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黒髪少女と旅に出る  作者: スコティッシュ
一、物語の始まり
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2 まっくろクロ

 日もとっぷりと暮れ、明かりのついた医務室でティナとレインはお互いの頭を突き合わせて悩んでいた。勿論、目の前のベッドで眠っている少女について、である。


 昼間、レインがひとっ飛びして医者を連れてきたおかげで、少女の怪我も早く治療が出来た。幸いにも、見た目の割に怪我は軽く、右足の骨が折れている以外はたちまち治ってしまった。意識はまだ戻らないが、ゆっくりと眠れば明日にでも目を覚ますだろう、と医者は言い残し去っていった。

 だが、問題はそこではない。


「ねえレイン、今までに髪が真っ黒な人間族に会った事、ある?」


「ないな。少なくとも、この大陸では見つからないと思う。黒味がかった奴や、儀式で染める奴はいるが、ここまで綺麗な黒は初めて見た」


「じゃあ、魔力をちっとも持っていない種族っていたかしら」


「ないだろ。『魔力がない=生命維持が出来ない』だからな。魔力が少な過ぎて魔法が使えない種族ならいくつかあるが、元からないなんてあり得ない」


 二人揃って、唸りをあげて黙りこんでしまった。


 少女は、とても奇妙な点があるからだ。

 一つは、髪や睫毛が全て黒色をしていること。これが生来の物だとすると、この大陸初の発見になる位の驚きである。

 二つ目は、これっぽっちの魔力も感じられないこと。草や石、風や火、その辺の埃にも魔力は存在しているというのが常識だ。魔力をもたないままで存在するというのは、二人の目にはとても異質に映る。

 他にも、身寄りはいるのか、どうして空から転落したのか、聞きたい事は山のようにある。だが、本人の目が覚めないのでは聞きようがない事だ。


 ティナはほうっと溜め息をつき、小さな椅子から立ち上がった。

 閑古鳥と大親友だったギルドが、急に慌ただしくなってしまった。ギルドを畳む話も先延ばしになるだろう。忙しさという物に不慣れ過ぎて、頭が疲れてしまう。


「とにかく、今夜は交代交代で看病しましょ。私、食料を買いに行ってくるから、少しの間お願いね」


「ああ、頼む」


 ベッドの傍の椅子に腰かけ直し、レインは改めて少女の顔を覗き込んだ。

 少女はただ、規則正しい寝息をたてて眠るばかりである。明かりの下でも、伏せた瞳を縁取る睫毛は、純粋な黒色だ。

 レインは、広い額に皺を寄せて考え込んでいる。自身の青い髪が、ちらりと目元に落ちる。


「…何か、ひっかかるんだよな」


 怪我をした少女を手当てした。

 それだけでは、済まない様な予感がする。自分達はもしかしたら、そんな言葉では言い表せない不思議な現象に出会ったのではないだろうか。

 とにかく、夜明けを待つとしよう。


       *


 その瞼が開いたのは、翌朝、小鳥達のさえずりが聞こえ始める頃。

 隣に侍っていたティナがいち早く気付き、急いでレインを呼び付けた。

 二人揃って少女に注意を注ぐ。


 少女は、まだ意識がはっきりしないのか、眼窩の中で瞳だけをぐるりと動かし、辺りの景色を眺めている様だ。まだ声も上げず、どことなく不安になる。

 その瞳さえも深い黒色である事に気付いた時、ティナとレインは、チリッとした緊張を覚えた。いよいよ少女が、得体の知れない何かに思えてくる。同時に、二人の頭の奥深くで、こんなものを一度見た事がある、と古い記憶が訴えた。


 ようやく少女が二人に気付き、しげしげと様子を窺い始めた。

 ティナは、出来るだけ安心させられる様にと、優しい声色で話しかけた。


「おはよう。身体の調子はどう? あ、右足は折れてるから動かさない様にね」


 少女は腕を持ち上げ、ぐーぱーぐーぱーと動かす。左足で右足の治療痕も確認。

 問題は無い、とでも言いたげに頷くと、ようやく口を開いた。


「あなた達は誰? 医者にしては、派手な髪の色」


 その声を聞き、二人は少し緊張の度合いを下げた。

 目の前にいるのが、敵意など無い、ただの少女だという事を意識を持つ事が出来たからだ。

 もしかしたら、犯罪者か、呪術で生み出された使い魔、はたまた新しい種族の発生かと思っていたが、その線は薄そうである。


「私達は医者じゃないの。ここはギルド。あなたが怪我をして運び込まれてきたから、看病していたのよ」


「一体、何があったんだ。空から降ってくるなんてよ…『(ウイング)』の練習でもしてたのか?」


 少女は、目をぱちくりぱちくり瞬かせながら、首を傾げた。

 そして、二人の言葉が頭に届き、言葉を何度も反芻して、やっと理解したという風に顔を元の位置に戻した。そして、二人の予想しえない返答を返した。


「覚えてない」


「は?」


「あなた達は…私と会ったのが初めてなの? 前から知ってる人なの? 分からない」


 言っている本人も、喋れば喋る程、表情は困惑の色が濃くなっていく。

 だが、それ以上に二人は、困惑に加えて焦りを募らせていった。心臓が早鐘を打ち鳴らす。

 やばい、やばい、やばい。

 少女が実は犯罪者でした、の方がまだマシかもしれない。


「記憶喪失ぅううう!?」


 レインとティナの、ピッタリと呼吸の合った叫びが、ギルドの建物を突き抜けて村じゅうにこだました。

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