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中学一年生の参



「百々瀬、次移動だぞ。起きろ」


「あー、九重。ありがとう」



授業が終わって突っ伏していた百々瀬君を九重が軽くゴツいて起こす。

遠足の班決めから1週間、百々瀬君は九重と仲良くなった。普段から教室移動を共にしたり、授業の課題でペア組したりしてるのだ。

正直、僕は面白くない。百々瀬君がヒトと接するようになったことはいいことなのはわかってる。だけど百々瀬君が面白いって、見つけてきたのは僕なのに。



くだらない独占欲だなぁ。



と自分でも思うのだけど、何故か止められない。僕はそんなに他人に執着する性質でもないって自分で思っているのだけど。

何故か百々瀬君には執着してしまう。

変だなぁ。


でも、僕が先にみつけて僕が仲良くなりたかったのに。

僕は未だに百々瀬君って呼んでて、橋屋君と呼ばれてて、それを変えるきっかけすらつかめない。

というか、百々瀬君とどう接したらいいのかわからない。彼の微妙な距離感をどう詰めていいのかわからないのだ。

彼は笑顔にほだされてくれるタイプでもないようだし。

九重はどうやって彼と仲良くなったのだろう。

相性なのかな。

九重は彼の距離にすっと入っていけるようなのだ。



「橋屋?」



麻井が僕に声をかける。僕ははっとなって口角をあげた。



「なんでもないんだ。音楽室だろ?行こう」



そう告げて僕は教科書と筆記用具を持って席を立つ。

麻井は普段あんな気を使うような声のかけ方をしない。僕は相当に気難しい顔をしていたのだろう。恥ずかしい。



「何か考え事?」


「いや、ぼーっとしてただけなんだ。ごめん」



僕がそういうと麻井はそう、と返して歩みはじめた。そうじゃないことは麻井はわかっているだろうけど、そこまで深くも聞かないのが彼だ。僕にはその距離感が心地良い。

ああ、そういうところなのかもな。百々瀬君と仲良くできないのは。

九重は良くも悪くもストレートで嘘がなく、それでいて相手を思い遣る心を持ってる。だからヒトとの距離を詰められるのだろう。

僕は友人は多いし、自分でいう程度にはモテる。だけど、ヒトとは一定の距離を置く。

それなのに相手に距離を置かないで欲しいと思ってるなんて馬鹿な話だ。

僕が仲良くしたいんだ。

なら、僕から歩み寄らなくては。


しかし方法がわからない。

ああ、最初に戻ってしまった。


歩み寄るってそもそもなんだろう。

何故九重はあんなにも彼に入っていけるのだろう?

素直だからだろうか?

僕も素直になれば仲良くなれるのだろうか?

でも素直になるっていったい何をすればいいのだろう。

自分の気持ちを伝えるということだろうか?

どうすれば僕の気持ちは伝わるのだろう?



ぐるぐるぐるぐる頭が廻る。



出口がみえそうでみえない。

結局九重の真似をしたところで仲良くはなれない。

だってそれは僕じゃない。

でも僕のままでも仲良くなれない。

こんなにも気になるのに。


どうしたらいいんだろう?


ああ、いっそ、九重になりたい。


いや、そんな莫迦な。


九重にはなれないし

九重になりたいわけじゃない。




でも僕にはきっと

少しの変革が必要だ。




授業中も給食中も僕の頭はぐるぐるぐるぐるまわっていて

でも答えがでなくて

気持ちが悪い。

目が回る。



ああ、

何か話してみたらわかるのだろうか?



気付いたら図書室にいた。


目当ての人物百々瀬君は今日は当番ではないらしく、カウンターではなく入り組んだ本棚の影にいた。

壁によりかかり床に座り首を傾けながら本を読んでいる。

さらりと揺れるひとつに縛られた漆黒の後ろ毛が綺麗だ。


僕が近寄ると影が落ちたからか

彼は顔をあげた。



「橋屋君?」


「いや、用はないんだ」



不思議そうに僕を見て名を呼ぶ彼に僕は首を振る。

そう、用はない。

用はないけど話がしたい。

それを用と呼ぶのだろうか?


だけど

何を話していいのかわからない。



どくんどくんと

心臓が高鳴る。



こんなにも考えてわからないことが今までなかった。

質問すら思い浮かばないなんて一体僕はどうしてしまったのだろう。



立ち尽くす僕を彼は不思議そうに見た。

それはそうだ。

僕が彼であっても不思議に思うだろう。



用がないなら去ればいいのに。



「俺に用、は、ないんだよね?えー、っと。座る?」



気を遣わせてしまった。

恥ずかしい。

それでも僕はもう自分からなんて言っていいのかわからなくなってしまってとりあえずへらりと笑って彼の隣に座った。

女子相手でもこんなに緊張することない。

なんだ、これは。



「えーと、用はない、でいい?」


「ごめん、なんといったらわからなくて。とりあえず座っていてもいい?」


「え、うーん?よくわかんないけどいいけど」



 よくわからない。

 そりゃそうだ。僕もよくわからない。

 百々瀬君も今まで友人とこのようなやり取りをしたことがないだろうからとても戸惑っている。

 彼より友人が多いであろう僕もこんなことされたこともない。

 戸惑うのは当たり前だ。

 本当に申し訳なく思う。

 でもどうしたらいいかよくわからない。

 とりあえず落ち着こう。

 僕はふうと長めに息を吐いた。


 

 

 すると僕を気にしてない風を装い本を読むふりをしながら、こちらに気を配っている彼に気づいた。

 ああ、彼は

 優しいんだ。

 

 こないだも思ったけれども彼は優しい。


 僕ならば

 用はないといったのだから

 ああ、そう

 とほっておいて気にもしないだろう。


 結構人でなしだ。


 でも本人がそう言ったのだしそれでいいとも思う。

 彼は違うんだ。

 気にしてくれるんだ。

 優しい。



「百々瀬君てあたたかな人だね」


「えっ」


 こしょこしょと小さな声でそう言った僕に彼は驚きの声をあげる。

 顔を覗き込むとその顔も驚いていて僕は少し気分がよかった。



「僕ね、君ともっと仲良くなりたいよ」


「・・・なんか、えっと、橋屋君じゃないみたい」


「うん、僕もそう思う」


「なんか、えーっと・・・いつもの建前どこやったの?」


「・・・君さ、多分もともと素直なんだろうけど九重の影響受けすぎだよ。ストレートすぎ」



 少しむっとしたようにそう言ったあと小さくくすくすと笑った。

 百々瀬君もふ、と笑う。

 一重の細い瞳がますます細くなった。



「そうやって思ってくれて嬉しいよ、ありがとう」



 ああ、そうか。

 少し素直になるとこうやって人を喜ばせることもできるんだ。



「でも、もっと仲良くってどうしたらいいんだろうね?」



 そして困らすことも。

 僕は人と交わることでこんなにも嬉しいと思ったことがあっただろうか?



「じゃあとりあえず君をやめようよ」


「えーっと橋屋?」


「うん、百々瀬」



 ああ、なんか、しょっぱい。

 恥ずかしい。

 嬉しい。

 胸が苦しい。

 とんだ青春ものだ。

 恥ずかしい。





 ああ

 でも


 悦びだ。










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