第98話 セラエノ読破
カカシは身体が朽ちて動けなくなり感覚も失った。
暗闇と静寂の中で意識だけははっきりとしていて、彼を恐怖させた。
“このまま身体が朽ちて意識だけが残るのだとしたら、これほどの苦痛は無いな。
何もすることができない。いっそ意識も消えてくれればいいのだが”
何もしていないときこそ、体感時間は長くなる。
数時間、数日間、数年間も意識だけの存在でいたのではないかと錯覚してしまう。
しかし、彼は少しづつ身体が動けるようになっていることに気がついた。
ぼんやりとだが、周囲の音も聞こえるし物もだんだんと見えてくる。
何かが彼の近くにいる。
カカシは身体の機能を取り戻し立ち上がった。
「これは!?」
顔を構成する布、青い服に帽子、緑の眼鏡はもちろんのこと、身体につまったワラも新品同様でカサカサと良い音をたてる。
「ワンダフル! まるで生まれ変わったようだ。しかし、これはどういうことなんだ?」
見えるようになった目でよく見てみれば、円錐の司書たちが彼の周りで蠢いていた。
カカシは彼らが図書館の蔵書を修理していたことを思い出した。
「君たちが直してくれたのか? ありがとう」
円錐の司書たちは相変わらず返事をすることもなく、次の仕事のとりかかるためにカカシを無視して散っていった。
カカシはここにいれば朽ち果てる心配はないと確信した。
時間はある。彼はセラエノから脱出しオズの国に帰る方法を探るため、あらゆる蔵書に手をつけた。
書物にはあらゆることが書かれていたが、魔法道具を作ろうにも材料は無く魔法を使おうにもカカシにはその才能が無かった。
カカシは、円錐生物たちが物を修理する材料をどこかにしまっているのではと考えた。
「何があるかは知らないが、ありあわせの物で役立つものが作れるかもしれない」
館内を探索したり生物たちを何日もかけて監視したが魔法道具を作るために必要な物資は発見できなかった。
円錐動物は魔法で蔵書の修復を行っているらしかった。
カカシはセラエノの書を次々と読み進めた。
「知識をたくわえるのは良いことだが、活用する場が無いのは残念だ。
……しかし、かなりの時間がまた経ったようだ。身体の動きが鈍いし、文字もよく見えない」
身体が朽ちても円錐の生物たちが直す。カカシは長い年月をかけてそれを何度も繰り返した。
人間の僅かな寿命ではセラエノ図書館を読破することは不可能である。かのラバン・シュリュズベリイもここからは一部の知識しか持ち出せなかった。
ある日、カカシはとうとうセラエノあらゆる書物を読み終えた。最後の書物に手をかけた。
「……あ、これは!!」
懐かしい書であった。エメラルドシティの宝物。全ての始まり『苦通我経』である。
「なんでこれがここに?」
因縁の書である。カカシは何が書いてあるのかと広げてみたが、これはセラエノ唯一の経文である。
ケルト、エジプト、ギリシャの神語学は役に立たない。内容を探るヒントとなる挿絵も図解も無く解読は不可能であった。
「たしか火水風土の全四巻だったな。一巻きしかないし、どの書なんだろう? 他の書は無いのだろうか。
うーん、北の魔女か三蔵法師がいれば内容がわかるというのに」
カカシは読める書物は全て制覇した。もう一周してもいいが、他にやるべきこともあった。
「せっかく弓矢があるのだから練習しよう。この宇宙は危険に満ちているのだし戦う術は知っていたほうが良い」
ここで彼は自分が面倒な事態に巻き込まれたことを知る。
カカシはセラエノ図書館に篭って書物と向き合っている間、一度も建物の外に出たことが無い。
弓矢の練習をするために外に一歩踏み出した途端、円錐の司書たちが彼を取り囲み建物の中に連れ戻してしまった。
「うわーわ!、何をするんだ!? ハッ!」
尻餅をつきながら全てを悟った。
円錐の司書の使命はセラエノの維持管理である。蔵書の紛失、または持ち出しがあればそれを阻止する。
今まで朽ちたカカシ修復していたことは親切心からではない。セラエノの財産を維持するためである。
カカシは自分が知らぬ間に、セラエノ図書館の蔵書にされていたのである。
「僕は案山子であって本ではない。どうしてそんな扱いになってしまったんだ。
……まず、本とは何なのか。記録を留めることができるなら石でも紙でもかまわないのか。もちろん案山子でも。
ここの書物を読んで記憶していくうちに、司書たちは僕を蔵書と認識してしまった。
だから朽ちた僕を元通りにしたのだ。
ここから出るためには……」
カカシは弓に矢をつがえ円錐の司書に狙いを定めた。が、すぐに思い直して矢を下ろす。
「いや、図書館から出られても、この星からは脱出できない。
ここで彼らを殺してしまうと僕を直してくれる者はいなくなる。
……なによりドロシーはこういうことを嫌がるだろうな」
セラエノ図書館は広大で弓矢の練習ができる回廊や図書室には事欠かない。
カカシは脱出の機会を待ちながら弓矢の鍛錬に勤しむのであった。