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第95話 車持皇子の攻撃 後編

 戌は犬ぞりの背後につき、そりに乗った仲間に指示を出す。

「羅刹天をそりに乗せてくれ。このままでは戦えない!」


「わかりました」

 そり番の犬は歯をたてないように羅刹天の腕をくわえてそりに乗せる。


 戌は反転し戦車隊を迎え撃つ。

戦車(クアドリガ)からレン人が矢を放ち、また別の戦車(クアドリガ)からはがマスケット銃を撃つ。


 それらの飛び道具をじぐさぐ走行で避けて距離を詰める。喰屍鬼が銃を撃って作ったすきを逃さず、飛び上がって御者の喉を噛み千切る。

御者を失った戦車(クアドリガ)は暴走。喰屍鬼どもを振り落とし戦線から退場する。


 喰屍鬼の失敗から、レン人は矢をつがえるも放たない。戌が跳躍する寸前まで引き付ける。


 戌は再び跳び、レン人の戦車(クアドリガ)へと襲い掛かる。


 レン人の射手たちは正確に狙いを定めて矢を放つ。姿勢制御の利かない空中で至近距離。

矢は真っ直ぐに戌の目鼻口耳めがけて進む。


 戌は身体に巻かれた白布を口にくわえて瞬時にほどく。それと同時に矢の雨をはたき落とす。

レンの射手たちが見た最後の文字。彼らには読めない漢字三文字『日本一』

 直後、彼らは白布に殴打され地面に叩きつけられた。

 

 その白布、薄汚れてしまっているが、日本を旅立って以来肌身離さず手にしていた旗である。

アザトース謁見時に旗竿は折れてしまったが、戌は旗手として旗を守り、旗に守られていた。


 



  

 盗賊傭兵の戦車隊が犬ぞりの背後をつく。

「追いつかれる!」

 羅刹天が悲痛な叫びをあげる。


 そり番はそりを引く十二頭の犬に指示を出す。

十二頭は速度を上げる。が、追撃者は速度を上げても問題ない兵器を用意していた。


 一台の戦車(クアドリガ)が他の戦車(クアドリガ)隊を押しのけて先頭を走る。

御者の他に乗り手はムーンビーストが一人。目を引くのは黒い螺旋の機械。側面にハンドルがついている。


 ムーンビーストは勝利を確信していた。

「がはははは!! これぞニャルラトテップ様より賜わりしガトリングガン!!

 その火力、マスケットの比ではないわ。今日こそ貴様らの城を粉微塵にしてくれる!!」

 ハンドルを回せば砲身が回転を始める。そこから噴火のごとく連射される弾丸にかかっては木造のそりなど一瞬で原型とどめず消え失せる。


 魔犬たちは幸運だったと言える。何故なら沙悟浄と行動を共にしていたからである。

ガトリングガンと犬ぞりの間に割って入る捲簾大将(けんれんたいしょう)


 ガトリングが轟きあげて銃弾を(ひょう)(みぞれ)の如く炸裂させる。

対する沙悟浄の降魔宝杖を車輪の如く回転させる。その速度、ガトリングの回転を上回る。

弾丸は全て弾かれあらぬ方へと弾き飛ぶ。


 ムーンビーストは絶叫しクランクの回転速度を上げる。が、ただただ体力と弾薬を削るだけ。


 一方、沙悟浄。ガトリングという武器を初めて目にするが、その性能を見切った。

回転させる宝杖の角度をずらす。兆弾した弾丸は、別の戦車(クアドリガ)の御者や傭兵たちを撃ち殺していく。


 これに気付いてムーンビーストは慌ててクランクを回す手を止める。そして致命的なすきをうむ。

銃撃を止めたと同時に、悟浄の突き攻撃、宝杖の三日月刃がムーンビーストの頭をそぎ落とし、さらにぶん回しての叩き付けでガトリングガンをばらばらにしてしまった。






 時間が経つにつれてダイラス=リーン戦車隊の被害は深刻なものとなっていた。

いたずらに戦車(クアドリガ)の残骸と死傷者の数を重ねるばかりであった。


 戌、猪八戒、沙悟浄らが鬼堕天殺しの才を遺憾なく発揮した結果である。


 牛車から車持皇子(くらもちのみこ)が残存部隊に向かって叫ぶ。

「えぇい、何をしている。普段からでかい口を叩くくせに、この有様はなんだ!?

 恥を知るなら奴らを殺せ! 羅刹天を取り戻せ!」


 そして戦車(クアドリガ)二台にまたがる巨人ユープを見上げて怒鳴りつける。

「貴様ッ、恩赦が欲しくないのか!?

 麻呂の羊を食いやがって。その罪を帳消しにしてやろうと言ってるんだ。

 ほら見ろ、豚がいるぞ。さっさと仕事しろ!」


 ユープは口に並んだ牙を打ち鳴らし威嚇する。

「うるせぇ、チビがごちゃごちゃと。テメエから先に食っちまうぞ」


 皇子は動じることなく巨人を叱咤する。

「口答えするな、麻呂が死んでもダイラス=リーンの法は死なん。

 後任が地の果てまで追い詰めて、貴様を地下牢に永久に閉じ込めてやる。

 だが、奴らを殺せたら麻呂の奴隷をくれてやる。

 好きなだけ食らうがいい!」


 ユープは舌打ちすると、跨った二台の戦車(クアドリガ)八頭の縞馬に鞭を打つ。

「縞馬ども、奴らに追いつけ! 追いつけなければ貴様らを串に刺して焼いて食ってやるぞ!」


 縞馬たち、捕食の恐怖に死に物狂いで駆けて犬ぞりを追撃する。


 相対して立ち向かうは戌が率いる魔犬の軍団。

「両側面から挟みこめ!」


 魔犬の群れがユープの戦車(クアドリガ)を挟撃する。


 ユープはしゃがみ込み、長い両腕を振り回して獲物を捕まえる。まさに両手に犬。

すかさず二匹同時に口に放り込む。口をしっかり閉じ魔犬二匹を噛み砕き血一滴こぼさず綺麗にたいあげる。

「ぐへへへ、肉の脂がたまらねぇ。人間や牛豚ほどじゃあねえが悪くはねえぜ」


 仲間を二人失い。戌たちは弔い合戦と言わんばかりに吠え立てる。


 後方からユープを追う車持皇子が牛車から嘲る。

「所詮は恥知らずの畜生どもよ。麻呂の家来どもを散々に食い殺しておいて、いざ自分の仲間となると血相を変える。

 ほらほら他の者もユープに続け! 敵を滅ぼし手柄をたてよ!」


 勢いづいて、他の戦車(クアドリガ)も手柄を立てんと突撃する。

やや距離をおいて別の敵と戦っていた沙悟浄たちも、士気の上がるダイラス=リーンの軍勢に焦りを覚える。

「八戒、あの巨人は厄介よ! 戌たちが危ない! 巨獣に変身して防いで!」


 馬鍬で縞馬の頭を砕きながら、この阿呆はふてくされる。

「今、お腹すいてるから無理。巨獣になったら確実に餓死るから嫌です」

「ちょっと! ダイラス=リーンを迂回したことを根に持ってるの?

 この状況じゃどの道、街に着く前に戦闘なってたわよ」

「そりゃあなた結果論ですよ。けどまぁ、怪獣にならなくても足止めする方法は思いつたかも」


 そして仙雲を飛ばして犬ぞりの後方につく。 


「魔犬たち、ちょっと足下悪くなるけど我慢してね!」

 と、叫ぶや否や草原に激突。同時に三十六変化の術を用いて茶色い岩場に化ける。 


 不運にも岩場八戒に乗ってしまった戦車(クアドリガ)は、ごつごつとした岩に車輪をとられ次々と転倒大破していった。

力自慢の縞馬はなんとか転ばずに戦車を引っ張ったが、戦車はがたがた揺れて乗っていた傭兵たちは脳を揺さぶられた。


 魔犬たちは草原が岩場になったが、元より身軽なので問題なく駆け抜ける。


 ユープの戦車(クアドリガ)は岩場で大破してしまった。

「けっ、しゃらくせえな」

 ユープは左手で怪我した縞馬を握り、口に運んでかじる。


 一方、右手は岩場に置く。すなわち猪八戒に触れた。

するとたちまち八戒の変化の術はとけて岩場は消えうせて、つまみ上げられてしまった。


 左足を握られて宙吊りにされてしまった猪八戒。

「あれー、私の三十六変化がなんで!?」


 ユープは口から涎をたらしてニタニタ笑う。

「ぐへへへ、俺の嫁は変身魔法の達人でな。

 おかげで変身を解く(すべ)を学んだというわけさ。

 それにして美味そうな豚を手に入れたわい。どれ味見といくか」

 長い舌で猪八戒の顔面を舐めあげる。


「ひえっ、気持ち悪い!

 このスケベ野郎、思い知れ!」

 八戒、馬鍬をやたらめったらに振り回し、ユープの臼ほどはある歯に力任せに叩きつける。


 その衝撃がユープの頭蓋をゆさぶる。

が、それぐらいでは貴重な豚肉を手放さない。右手に次いで左手を繰り出して、両手でもって豚肉を押さえつける。

「久々に手に入れた豚肉。俺はもうお前を食うと決めたのだ」


「そうはさせるか、仲間の仇!」

 ここでユープの足下に魔犬たちが群がって、次から次へ牙を突き立てて、ピンクのブーツに歯形をつけていく。


 ユープは足踏みして犬たちを追い払おうとするが、戌が飛び上がって耳まで裂けた口で巨人の股間に喰らいつく。


「おうふっ!」

 確かな手応え。しかし、この暴食の巨人はまだ猪八戒を諦めず拘束を解かない。


「いい加減にしろ!」

 仙雲に乗り突撃する沙悟浄。宝杖をぶん回し、ユープの鼻先に叩きつける。

次から次へと繰り出される集団による暴力についにユープは屈した。短い悲鳴をあげて猪八戒を手放した。


 九歯馬鍬を握る手に力が入る。

「よくもやってくれたな。お返し!」


 ユープの胸板めがけて馬鍬の一撃。既に魔犬の群れとそれを統べる戌、そして沙悟浄の攻撃によりダメージは蓄積していた。

八戒怒りの一撃がとどめとなって六メートルの巨体を吹き飛ばす。


「わっ、こっちに来るんじゃない!!」

 車持皇子(くらもちのみこ)は悲鳴をあげて牛車から転がり落ちる。同時にユープの巨体が落下し玄武岩の牛もろとも押し潰してしまった。


 一台の戦車(クアドリガ)がダイラス=リーンが救助に駆けつける。

「知事、お怪我はありませんか!?」

 ダイラス=リーン兵が皇子の無事を確認する。


「麻呂は大丈夫だ! そんなことよりも奴らを捕らえよ!」

「知事、無念ながらここまでです。既に戦車を六割以上の損害、無傷の者はおりません。

 撤退しなければ全滅です」


「なんだとっ! 宝は焼かれ奴隷は奪われ、これではニャルラトテップ様に申し訳が立たない」

 そして、気絶したユープの脛を蹴り飛ばす。

「畜生! おまけにこの木偶の坊は麻呂の牛まで殺しやがった。

 許しておけぬ。洞窟に永遠に閉じ込めてやる!」

 わめているうちにも魔犬たちが迫っている。


 兵士は皇子を無理矢理に戦車(クアドリガ)に乗せて撤退を始めた。

「ば、馬鹿! 戦いはまだ終わっていない! 逃げることなど許さんぞ! 引き返して戦えー!!!

 このままでは全員ニャルラトテップ様に殺されるぞ!」


 しかし、兵士たちは今いないニャルラトテップよりも目の前の魔犬のほうが恐ろしい。

最早ダイラス=リーン連合軍は戦意喪失しており各々の判断で逃げ出していた。


 猪八戒たちは無理な追撃はせず、当初の予定通り南に進んだ。

戌と羅刹天の活躍によりダイラス=リーンは大きな被害を受けていた。軍を再編する余裕がないと踏んだためである。

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