凱旋 壱
これは、異端ノ魔剣士の外伝作品となります。
元々、本編完結後に連載開始予定だったのですが、欲望に負けて書いちゃいました。
風に吹かれ、街はずれでは百日紅の花弁が渦を巻いていた。今は夏、暑く蒸すような季節の到来である。
街に入れば、裏路地からは饐えた匂いが漂い、炎天下の街を覆い尽くしていた。
ここは、デポトワールの街。
──かつて、赤雷と呼ばれる異国の暗殺者が潜み隠れるようにしていたねぐらである。
そんな街の入り口に、暑苦しい姿でやって来る、流れ者とおぼしい男が居た。黒の長い外套を羽織り、脚絆も大振りで革靴に至るまで、全てが黒一色という奇天烈な外観。
潮風の香る街故、内陸部に比べて多少ましな方ではあるが、見るからに暑そうな格好だ。まともなものと言えば、携剣帯から奏でられる金属音くらいである。それから分かることは唯一、武装していることだけだ。
だが、荒くれ達にしてみれば、それは些細な問題でしかない。
余所者が入ればすぐ分かる規模の街である。足を踏み入れた瞬間から、浮浪者や盗賊連中に取り囲まれてしまっていた。
治安がよろしくない街ではよくある光景である。
余所者とあらば身ぐるみ剥ぐことは、此処の住人にとっては生きる上で必須だ。それが生活能力、生活水準の低い者達ならば尚更だろう。
基本的に彼らを好ましく思わないという国民性も手伝ってか、この手の犯罪が勃発しても、騎士達は我関せずを貫いてしまう。騎士のお題目とやらも失墜の謗りを免れないことだろう。或いは、元々大したことが無いのだろうか。
「変わんねえな、この街も」
持ってる物を全て寄越せという在り来たりな口上を、しかし男は鼻で笑い相手にしていないような素振りすら見せている。大仰な肩の竦め方が苛立ちを誘う、尊大な態度だ。武装した人間十数人を相手にしては、多勢に無勢だろう。だというのに、彼はたじろぎもしなかった。
この街で、その類の人間は余程の間抜けか豪傑でしかない。
「おい、てめえ! 腰に提げてる武器も金も、全て差し出せってンだよ!?」
逆上した男に追随して、周りの連中がここぞとばかりに賛同する。
やれ命が惜しければ自分の巣穴へ帰れだの、余所者が粋がるなだのと散々な言い様だが、男は揺るぎもしなかった。底意地の悪い笑みを浮かべると、彼はようやく追い剥ぎ達に話し掛けた。
「随分と荒っぽい乞食共が増えたなあ。面倒だ、これでも拾って“てめえらの巣穴”に帰んな?」
外套男が投げたそれは、古びた銅貨十数枚である。
一番価値の低い硬貨だが、錆びて緑白色の付着物が付随していた。それを認めた瞬間、男達は激昂する。
死ねだとか、殺すだとか、口汚い言葉で罵り嘲りながら彼へと殺到していく。
外套の男は逃げ惑うでもなく泰然と佇み、静かに腰へと手を伸ばす。
「死ぬとか殺すってのはな……」
瞬間、男の手が振り抜かれた姿で停止する。その得物は、東方の島国を象徴する武器──刀であった。
そして、彼に密着した男の小手先が、一拍遅れてずるりと地に落ち、鮮やかな赤が零れる。
悲鳴は甲高く、耳障りに。連中は咄嗟のことに暫し混迷する。そんな中でありながら、男の声はよく通った。
「──そんなもんじゃ、済まねえんだぜ?」
「野郎……! 相手は一人だ、囲んで殺っちまえ!」
飛び出した三名の剣撃を彼は難なくいなす。左手の鞘で二刀を弾き、残る一刀は刀身を横打ちすることで対処。無手の者が飛び掛かるも、柄で鼻を折り延髄に追撃で殴打を叩き込み、昏倒させる。
そこを間髪入れずに、鼻先を掠めて長剣が繰り出された。
二度、三度と紙一重でかわして、彼はそれの腹を蹴りつけ、武器を破壊する。
呆気に取られる男に刀背打ちを当て、次いで飛び掛かる二人の脛と肩口を切り裂き、戦意を喪失させる。
余力を残した一呼吸で、軽やかに四人も戦闘不能に追い込んだ手腕に、男達は驚愕した。
「はっ、散々息巻いておいてこの始末か。俺を殺すんじゃなかったか?」
「……うん? おい、ちょっと待て! まさかこいつあの“赤雷”なんじゃないのか!?」
にわかに彼らが騒がしくなる。油断なく武器を手にしつつも、話をしている。奴にしては若すぎるだとか、奴は此処から居なくなったはずだと喚いている。やがて怒りは、畏怖へと変わった。結論が出たようだった。
「くそったれ、覚えてやがれ!?」
「いつでも遊んでやるぜ?」
敵が撤退していくのを、半笑いで眺めながら、彼は軽口を叩くのだった。
──と、その時だ。
「誰かと思えば、まさか君じゃったとはな」
嗄れた声が、背後から投げ掛けられた。
次回、“予定は未定”をお楽しみに(コラコラコラ)!