第九章
図書館で暮らすいつもの昼下がり、ごにょごにょ殿下と弄ばれながら本を読み耽っていると、緊迫した様子の衛兵がフローラ女史に何かを連絡し来た。内容を聞いたフローラ女史は、一瞬陰りを見せた表情をすると何かを衛兵に指示した後、何事もなかったかの様な表情で所定の位置につき、俺の監視任務に戻る。
明らかに非日常の事態が起こっているであろうことは空気でわかったので、思わず俺はルール違反を承知でフローラ女史に聞こうとしたが、側にいたアディーラさんに手で制された。
「フロル、何かあったのですか?」
「いえ、何でもありません。」
いつもの綺麗な姿勢の状態で、感情を見せない様にして答えるフローラ女史。一緒の監視部隊といっても、それぞれ抱えてる仕事に共通点がある訳でなく、余程の理由でない限り、各部隊を率いている将クラスとなると、普段仲が良くても言えない事もある様だ。
俺は、そんな二人のやり取りに一応気を遣いながら、フローラ女史にカマをかけてみる事にした。
「魔証跡でも発見された?」
「ど、ど、どどどうして殿下がそれを!?」
「…。」
ま、マジか…。少しヤブを突くだけのつもりがヒュドラが出現してしまったらしい…。
部屋にるメンバーが息を飲んだのが分かるくらい一瞬の静寂がフローラ女史のリアクションで分かる。
「まぁ、なんとなくかな…、所で、どこら辺で確認できたの?」
俺は自分でまいた種を回収すべく情報収集を図る。
「で、殿下には関係ないことです。」
フローラ女史に聞いてみると、若干の動揺を見せたが、元の鉄の女へと意志の力で戻っていった。
こりゃ、黙秘されるな…。面倒なのは嫌いだ。
「まぁ、そうなんだけどね。因みに、黄色い魔証跡であれば言ってくれ。多分、父上では手に負えないタイプの物だから1ランクのキャスターが少なくとも4人は必要になるはずだよ。」
「!!っ」
俺に言われた事と、衛兵に伝えられた事に共通点でも有ったのだろう。俺のささやきを聞いたフローラ女史は、アディーラさんに断りを入れると図書室を退出していった。
「殿下は、お優しいのですね…。」
そう言って温かいお茶をセビータさんは、いつもの場所に置いてくれた。
「ん?そうなのかな。俺は当たり前の事をしただけで、何にも特別な事はしてないよ?」
「ふふっ、そうですね。」
「フロルに~任せておけば~、大丈夫ですよ~。」
魔証跡。この大陸に時々現れる不吉な存在として、認識されている現象。自然界に見られる動物達の異業種だったり、精霊達の変体したものだったり、様々な特異生物を生み出す存在。単純に道端に転がっているものもあれば、生物の体内に取り込まれているものもあり、元を破壊するまで不吉をばら撒く。
中には、無害なものもあり、自然界に味方する魔証跡もあるが、その実例は、本当にわずかだ。
過去確認された魔証跡の色、大きさ、影響される現象により危険度がランク付けされている。今回、カマささやきによって確認されたのは、中規模ランクの黄色。所謂警告色と呼ばれるこの色は放置しておくと赤色になり、小さな村なら一瞬で退場することになるだろう。
黄色ということは、被害が出る前に発見できて、王城にまで連絡が来たということは、魔証跡が大きかったことを示す、もしくは数があったと判断される。
ルーマース共和王国でソードとキャスターは、数の比でいえば圧倒的にソードが多い8:2位の割合だろうか。フォース教和国だと、これが逆になる。ソードの特徴は、速い事にあり、キャスターの特徴は、御伽噺のような現象を自然改変によって生み出すことが出来る。
大抵、魔証跡やそれに付随して生み出されたものはソードによって破壊するか、時にソードの物理攻撃が効かない場合、キャスターによって封印、あるいは自然改変により消滅させ沈黙を図る。
フローラ女史や父上母上はソードなので、キャスターが必要になる魔証跡には相性が悪い。まぁ、今回、万全の体制で向かわせることが出来たし、問題ないだろう。
俺は適当に置いてあった本を1冊とり、気恥ずかしさを隠すように顔を隠しながら読む。
手にとってしまった本は「出来る!パンティーの脱がせ方 その9」。
誰だ、こんなの置いた奴は。そんなに俺に脱がせたいのか…。
俺が手に取った本を取り替えようとした時、いつの間にか傍に居たルシオラさんが、他の本を片付けてしまった。
「ルシオラさん…。本を変えたいのだけど?」
「いけません殿下。このような如何わしい本を読むとは教育に差し支えます。」
「いや、これの方が教育に悪いからね!?」
「「「???」」」
3人とも何が悪いのか?と言う様な顔を本気でしている。
「いや…。パンティーの脱がせ方だよ?どう考えたって良くないでしょ。」
「殿下…。こんな「星を落とせたらいいな。不可能な魔法大全」を読まれるより、そちらの方が健全です。」
「そうです、自重とは無縁の殿下ですから、実現されかねません。大人しく猥褻行為で逮捕されて下さい。」
「まだミスラ様に~折られた勲章が~治っていないの~ですから~、体を動かすのは~控えて下さい~。」
俺はどんな扱いなんだ。俺は、抵抗することを諦め、「出来る!パンティーの脱がせ方 その9」を読む振りをすることにした。ふむふむ…。キャスターの力を使えば、狙い撃ちできるのか…。
翌日。
父上が単身魔証跡に挑み、ボッコボッコにやられて帰還したことを聞き鼻で笑ってやった後、フローラ女史の部隊も意気消沈して逃げ帰ってきたことを噂で聞いた。つーか、ルシオラさんが教えてくれた。
あんた、部屋から出てないやん…。
そうは言っても魔証跡である。放置しておけば、少なくとも大きくない被害は確実にでるであろう事から俺はポケットに、いつの間にか入っていた純白のパンティーをセビータさんに投げつけ、母上の下に行くことにした。
殿下、そんなに私と…。と目を潤ませているセビータさん。
いや、貴族の決闘がハンカチを投げるなら男女の夜を共にするのはパンティーでって、そんな事ねーからなっ!?
母上の執務室にノックもせずに無断ではいると、軍務大臣のティータ卿が居た。
一瞬、母上の殺気を感じて、少し、いや大量にちびりそうになったが、このまま図書館に居ると本当の変態王子にされてしまう為、気合を入れて進言することにする。
「うへっへ、ルーマーさまよぅ、お困りなんだろう?おいらが何とかしてやってもいいけどよぅ、わかっているんだろう?」
俺はいつも通りゲスい表情を浮かべながら嘗め回すように母上の体を視感する。
「殿下、そのような言葉遣いをしてはなりませぬ。王妃様に踏み潰されますよ?」
素晴らしいスタイルのティータ卿が諭すように俺に言う。うん、いつ見ても可憐で清楚だ。
「で、何しに来たのです?あなたには図書室に居るように命じたはずですが?」
「母上、その机の上に置いた実剣を鞘から抜くのはお待ち下さい。マジお願いします。」
下手なことを言えば細切れにされるっ。そう感じた俺は、とりあえず、母上を宥め真面目な話をする。
「イエローからレッドに変わります。俺しか対処できません。」
二人は一瞬、息を飲んだ後、観念したようなのか同時にため息をついた。
母上が目でティータ卿に合図する。
「殿下には、ご足労願うことになりますが、午後から声をかける予定でした。来て頂けますか?」
「もちろん。民の為に、よろこんで伺わせて頂きます。」
「オラクル、私も一緒に行きますからね?」
「…。」
自由なんてなかったんや…。