中学一年生の髭
そうして僕らが百々瀬、橋屋と呼ぶようになり、少しずつ行動を共にするようになって始めて、周りは僕が百々瀬に興味を抱いているのだということに気づいたようだ。
橋屋の同情で仲良くしているのだと思っていた人たちも薄々とそうではないことに気づき始めたようで、最近は百々瀬にも話しかけるようになった連中もいるし、逆に僕から離れていく人もいた。
それは僕にとっては少し恐怖だった。
僕は今まで誰にでもいい顔をしてきた。
それは僕が他人とは違う倫理観をもっていてそれが社会では異常なのだと知ったからである。
人は自分と違うものを区別し差別し攻撃的になる。
いくら僕が、頭脳を、運動神経を、見目麗しさを持っていようとも。僕の欠落しているものが大きすぎる。
だって、僕の持っているものは誰しもが持っていないものだ。持っていなくとも問題のないものだ。
だけど、僕の持っていないものは誰しもが持っているものなのだから。
つまり僕は誰しもに攻撃されやすいということなのだ。
今までは異端にならないことでそれを避けてきた。
みんなのことを馬鹿だなぁ、幼稚だなぁと思うこともあったが声をあげることはなかった。
だって、それをすれば、僕ははじかれるものになるからだ。
百々瀬という異端に関わったのは僕にとって悪いことだったかもしれない。
平穏が崩される。
今のところは大丈夫だけど今後はどうだろう。
僕の欠落がバレたとき、異常と友人の僕は以前よりも更に人から避けられるだろうか。
「橋屋?」
「あ、なに?」
「いや、顔をしかめていたから」
百々瀬が僕を見る。
漆黒の細い切れ長の瞳で。
僕は彼をごまかせているだろうか。
自分から仲良くなりたいといったのにこんな醜いことを考えているやつなのだとばれていないだろうか。
彼の瞳がまっすぐだから正直ばれているのではとどきどきする。
だけど彼は超能力者ではない。
大丈夫、大丈夫。
霊が視えるということと心がのぞけるということは違うのだとこないだ彼が読んでいた本に書いてあった。
当然だと思う。
霊が視えるからといって全知ではない。
大丈夫。
彼に怯える必要はない。
…僕は彼の何に怯えているのだろう?
酷いやつだと知られること?
それを知らしめられること?
前者だろうなぁ。
後者はきっと彼はしないだろうから。
僕はやはり彼に好かれたいのだろう。
だから僕の醜い部分を知られたくないのだ。
だけど仲良くなりたいから隠すのも嫌で。
ああ、ジレンマ。
大体にして僕がこんなに悩んでいるのに相手が飄々としているのもむかつく。
相変わらず百々瀬はそっけないし、そういう態度から一緒にいることはデメリットの方が多いのではないかと思ってしまう。
だいたいにして僕はなぜ彼が気になるのだろう。
ひとりきりだから?
それでも堂々としているから?
何も持ってないようにみえるから?
百々瀬は顔立ちはきれいだけど、長い髪や独特の雰囲気で全くそれが生かされていない。
成績もまずまず。
細くて運動神経もよい訳じゃない。
人当たりもよくないし暗そうだ。
こんな奴といてもメリットなんかない。
そう思うのに。
あの
僕にはない優しさが
裏表のない美しさが
僕はひどく気になるのだ。
彼への感情はよく見る陳腐な表現で言うのならば
気になった方が負け
好きになった方が負け
なのだ。
きっとそういうことだ。
そんないつなくなるかわからないもののために、僕の今まで築き上げたものは壊されるというのか。
僕の今までの努力は何だったのか。
悔しい。
思えば僕がこんな感情を持ったのも初めてだ。
僕は倫理観以外はすべて持っていた。
誰かに負けることなどなかった。
そうなるようにそれ相応の努力を払ってきたし、倫理観に関しては隠すことができる。
だから深い感情は湧かなかった。
だって僕にそれがないのはただ在る事実なのだ。
それがこんな風に崩されるとは。
感情とは何て厄介なんだろう。