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第二回戦

 数多の物質を放り込み、かき混ぜ、ドロドロに煮詰めたような、濃密な闇の世界。


 全てを貪り、


 呑み込み、


 喰らい、


 塗り潰す、ーー暗黒の世界。


 光が跡形もなく消えさった、名も無きこの世界が、再び書き換えられる。


ーー白光。


 煌々と輝き地上を照らす太陽には届かず、それの力を借りて己の存在を主張する月の光にすら遠く及ばない微かな、弱々しい光。


 しかし、それでいて絶対的な暗黒世界の秩序に従わされることなく、塗り替えられることなく、そこに存在している。


 絶対の黒に染まらぬ反逆の白の名は、カレン・ブライト。この世界に送られた新たな使徒の名である。



× × ×



 突然視線の先が闇で埋め尽くされた空間に飛ばされたカレンは、驚愕を通り越して冷静になりながらも、戸惑いを隠せずにいた。


「……ここは一体、どこなんでしょうか…………?」


 カレン・ブライトは、人間を含む複数の知的生命体が棲息するブライトと呼ばれる小惑星の中で、貧弱な人間という種族にありながら、世界の長として君臨するエレク・ブライトを父にもつ王女である。


 惑星ブライトは緑の豊かな星で、食物となりうる植物の種類が非常に多く、地球の実に1.5倍の種類が存在する。植物には、肉に含まれるタンパク質をはじめとした栄養素が含まれ、加えて先述の通り種類がとても多いため、わざわざ他の命を奪って食する必要性が低い。口にするものが皆異なるため、取り合いになることもないのだ。それによって、この星ブライトの生物は野菜を主とした植物を主食とする。


 主食が被らないというのは、それだけで争いを劇的に減少させることに繋がる。戦争の起こった例がほぼ皆無であるこの世界では、皆が皆、穏やかでおっとりとした性格なのだ。


 カレンもまた然り。


 人語を解するだけの知能を有する植物系の人外種が人よりも大勢住む地を治めるエレク・ブライトの一人娘であるカレン・ブライトも国民に愛される、優しく思い遣りのある女性である。


 王女として真面目に政治について学び、博学な彼女ではあるが、かなり抜けたところがあり、言ってしまえば少々どんくさい。国の民を導く役割を担う王族にありながら、それはどうなのか、と思うところがないでもないが、国民にとっては親しみやすく人気になる要因となっている。今となっては、日本で言うところのファンクラブの様なものができあがり、王国の若者のみに限らず老若男女がそれ参加している始末なのだ。それができるのはやはり、間違いなく平和であるという証拠なのだろう。


 カレンが人々に受け入れられる、というよりは憧れられているのは、彼女の容姿も一役を買っている。


 陽光を受ければさぞ美しく輝くであろう、鮮烈な赤の髪を腰まで伸ばす、見目麗しい女性。だが、自らが放つ淡い白光程度ではその魅力も半減する。


「私って……」


 自分が長年苦楽を共にしてきた己の肉体に違和感を覚え始める。誰が見てもただ一言「美しい……」と呟くであろう、寧ろ見惚れて声を出すのを忘れて息を飲むような容姿。神に愛されたとしか思えない、女神の如き姿をもとから持っていた彼女は今この時も美しい、だがしかし、その体は彼女の知る姿とは大きく異なっていた。


 成長するにつれて肥大化していった豊満でありながら下品ではない胸は面影もなく、真っ白なすらりと長い手足やスレンダーな身体は性別を感じさせない人形のようなーーまさに人形であった。


 無駄を限界まで削った身体に唯一残る、カレンの面影はその太陽のような鮮明な赤の髪のみ。それ以外、彼女がカレン・ブライトであったことを証明するものは一切ない。愛する父親と母親から受け継いだものはそれ以外、一切合財失ったのだ。


 しかし、それも今となっては関係ない。


 失ったのは、身体的特徴だけではない。彼女の優しく穏やかな人格を形成した、家族に愛され、また彼女が愛し、大切にしてきた過去の記憶もまた、跡形もなく消え去った。そしてそれは、今の彼女にとって、あろうがなかろうが関係ないーーーー寧ろ、邪魔でしかないものなのだ。


「私って……わたし?………………ワタシ……俺……ワタシ……オレ…………なんか違う気がします うーん?…………ワタシ、オレ……ぼく?……あ、そうでした、そうでした わたしは……いえ ぼくは、……ボクです」


 彼女の魂に異物が混入する。


 流れ込んでくるのは知らない記憶。脳に多少の負荷はかかれど、人の記憶にしては異常なほど…………いや、間違いなく異常だと断言できる短すぎる記憶。それと同時に別の何かが彼女の魂に上書きされ、保存されていく。


「ボクは勇者でしたか」


 彼女が生まれた理由、今まで生きてきた理由。


 魂に深く深く刻み込まれたそれだけが、彼女の生きる意味。


 闇を切り裂き、消し去る。


 その為だけに得た力。


能力解放(リリース)、【勇者(ブレイヴ)】」


 凄まじい力が宿り、駆け巡る。闇を払う眩い光に包まれながら、もう一つの能力を解き放つ。


能力解放(リリース)、【火焔(フレイム)】 そしてボクはーー」


 彼女が得た、彼女だけの力。


「ーーーー炎の魔女だ」


 彼女が己の存在を理解し確信したその瞬間、再度その姿を現した。




× × ×




 黒より黒く闇より深き深淵の主。その欠片の一つが姿を現す。


 目にするだけで沸き立つ嫌悪感。


 自分が同じ生物だと認めたくない、気持ちが悪い塊。


 加えて勇者をも怯ませる圧倒的な威圧感。


ーーーーだが、今のカレンにとっては露程にも感ぜられぬ細小な力に相違ない。


「スライムですね」


 毒々しい色をした塊は、勇者を葬ったスライムである。カレンはその時の記憶を鮮明に思い出せる(・・・・・)。そう、思い出せるのだ。彼の魂が宿っていた人形に、上書きするようにして宿ったカレンの魂には、その記憶が残痕として受け継がれたのである。


「スライム如きでボクの前に立ち塞がろうだなんて、思い上がりも甚だしいですよ?」

「…………」


 スライムに人の言葉は通じない。何も反応を見せず、ただただその場に佇む。


「……はぁ~、つまらないですね 少しくらい話し相手になってくれてもいいではないですか……まぁ、いいですーーーー消えてください」


 翳した掌に全身に溢れるエネルギーが注ぎ込まれ、爆発的な力が地獄の火焔となって全てを焼き払わんと顕現する。


轟炎(アルヴォ)


 しかし相手も流石に、己の存在が消失する程の火力を前にしてただ茫然と佇んでなどいない。高速で放たれる灼熱の炎を自らの勘を頼りに跳び避ける。


「ボクの炎を避けましたか」


 彼我の圧倒的実力差は両者が理解していることだ。それ故に、強者であるカレンは、弱者のスライムに、自分の自慢の炎がたった一度でもかわされたことに苛立ちを覚える。


獄炎(ヘルフレア)ッ!」


 すかさず強力な火属性魔法を放つ。高火力で燃え上がる轟炎(アルヴォ)に比べ、火力だけで考えれば全くと言っていいほどに威力が足りていない。だが、地獄の炎を呼び出す獄炎(ヘルフレア)は消えぬ炎を解き放つ。


 あまりに瞬間的に繰り出された大技に、スライムは逃げることを諦め、だが、死ぬことは諦めずーー


ーー分裂


 スライムが己の身を分割、急速に再生させ、同サイズのスライムに分裂した。それも、2体などの少数ではない。一度に8に分裂したのだ。


 1秒間に8倍ずつ増殖していくスライムは、分身の一つを犠牲にしてーーすでに三桁を越える数の内、たった1つの犠牲のみでーー炎を受けきった。


 獄炎(ヘルフレア)の最大の武器であり、最大の弱点。それが、炎の永続性だ。これは、言わずもがな、対象が燃え尽きるまで炎が弱まること無く燃え続けるという特性である。


 地獄の炎を用いて敵に攻撃を行う、紛れもない必殺の魔法ではあるのだが、たった一つの弱点として、燃え移ることがないという特徴を持っている。つまり、炎を受けた一体は必ず死に至るが、その周囲の者には被害が及ばないため、一対多の戦闘時にはこの上なく使い勝手が悪い魔法なのだ。今回はそれを見事に突かれた形となる。……果してスライムがそんなことを考える頭を持つのかどうかは、甚だ疑問ではあるのだが。


「あ~~、もうっ! 鬱陶しいですね!」


 襲い来る猛火に数を急激に削られながらも、それを遥かに上回る速度で増殖していくスライム達。カレンも切りのない数に苛立ちを隠せなくなる。


龍火(ドラゴ・ファイア)!」


 龍の如き様相をなした炎は、カレンの手を離れ、うねるようにして暴れまわる。巨大な龍が通った跡に、蒸発していったスライム達の跡は残らない。


 溢れるほどに積み重なったスライムの大群は、既にカレンの周囲を囲んでいる。逃げ場などはなく、カレンには大量のスライムを一匹残らず全滅させる他、生き残る術はない。


ーーズドドドンッ!!


 同心円状に広がるスライムが、中心のカレンに向かって一斉に飛び掛かる。


 四方八方を隙間無く覆われたカレン。当然逃げる隙間はなく、一部を炎で焼き払おうとも、一体でも身体に当たってしまえば、それを皮切りに次々と捕まってしまうだろう。


 足を取られ、腕を固定され、目を口を封じられ、視界を塞がれて呼吸も出来ずに命が潰えること必中である。


 そんな絶対的境地にありながらも、カレンは苛立ちしか見せない。つまり、これを対処するなど、彼女にとっては容易いことなのだ。


 目を瞑る。


 身体を駆け巡る熱く、荒々しい力の奔流を認識し、身体の表面に押しやり溜め込む。


 溜めて。


 溜めて。


 溜めて。


 溜めて。


 溜めて。


 溜めて、溜めて、溜めて、溜めて、溜めて、溜めて、溜めて、溜めて、溜めて、溜めて、溜めて、溜めて、溜めて、溜めて、溜めて、溜めて、溜めて、溜めて、溜めて、溜めて、溜めて、溜めて、溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜めめ溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め溜め留留留留留留留留留留留留留留留留留留留留留留留留留留留留留留留留留留留留留留留留留留留留留留留留留留留留留ーーーー




「ーー紅蓮炎波(プロミネンス・ストーム)ッッ!!」




 限界まで凝縮した勇者の力が爆発的に広がる。


 拡大するエネルギーは闇を切り裂き、打ち払う。


 鮮烈な光と共に放たれた烈火が敵の逃げる隙を与えず燃やし尽くすーー否。存在そのものを消し去る。


 太陽の如く輝く凄まじい炎は、視界を白に染め上げ、触れた先から全てを飲み込んでいく。


 そして。


 音もなく消え去った光は、しかし、敵を消失させ、この空間を闇の元から白日の元へと晒すことで、その驚異的な威力の爪痕を遺していった。


 一人の勇者を葬り去った闇の僕ーーもとい、スライムは、強大な力の前に呆気なくその命を散らしたのだった。




× × ×




 大量のスライムが居た、闇の世界。


 正確には、闇の世界だった(・・・)空間。


 カレンは一人、広大な洞窟の中にいた。


「…………ここは……?」


 ここは、洞窟であって洞窟でない。何となくその様に感じるカレン。確信を持てるだけの根拠がないが、妙に真っ平らな地面に、凹凸のほとんどない垂直な壁。果ては、天井までも整えられているようだ。至るところに人の気配が窺えることから、その様に感じるのだろう。ただそれにしては、音も風もなく、生き物の気配が皆無なのだ。何かがいるようには思えない。それなのに、常に誰かに監視されているような気がする。何とも、不愉快極まりない。


 現在カレンがいるのは、戦闘のあった場所から30分ほど、ただひたすらに真っ直ぐ歩き続けた場所だ。周囲の景色は全くと言って良い程、変化がない。だが、ここが別の場所である証拠に、戦闘の影響で大きく抉られた地面や壁が見当たらない。そしてそれに加えて。


「階段ね……」


 カレンを待ち構えるようにして大きく立派な石段が姿を現した。


 この階層は完全に闇が晴れ、壁に掛けられた無数の松明に照らし出されている。


 が、階段の先。上層。


 石段を上って到達するであろう箇所は、再び濃密な闇に包まれた世界が広がっている。


「一体、いつまでボクは戦えばいいんでしょうか……?」


 そんな当たり前の質問に、これまた当然のように誰も答えない。


 もともと答えを求めていたわけでもないカレンは、答えが返ってこなかったことを気にすることなく、次の階へと足を進めるのだった。

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