凱旋 弐
固有名詞とか、多すぎるのは勘弁して下さい(笑)
本編のネタバレしたら──そりゃあ元のネタはしょうもないとは思いますけど──面白くないんですよう(泣)!
そこには、白髪頭を揺らす白衣の男がいた。
不健康とも取れる目の下は影を作り、神経質を思わせる眉間のしわを湛えている。学者然とした容貌だが、その目は何処か澱んでいるように映るだろう。
彼こそが、かつて赤雷の忌み名を持つ無頼漢と行動を共にした、アルシュ=クロワその人だ。
「手紙とは違って、随分早い到着じゃな。……まあ、よい。上がりなさい」
「……相変わらずだな」
何気なく返した男に、アルシュは小さく笑う。
両の手を広げ、歓迎する仕草をする彼だが、男はさりげなく手を伸ばすだけだった。困った顔を作り、互いに手を握る。
座ってくれ、とすすめるアルシュの指示にも無言を貫き、着席した。二人は円卓を挟む形で相対する。
濃密な薬臭さに、しかし彼は眉をひそめることもなく周囲を見渡す。怪しげな、或いはあからさまな毒物に囲まれているにも関わらず、至って落ち着いていた。
「君は君で随分と変わった。その口調、まるで誰かさんそっくりじゃ。それはそうと、彼女がお待ちかねのようでな。君の手紙を知って気が気ではない様子じゃった。……顔を見せればきっと喜──」
「──依頼以外に興味はない」
アルシュが視線を送るも、男は顔を逸らす。よく観察すれば、彼の顔は向かってやや左側を向いているように見えたことだろう。
アルシュの微笑みが、僅かに困惑と不安の気配を帯びる。
「では、依頼の話をするとしよう。北部の街から、愛人の間男を殺して欲しいとのことじゃ。これは依頼人の住所を示す地図になる。くれぐれも無くすでないぞ? 分かっておるとは思うが、他言無用じゃから、の?」
ぼろの羊皮紙を受け取ると、静かに男は頷いた。
目深に被ったフードの下。その表情はようとして知れないが、アルシュは彼の顔が浮かべるものに見当が付いていた。
「把握している」
言葉少なに答えると言う点で、かの赤雷と違いはあれど、振る舞い自体は紛う方なき彼のそれだ。
アルシュは懐かしさを感じるが、それには胸の痛みも伴っていた。
「はは、まったく懐かしいものじゃ。あやつと仕事をしていた頃を思い出すわい。しかし、あやつと来たら年長者を慮るということをせなんだ」
男は無言を貫いている。
それでも、円卓に乗せられた拳が震えていた。暫しアルシュの昔話が続くが、やがて意を決したように彼は口を開く。
「その話は……やめてくれないか」
その言葉の後、診療所内を重苦しい空気が包む。これにはさしものアルシュも口をつぐむよりない。
話をして和ませようとしていたが、その実では彼の傷口を抉る真似をしていたのだ。それはアルシュの望むところではない。
「すまんな、どうやら儂は野暮な話をしたようじゃ」
「…………そんなことは、ない」
聞き取れぬ程の声量で何事か呟くと、彼は黙礼し踵を返す。
男の去り際、アルシュはこう言った。
「無事に帰って欲しい。……なあに、爺の要らぬ心配じゃろうがな。ただ、君の帰りを待っておる──そんな奴ばらも居ると言うことじゃ」
扉は優しく穏やかに閉じられた。
次回も、“予定は未定”をお楽しみに!
次回、ミシェルが登場する……かも知れません。
状況により、内容は通達なしに変更しますよし、あらかじめお断り申し上げます。