1 始まりの始まり
魔導師ギルド。
科学ではなく魔法が発達、普及したこの世界において、ギルドという存在は一般的。
国の中央の大都会にも、辺境の小さな集落にも、大小の差はあれ魔導師ギルドが設置されている。
その役割もまた多岐にわたり、お悩み相談や雑用から、町を襲う魔物の退治までこなす。
まあ、ここまでは誰もが知っていて当然。常識と言っても過言はない。
そして、これはあまり知られていないことだが、魔導師ギルドの役割はもう一つ存在する。
別に隠蔽されているのではなく、単純にその回数が少ないから一般に浸透していないだけなのだが。その役割が機能するのは、大体500年に一度起こるか否か。
その役割とは「異世界からのオトシモノの保護」である。
*
国の辺境もいいところ、国の中央へは列車を使って約10時間、ワイバーンを使って一晩かかるかどうか。そんな所に位置する村の魔導師ギルド。
受付嬢が一人、ギルドメンバーが一人しかいない寂れ切ったギルド。
「ねえレイン、私考えてる事があるのだけど…」
受付カウンターにもたれ掛りながら、受付嬢が切りだす。
柔らかい金髪を揺らし、豊満な胸を制服で押し込めている。目はぱっちりとした愛嬌のある顔立ちだが、今は視線は床に落ち、本来の活発さが感じられない。
「奇遇だなティナ、俺も多分同じ事考えてるぜ」
ギルドにあるただ一つのテーブルで酒を煽りながら、メンバーが言葉を返す。
ギルドの制服とキャスケットを目深にかぶった青年。ただその身体はとても小柄で、ティナの胸元が丁度彼の目線に当たる。クールな目元をしているレインは、精霊族の出身だ。
二人の声が、一度に揃う。
『このギルド、畳もうか』
一応二人でギルドの形を保ってはいるが、依頼も乏しく稼ぎも無い。二人は村で農作業手伝いで生計を立てているが、ギルドさえなければ二人はこの町に縛られる理由など無いのである。
国の中心に近い都会に出れば、若い二人にはジャンジャン仕事が舞い込んでくるだろう。
悲しいかな、辺境の村が過疎になるのは、現代日本でもこの世界でも同じなのである。
「大体この村、ギルドが必要なほど強い魔物に襲われたためしがねぇし」
「ちょっとの困りごと位、村のコミュニティーが解決しちゃって私達の出る幕ないものね」
「となれば、早速」
「こんなギルド引きはらって、まずは列車の切符でもとりましょうか」
その瞬間、ギルドの扉が勢いよく開け放たれた。
強い光と共に駆けこんできたのは、村の若い男衆4人と、村の救護用担架に乗せられた若い少女。
ドタバタドタンと床に担架を下ろすと、非常に慌てふためいた様子の担ぎ手の青年たちが、口々に状況を説明しだす。
「のっ、のの農作業してたんだ俺達、畑で! 種まきの時期なんだよな! 美味い麦は今撒くんだよ!」
「そっ、そそそしたら急に空がカッと眩しくなって、ピカーッてなって、次の瞬間ドカンッて!」
「いっ、いいやヒュー…ドンッって感じだっただろ! 土がバーッて巻き上がってブワッだった!」
「うるせぇお前ら! 肝心のコイツについて説明しろ!」
担架の上の少女は、意識を失っている。
きている衣服も破れ、ギリギリ女性として大事な所が隠れる程度。更に土を被っている所為で、怪我をした個所が分かりにくい。出血が無いのが奇跡的過ぎる。
どう見ても、緊急で医者に運ぶべき患者だ。
レインの怒声で我に返ったのか、青年達の声がぴたりと止む。
そして、ようやく彼等の口から重要な情報が飛びだした。
「俺等の知らない他所者だ…顔も見た事ない。コイツ、空から降ってきたんだ!」
「医者の婆さんとこ行ったんだけどよ、薬草とりに森行ったとかで留守なんだ!」
「助けてやってくれよぉ!」
今にも泣き出しそうな情けない顔で、青年達が懇願する。
医者がいないのなら、応急処置をここでするしかない。幸い、しょぼいギルドとは言え、最低限の道具が揃った医務室は備え付けられている。
そうと決まれば、うかうかしていられない。場合によっては一刻を争う事態だ。
「お前ら、コイツを医務室へ運べ! ティナ、治癒魔法で手当てしてやれ」
「レイン、どこへ行くの?」
「医者の婆さん森からとっ捕まえてくる、後頼んだ」
キャスケットを被りなおし、勢いよく駆けだしていくレイン。
外へ飛び出すなり、レインの背中に黄色い輝きを持つ翼が現れ、力強い羽ばたきと共に森の方角へ飛び去っていった。小さな体は直ぐに視界から消えた。
簡単な魔法『翼』と『探索』を使用している。まあ、使えないのでは魔導師になれない超初級の魔法だ。魔導学校に行けばどんな子供でもビュンビュン空を飛んでいるだろう。
ただ、この村にそんな芸達者な若者はいない。青年達が見惚れたように、レインの居た場所を食い入る様に見つめている。
パンッと手を打つ音。ティナがキリッとした声色で指示を出す。
「さっ、医務室へ。早く!」