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中学一年生の壱




彼、百々瀬宗一郎ももせそういちろう)に出逢ったのは、中学校に入学してから。



彼はいつも一人で行動しており悪目立ちしている。



それがまず最初の僕の彼への印象だった。

あまり良い印象ではない。

しかし彼の顔の整いは良いか悪いかでいわれると良い方だ。

少し長めの髪をセンターで分け後ろで小さくくくっているのは男子としてはおかしかったが、すっと通った鼻が美しかったし、シュッとした切れ長の一重の瞳の色が深い黒なのも印象的だ。

だけど薄い唇はいつも真一文字にとじられている。

モテそうな容姿をしているのに彼が女子に騒がれたのは最初だけだ。




というのも彼はなんというか、独特の雰囲気を持つヒトで、霊がみえると噂だった。

実際、彼は何もないところで指を振って宙に何かを描くような動作をしたり、喋ってはないけど唇が動いているようなことはよくあった。

それに彼のうちは昔から不思議なことをしているうちらしいのだ。



祓い屋。



と呼ばれるうちでヒトの呪いを解いてるらしい。

平成のこの世で祓い屋。

よくもまぁそんな商売がまかり通っているものだ。



そんな感じで怪しくて無愛想な彼には誰も近寄らなかった。

小学校が同じだった友人にきくと小学校でもそうだったらしい。

彼の方も慣れっこなのだろう。


必要最低限しか周りに関わらず、常にひとりでいた。



彼は話かけられれば話を返すものの、彼の表情が変わったのを入学以来僕は見たことがなかった。

それでも僕には関係のないことなので、僕は彼を別段気にしたことはなかった。


彼と違い僕の廻りにはヒトが常にいたし、彼とクラスメイトとして以上の関わりを持つことは必要なかったからだ。



ヒトと違う彼は虐めの対象にでもなりそうなものだが、みな呪われたら怖いしなどと話している。

呪いってなんだよ。


とはいえ僕もヒトを虐めるというリスクを犯したくはないし、クラスで面倒なことが起きては嫌なので、そのことについて突っ込んだりはしなかった。



そんな彼は図書委員だ。

僕は本が好きなので図書室で本を借りに行くと結構な頻度であった。

とはいえ、何も話すことはないし、貸出返却をしてもらうだけだ。


ただ、今日は違った。



橋屋はしや君、1冊返し忘れがあるよ。2巻がない」


彼は変声期まえの少し高い声を小さくゆっくりと心地よく響かせながらそう言った。

彼に言われて僕も返却した本を見る。

確かにシリーズモノで10冊借りたはずなのに1冊ない。

机の中で教科書か何かと混ざってしまったんだろうか。



「ごめん、百々瀬くん。多分教室にあると思うからとってくるよ。その間待っててもらっていいかな?」


「どうせ昼休み中はここにいるから、どうぞ」



彼は表情を変えずにそう告げると僕が返却作業を頼む前まで読んでいた本を読み始めた。


相変わらずの距離感である。

今は10月、入学後半年たっても彼は変わらず1人だし、変わらず無愛想である。


まぁ、別に仲良くしたいわけじゃないからいいんだけどね。


僕は教室に戻ると自分の机を漁る。

ああ、やっぱり。

机の中で雪崩を起こして教科書の間に1冊の本が挟まっていた。

それを持って教室を出ようとすると、クラスメイトの話し声が耳についた。



「呪われたかもしれない」



そうきこえた。

呪いだなんて馬鹿らしい。



「百々瀬くんならなんとかしてくれるかも」



随分と都合がいいものだ。

普段関わらないくせにこんな時だけ。



「確かいつも図書室にいるよね?行こう」



そう言って女子がふたり僕の隣をパタパタと通っていった。

何だか面倒くさい予感がする。

でも、返却処理待っててもらっているしなぁ。


はぁ。

とため息をついて、僕はゆっくり図書室にむかった。




案の定、面倒くさかった。

図書室に入ろうと扉を開いた瞬間女子の声が響いた。



「だって、呪われてでもなければ、こんなに不幸なことばっかり起こるわけない!」



・・・。

教室に帰りたい。

間違いなく来る時を間違えた。

そう叫んだ女子は百々瀬君に夢中になって自分の不幸を話しており僕の存在には気づいていないようだ。

百々瀬君は気づいてはいるようだが僕に視線を向けることはなかった。

叫んだ女子の連れの女子だけが僕に視線をやり、自分の友人の袖を引いた。

だけど彼女の叫びは止まらない。

それどころか勢いを増して話し続ける。


百々瀬君はそれを聞いてはぁと息を吐いた。

心底面倒そうである。

いや、面倒そうであるではない。面倒なんだろう。

別に仲がいいわけでもない女子に不幸自慢されたら僕もいやだ。



「あのね、君はさ。呪われたいの?」



勢いよく叫び続ける女子の声を遮って、ゆっくりと落ち着いた声で彼は言葉を紡いだ。



「そんなわけないじゃない!!でも、私がこんなに不幸なのは変だもん!!」



「いや、君呪われてないよ。自分で自分を呪っているんだよ。・・・不幸じゃないと構ってもらえないんだろ?君はヒトに注視して欲しいんだ。だから、呪われたいんだ。で、俺に君が呪われてるって言ってもらえたら、自分がかわいそうなのはお墨付きをもらったも同然だからね。だから君は今いかに自分がかわいそうか俺にアピールしてる。だけど、断言するよ。君は他人に呪われてなんていない。君を呪っている人物がいるとすればそれは君だ」



ただ淡々と彼は表情も変えずにそう告げた。

それを受けてさっきまでこれでもかと叫んでいた彼女が何も口にすることなくぼろぼろと大粒の涙を流す。



「わかんないよ」


「・・・きみさ、親とあんまり話したりしないんじゃない?きみが本当に構ってほしいのはお母さんだろ?」


「そんな子どもじゃない」


「いや、俺ら子どもだから。ていうか親にとったらいくつになっても子どもだろ?」


「子どもになりたくない」


「そ、勝手にしたら。俺には関係ないし。ただ、君は他者には呪われてないからヒトのせいにすんな。そんなことしてると本当に呪いの方から寄ってくるぞ」


「見捨てるの?」


「俺と君はもともと仲良くないだろ?見捨てるも何もない」



確かに、彼の言うことは的を得ている。だいたい彼女が甘すぎである。

親がいるだけましだ。それなのに子どもになりたくないなんて彼女は馬鹿だ。子どもになりたくてもなれないやつもいるというのに。

彼女の友人が、もういこ、と彼女の腕をひいて二人は図書室から出て行った。



「百々瀬くんって不思議だね。よく少し話しただけで相手のことがわかるね」


「別に、あんなん彼女の言葉の流れ聞いてればわかる。君だってそういうのよむの上手いだろ?ただ俺と反対で君は・・・まぁいいや。返却だよね。お待たせ」


「まぁいいの?」


「別に君のプライドを刺激しなくてもいいかなと。俺も人を怒らせたいわけじゃないからね」


「そう。でも僕はぜひ聞きたいよ」



僕がそう言ってにこりと笑って彼を見つめると彼もじっと僕を見て息を吐いた。



「・・・君はさ、それを相手の機嫌がよくなる方に使っているんだろう?さっきの子の場合だったら、君なら、君は呪われてる。って言ってやっただろう?それが彼女の望みだったからな。君は真実の正否よりも望みを叶える方が大切なんだ」



あっている。

僕ならばきっとそうしただろう。

だってわざわざ他人の地雷を踏むだなんて面倒だ。

人はどんなに仲が良くても違う部分をみただけで避けていく。

だからあわせた方が楽なのだ。


僕はヒトと比べて『欠けている』。


何年か前にに思い知ったそれは年齢を重ねれば重ねるほど強く感じるようになった。


誰しもが


幼い頃にありを潰しはしなかっただろうか?

ではカマキリは?

バラバラにしなかったか?

オタマジャクシはどうだろう?

田んぼからすくい上げて地面に叩きつけはしなかっただろうか?


じゃあ

ネコはどうだ?


オタマジャクシまではする子もいるだろうししない子もいるだろう。

それでも半々くらいなんじゃないだろうか?


でもネコになった途端に

それは酷いと口を揃えて言うのだ。


そう

僕には


『命の尊さとやらを感じる感情が欠けている』らしい。


ネコでも犬でもなんでも

なぜ殺してはいけないのか僕にはわからなかった。


しかしそうした事をした時の他人のドン引きした目が忘れられない。

生き物は殺してはならないという親の説教をするときの意味がわからない言葉の羅列と自分の子どもがそんなことをするなんて信じられないという態度が忘れられない。

あんなに親と言語があわなかったことはない。

そしてそれは悲しいことだと感じた。


僕は小学校3年生の頃

公園の野良猫を殺した。

それは僕にとって虫を殺すのとなんら変わりないものだった。

しかしそれで人は僕を見る目を変えた。

成績優秀でスポーツ万能の頼れる僕は頭のおかしな狂人となった。

自慢の息子がいたたまれなくなった両親は県外に引っ越しをしてくれて、僕はまた成績優秀でスポーツ万能の頼れる僕になった。


だから僕はヒトの機嫌を優先する。ヒトの望みを僕が叶えることにメリットがあるなら叶える。正しさなんて知らない。いらない。

だって、僕の正しいと社会の正しいは違うからだ。



「百々瀬君、よく見てるね」


「別に。普通に同じクラスにいればわかる。君はいつも人に囲まれていて目立つからな。で、返却。そろそろ昼休み終わる」


「うん、ありがとう」



彼はまた、別にというと返却作業を始めてくれた。僕はそれをじっと見る。

彼は不思議な人だ。さっきの彼女たちとのやり取りだって彼がただ損をした。親しくない人間に時間をたくさん奪われたし、彼に心証を悪くした彼女らが彼についてあることないこと言い始めるかもしれない。

それでも、彼の言ってることは事実だった。きっと彼女にとって耳が痛かっただろうけど、彼の言ったように親に認められれば彼女は不幸自慢で他人の気をひかなくてよくなるだろう。

でも、別に彼には彼女にその事を言ってやる義理なんてなかったのに。



 なんて優しい人なんだろう。



僕とは反対だ。僕は保身のために嘘をつく。それを優しいねなんて言う他人は僕の表面しか見てないのだ。僕の抱えているものを知らないのだ。それはとても虚しい。自分を偽り他者がそれを受け入れることは虚しい。

でも、僕はこんな生き方しか、しらない。

彼のように生きるってどういうことなんだろう。

 


 僕は彼に興味を持った。







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