとつされていないようだった。数本の(つた)がのたくっていることも、その印象を強めている。

 普段荘厳な空気を纏わせている教会も、今ではその鳴りを潜め、言い知れぬ不安を掻き立てる姿で屹立(きつりつ)していた。この付近には人気がないことも一因だろう。

 ──咆哮が響く。


 近いな、と暢気(のんき)に構えていた彼らは、直後、身を強張(こわば)らせる。

 音の発生源は、上──教会の鐘楼付近だ。順当に考えれば、獣がそのようなところへ居るはずもない。遠吠えはしかし、そこに何かが居ると言う事実を何よりも雄弁に物語っていた。

 抜剣して即座に逡巡(しゅんじゅん)。視界の端にそれを捉えるが、影でしかない。


 ──(はや)い!


 風のような速さで駆けるそれに、二人は驚愕させられた。

 そして、影は彼らの間をすり抜ける。呆気に取られた男が構えたまま後ろを振り向く。

 だが、彼はそこで後悔することとなる。

 月が、雲の切れ間から姿を現す。青い燐光が仄暗(ほのぐら)く周囲を照らし、それの姿を暴いた──暴いてしまった。

 全身は硬質な黒い体毛に覆われ、節くれ立った両足で大地を踏みしめていた。人形でありながら、口吻(こうふん)は前に突き出しており、獣臭を伴う。狼を人の形に無理やり押し込めたような姿である。特徴的な外見に加えて巨躯(きょく)であり、軽い目算でも九尺近くあるだろうと思われた。腕回り、足回りも太ましく、筋骨隆々である。

 彼が恐怖を感じたのは、それ自体と言うよりも、それがくわえている(・・・・・・)ものに起因する。


 ぴちゃり、とした水音が彼の意識を現実へと引き戻す。

 それは、あろうことか相棒ののど笛に犬歯を突き立てていた。正体不明の怪物が、つい先程まで立っていた男を捉え、瞬く間に致命傷を与えているのだ。ただただ理解不能でしかない。

 湿った断末魔がこの場に在って、浮いていた。所在無さげに宙を彷徨(さまよ)う手先と、石畳の上をじわりと流れる血液が、いや応なしにそれを認識させようと迫るようだ。

 そいつは慈悲の心を見せる素振りもなく。また、一欠片の容赦すらも持ち合わせていないのか、獲物()頸骨(けいこつ)を噛み砕いた。

 そして、それがさも当然であるかのように──(獲物)に、食らい付いた。


 「うああああああ!」


 ──瞬間、彼の理性は吹き飛んだ。

 不意討ちに声はご法度(はっと)であることも、アレ(・・)の方が数段格上だと言うことも判断出来ずにいた。

 恐怖に抗する手段は、敵の排除。それ以外に思い浮かばなかったのだ。

 生命の危機を感じてか、彼の踏み込みは鋭く速い。技も術理もない振り下ろしは、彼が今まで振るったどの一撃より重かった。

 ──が、何かに阻まれて、その体表すら傷付けるに至らなかった。


 「……なにっ!?」


 剣を受け止めているものを確認して、目を剥く。

 それは、怪物の腕である。

 正確には、その手先から生えた爪と鍔競(つばぜ)り合っているのだ。硬度も高くないはずの獣の爪と、鍛造(たんぞう)された剣とが拮抗(きっこう)──否、押し返されつつあるというのは異常でしかない。

 しかも怪物は、獲物に注視している。反射的な行動ではあるが、その正確さと無造作ぶりに閉口するしかなかった。

 即座に気合いと共に腕の打撃を逸らし、一矢報いようとした。

 しかし獲物から口を離していたそれは、もう片方の腕で薙ぎ払った。

 予備動作が大きく、幸いにも避けることが(かな)う。紙一重で擦過した爪が、腕の皮一枚を切り裂いた。続く振り上げの風切り音に、肝を冷やしながら受けに回る。

 無粋な男を追い払おうとしているのか、動き自体に精彩はない。全力ではないのだろうか。男は余裕のない思考で、戦術を見出だそうとしていた。


 ──受け止めて、動きが止まったところを畳み掛ける!


 次の瞬間、それが悪手であると思い知らされることとなる。

 続く薙ぎ払いを思わず真っ向から受け止め、予想以上の衝撃に悲鳴が漏れる。まるで大木か何かで殴り付けられたかのような膂力(りょりょく)に、剣が真っ二つとなってしまった。更に、五間程吹き飛ばされ、(へい)にぶつかりようやく静止した。束の間、意識が()り取られ、暗転した。


 だが彼が目を覚ました時、声に詰まってしまう。

 怪物(それ)は、彼を組み敷く形を取っていたからだ。見上げるその姿は、まさに獲物を喰らう肉食獣のそれだ。

 相棒を見やれば、無惨に食い散らかされ、骨までしゃぶり尽くされているらしい。辺りには、赤や白など様々な──彼だったもの(・・・・・・)が散乱していた。

 考えるまでもない。次は自分だ。腐臭に満ちたその口で肉を喰い千切られるのは想像に容易い。逃げ道なぞとうに塞がれたも同然なのだから。

 ──生きたまま喰われる。

 生理的な嫌悪と恐怖に、気が狂いそうになった。


 叫べど奴は止まらないだろう。それは予感ではない。もはや確信に近かった。

 ──怪物が、大口を開ける。黄ばんだ乱杭歯(らんぐいば)が見えた。


 「や、やめてくれ……」


 意味のない命乞(いのちご)いと分かっていて、止められなかった。抵抗を試みた時、剣は既に手元から離れていたからである。

 下肢の自由は効かない。動かすだけで激痛が走るのだから、恐らく折れているのだろう。

 ──ずぶ、と牙が肉を裂いた。


 「ぐわぁー!」


 まずは腹から頂こうという魂胆らしかった。

 噴き出す血の味が怪物の嗜虐心に火を着けたのか、(ごう)と吠え、狂ったように喰い漁る。

 それと反比例するように、激しかった彼の叫びが弱っていった。そこに斬りかかった際の覇気もない。ただ喰われていく哀れな獲物である。

 夜の町に、怪物の野太い声と自警団の痛切な悲鳴が響く。

 抵抗していた(かいな)が、やがて力なく地面へずり落ちた。


 ──遠吠えが、(とき)の声のごとく()える。


 それを耳にしながら、女は一人安宿の片隅で恐怖と罪悪感に打ち震えていた。

因みに、ライカンスロープの本当の由来はご存知ですか?


正解は、この章の完結後で(笑)


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