第七章
母上が実質、仕事をしている代わりに主夫となって子守をしていた父上が妹恐王に屈した瞬間を想像してしまったが、俺も自分の身が大事だ。なんとか、この状況を打開しようと周りを確認する。
この部屋に監禁しておくことを言われていた任務に忠実なフローラ女史が、ミスラに向かって俺を助けようと動いた瞬間…、盛大に転んだ…。
「じゃまするものは、みなごろしです~」
空いた掌をくるりと返した妹超絶合気道家が満面の笑顔でAランク剣士を子供扱いする。
フローラ女史は、一瞬何が起こったか分からない様子だったが、空気投げを食らった事に気づき、急いで体勢を立て直し向かってこようとするが、相手が悪かった…。
まるで魔法でも使っているのじゃないかというくらいフローラさんを床にへばりつけ、空気投げを連発する妹魔術士。能力を制限されている俺は、これは本気でかからないと貞操の危機を感じて必死に打開策を導き出していく。誰だっ!こんな極悪なスキルを教えた奴はっ!
「ミース分かった!分かったから!とりあえず、ミースに渡したい物があるから席に着こう!おいしいお菓子もあるかねっ!ねっ!」
物で釣る作戦に出た俺の言葉に、一瞬うーん?という表情を見せる。
「んー…?そんなものより、おにーさまがほしいです~。」
ほんのり顔を赤く染めて、体をくねらせる妹皇女に、若干萌えつつも俺は説得を試みる。
やばい、あと少しで部屋を出てしまう…。
「ほー、そんな事言っていいのかな~?ミース、絶対後で悲しい思いをすると思うぞ?」
とりあえず、疑念を抱かせるように言った言葉に、わずかに反応する。
「ふぇ?うーん、うーん…。」
よし、チャンスだっ!
「父上からも凄いなっ!って言われたんだ。絶対、見るだけでも面白いよっ!」
「やっ!おとうさま、きらい!」
しまったあぁぁぁぁぁ!あんた何やってんだよー!!チョイスは兄上にしておけばよかった!
そういって、俺をぐいぐい引っ張り、丁度部屋から、あと2歩という所で神様が降臨した。
「あなた達、何をしているのです?」
女神や…、女神様や…。いつもは恐ろしい女帝の母上が、そこには居た。
ボロ雑巾のようになった父上を引きずって…。
母上の登場に、その場に居た者達が一斉に俺の後ろに隠れる。
「何をしていると聞いているのです。答えなさいオラクル。」
後ろにいる皆んなをチラ見してみたが、全員視線を合わせようとはしない。
全部、俺かよっ!!
一瞬、ぷるぷる震える妹生徒を見た俺は、ふぅと嘆息した後、当たり障りの無い事を母上に言った。
「可愛いミースに会いたかったので、少し皆に時間を割いて貰って遊んでおりました。決して、父上がヘマをして一国の危機を迎えていたという訳では無いので、安心して下さい。」
一瞬だけ、意識を戻しキラキラした目でこちらを見ていた父上が、絶望の表情を浮かべて死んだ振りを再び開始したことを確認すると、母上が乱暴に父上を一度揺らした。
あ、気づいてたんですね。そうですか…、そうですか…。
「まぁ、大体の事情は把握しています。」
「やっぱ、知ってたんかいっ!」
「あぁん?」
「いえ、シッテタンカイっていう鳥が窓に一瞬…見えたかなって…。」
母上のヘイトが俺にだけ移っていることを確認した周りの連中は、さー、ミスラ様あっちでお茶でもしましょーねー。なんて言って、散り散りになっていく。
俺の補給路が断たれたか…。あわよくば、使おうと思っていたのに…チっ。
「窓は、この部屋にはありませんが。まぁ、いいでしょう。オラクルに直接伝えたいことがあって来ました。そこに座りましょう。」
そう言って父上を引きずったまま、母上が小さな4人掛けテーブルを指す。
俺は、父上にバレないよう、こっそりパンツの尻ポケットに、先ほどセビータさんが持ってきた「出来る!パンティーの脱がせ方 その7」を入れて置く。
うん、何事も備えは大切だ。
チラチラこちらを伺っていた監視部隊のお姉様達が一瞬、あっと小さな声を漏らすが無視。
俺はゲスい商人の態度の様にもみ手しながら母上に確認する。
「だんな、お話と言うのはなんでしょ?うぇへっへ。」
「とりあえず、その気持ち悪い態度は止めなさい。」
「ゴホンっ、ん。それで、母上、お話と言うのはなんでしょうか?」
一瞬どこから話せばいいか思案顔を見せた母上が、これからが良いかという表情で一枚の紙を懐から取り出した。あれ、その服に隠す所なんて、どこに…?
余計な事を考えた俺は、その考えを横において置いて、母上が差し出した紙を見る。
「これは、ここに置いてっと、よいしょっと。どれどれ…。」
「私には何も見えませんが、何を横に置いたのですか?」
分からないことが気になる性格なのか母上が、つっこまないで欲しい部分に横槍を入れる。
「あぁ、これは形式美というものです。暗黙のルールみたいな習慣が昔にあったみたいで、考えを放棄する際に、よく使われていた動作みたいです。ふむふむ、晩餐会の概要ですか…。」
「ふむ、では今度、あなたを鉱山に幽閉したときにでも、それを使うようにしましょう。」
「やめてっ!忘れられたら本当に死んじゃうからっ!餓死しちゃうよっ!」
「…。冗談です。よ?」
少し空いた間がとても怖かったが、こうした母上とのやり取りも恒例の事なので無視して資料を見る。
「ふむ…。70名近い方が参加し、同行者がそれに伴って参加してくるのですか…。やはり、私の命名に関係した晩餐会なのですか?」
「自分の事にあまり関心がないと思っていましたが、どうせセビータ当りに注意でもされたのでしょう。そうです。あなたの今後を決める大切なパーティです。」
背後で、カタカタ食器の揺れる音が大きくなった気配を感じたが無視する事にする。
かなり速いセビータさんでも、やはり母上は怖いのだろうか…?つーか、どんだけ速いんだよ母上…。
「ふむ…。ちなみに、私はどちらの名前を引き継ぐのです?」
「?? どちら?」
一瞬、何を言っているのだ?この息子は。という表情を浮かべた母上は、父上を揺り動かし説明を求めるしぐさをした。あ、父上寝たふりバレてますよ。無駄です。
さも、元からいましたよ感を出しながら母上の隣の席に着いた父上は、母上と手をつないだ後、こう言った。
「オラクルよ。お主は私達の名前は告げないんじゃ。」
ん?あぁ。そういうことか…。まぁ、次男だしな。
概ね理由はわかっているが、一応聞いておこう。
「と、いいますと?」
「うむ…。」
言い淀んでいる父上に、ほら、早く言いなさい。といった攻撃を母上が机の下で戦いという名の一方的な虐殺を繰り広げている。あ、父上の足の甲から人に必要な液体が…。
「実はの、お主はわし等の子では無いのじゃ。」
「あ、あぁ、ええぇ。知っております。第2王妃様の、ですよね?」
「うむ、そうなのじゃが。わしとも血が繋がっておらん。」
「は?」
訳が分からない事を言われた俺は、背後で、やった!やりましたわ!かみっさまっ!ありがとう!!
という発言も耳に入らず、反射的に理由を即した。
「で、では、一体、俺は…?」
「あなたの"母親"である私から説明しましょう。」
母親を、とても強調して発言する母上を見た俺は、続きを黙って待つことにした。
「あなたの産みの親、仮にAさんとしましょう。」
Aさんって…。第2王妃様じゃねーのかよ…。
「Aは私と大変仲がよく、どちらに子供が出来ても私達の子供よねっ!ついでに男も!キャピッ☆というような、ぶっとんだ女でしたが、大変明るく、聡明、そしてとても優しい、まさしく聖女のような存在でした。つーか、聖女です。」
いや…、男も!っていう奴が聖女なわけねーだろ…。
「それが、たまたま通りかかった、どの神の分身体かも判らないアバターと恋に落ちてしまい妊娠が発覚。国のとある事情により、本当のことを言えない彼女は、この国にピクニック気分で亡命してきました。」
「ちょっとまて!ツッコむ所満載だけど、それ、フォース教和国に居たNo2じゃねーか!?」
「「違いうぞ(ます)」」
いや、二人揃って目を逸らしながら言わなくても…。
脊髄反射ばりに口から出てしまった言葉に、反応した二人。先程、重大発言した事は、さも大したことが無い体で話を続けてくる、
「で、色々あって、あなたが生まれて、めでたく今の状況と…。」
「端折った大部分が気になるが、マジか…。」
「嘘です。」
「嘘かよっ!!いや、色々こっそり調べたけど、今の話、かなり現実味あるからね!?」
「嘘です。(スッ)」
2度目の発言の時、母上はどこから取り出したのか、特別仕様のソード専用装備である銀色の何かをちらつかせてきた。それ、国宝級の…ゴクリ。
「嘘でしたか、ハハハ…。」
カチャ…。スッ…。
母上は、小さな子供など一瞬で切り刻めそうな物体を無言でしまう。
もう、何も言うまい…。
「なので、あなたには正式な式典以後、オラクル・A・フォースを名乗って貰います。」
「「「「本当の話じゃねーかっ!!」」」」
「後で、個人的にも話しておきたい事がいくつかあります。図書室から私達の私室までのルートは自由に行動して良いように許可しておきますから、その手首の骨折が治った頃で構いませんので、必ず来るように。」
そう言って、母上と父上は席を立つと、優しく俺をギュッとして戻っていった。
あ、二人で手は繋いだままなんですか。
部屋に居る文官含め、聞かない振りをしていた者達まで一斉にツッコミをいれる事態に陥ったこの暴露話は、下手をすると、二つ国を跨いだフォース教和国に遺憾の意を表明させる事態にまで勃発しそうになったが、簡単には、そんな展開にはならなかった…。
オラクルの時元転移まで、あと1ヶ月。