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第90話 雨の精の恩返し

 猪八戒たちがセレファイスから月に行き、そして戻ってくる間に地上では一夜明けていた。


 セレファイス郊外のセレファイス軍野営地、王族専用の医療テントの中、クラネス王はようやく意識が戻りベッドから跳ね起きた。

「戦局はどうなっている!? 私のセラニアン城はどうなった!!?」


 そばにいた主治医は立場上答えるわけもいかず、ただおろおろするばかり。クラネス王はすぐに察して、医療テントから飛び出した。


 すると将軍や軍師が朝焼けの空を見上げている。


「えぇい、軍の上に立つ者たちが、ぼんやり朝焼けを眺めているとは何事だ!

 セラニアンを取り戻す策はあるか!?」


 将軍はクラネス王に気付く。

「へ、陛下。まだお休みなっていなければなりません」


 軍師も視線を泳がせながらクラネス王に近寄る。

「そ、そうですよ。後のことは我々にお任せてください」

「馬鹿者! 王たる者、この非常時に勝算もなく寝ていられるか。

 ……お前たち、何か私に隠し事をしているな?」


 将軍の声が裏返った。

「まさか、陛下に対する我らの忠誠心の厚さはよくご存知のはず」


 軍師の顔は汗まみれだった。

「そうですとも。陛下に隠し事など……、ははっ、心外でございます」


「うるさい、どけ!」

 クラネス王は臣下の者たちを押しのけて前へ出る。そして空を見上げて異変に気付いてしまった。


 彼の自慢のセラニアン城がそこにあった。

しかし外壁はぼろぼろに崩れ、すすやらで黒く汚れ、美しさとは無縁の打ち捨てられた廃墟の如く。


 セラニアン城は天空に留まらず、瓦礫を撒き散らしながら地上に向かって落下している。


 その墜落すると思われる地点に目をやる。彼が誇る美しき国セレファイスがそこにあった。


「ああああ!!!! 私の城が! 私の国があああああ!!!」

 クラネス王は名状し難い絶叫をあげると、再び仰向けに倒れて意識を失った。


 将軍は首を横にふって叫んだ。

「医者は早く!」






 セラニアン城はセレファイスへむけて加速する。


 外壁にへばりつく沙悟浄は恨み事をつらつらと語る。

「そもそもなんでこんなことになったか考えてみる必要がある。

 これはルルイエとセレファイスの戦争だから放っておけば良かった」


 同じく外壁にへばりつく猪八戒は目を閉じたまま答える。

「そしたら戦火は月に飛び火した。月は私の第二の故郷。悔いは無い」

「まだあるわ。このままじゃ私たちは地面に叩きつけられて死んでしまう。

 お師匠様は無事だというのに参上することができない。

 弟子としてこんな不甲斐ないことがあるものか」

「お師匠様の代わりというわけじゃないけど。菩薩様に会えたじゃない」


 沙悟浄は涙を流す。

「なにが菩薩様よ! ルルイエのせいで頭がおかしくなっていた。あの菩薩様が!

 私は絶対にクトゥルフを許さない。でも奴に報いを受けさせることができないと思うと死んでも死に切れない!」


「もう泣くなって。泣いたってどうにもならないよ。

 私たちのおかげで月が救われたのならお師匠様も喜んでくれるでしょうよ」

 八戒は目を開いた。

「見なよ。赤い朝焼けに包まれた景色を。とても美しいとは思わない?

 こういう景色を見ながら死ねるのもなかなか風情があっていいんじゃない」


 悟浄は涙声で言い放つ。

「思わない!」

 それとほぼ同時にどこからともなく現われた灰色の雲があたりを包み込み、赤い太陽を覆い隠してしまった。


 八戒は唖然とし文句をたれた。

「あーあー。悟浄、あんたがいつまでもめそめそ湿っぽいから空まで曇りだした。

 せっかくの景色が台無しじゃない!」






 セラニアン城が落ちれば、セレファイスは滅びクラネスの夢も終わる。


 強い湿気、太陽を飲み込み広がった灰色の雲が雨粒を撒き散らしセラニアンを包み込む。


 すると天空城は落下の速度をゆるめ、波間に浮かぶ小舟のようにゆらゆら揺れる。


 城は落ちるどころか雨雲に押し上げられて、おさまるべきセレファイスの空に静止する。何事も無かったかのように。


 城壁にできた汚れと傷だけが、戦いが事実であったことを物語っていた。






 猪八戒と沙悟浄、そしてケアンテリアのトトがセラニアンバルコニーに出る。


「さて沙悟浄くん、これが奇跡というものだよ。

 最後まで諦めなければ奇跡は必ず起きる。めそめそしても良いことはないのだよ」


 この無責任な豚の言動に悟浄は怒りを覚えた。

「さっきまで死ぬと思い込んでたくせに。いい加減なことを言わないで!」

「まぁまぁそう怒んないでよ。結果的に助かったんだからいいじゃない。

 どうしてこのような素晴らしい奇跡が起きたのか考えてみるほうが、幾分建設的ではなくて?」


「んー、そう簡単に奇跡は起こらない。

 でもあなたたちは良いことをした。だから助かったんだよ」

 空から声がする。


 見上げると、雨雲の中から二人の仙女が舞い降りてきた。 


 猪八戒は叫ぶ。

「黒衣仙女とポリーちゃん!」


 七仙女の一人黒衣仙女と虹の娘ポリクロームがバルコニーに立つ。


「二人がルルイエに立ち向かったおかげで、私はお父様のところに帰れたのよ。

 あなたたちの助けがなければ先には進めなかった。

 ありがとう。お父様もとても喜んでくれたわ。

 そのお礼にお父様は雨雲を操ってセラニアン城の落下を防いでくれたのよ」


 厚く礼を述べるポリクロームに猪八戒はいい気分。

「それはそれは。

 ね、悟浄、お師匠様は常々、人を助けることは良いこととおっしゃっている。

 私の判断は間違っていなかった」


 黒衣仙女は言う。

「それでね。雨の精から言伝を預かってるよ」


「言伝……、このすぐ真上にいるでしょうに。

 娘の命の恩人なんだし。直接来てくれてもいいでしょう?」

 この豚はついさっき転落死を防いでくれたことを忘れて不平を言う。


「うん、今も真上からこっちの様子を見てる。

 雨の精とその家族は簡単に誰かに会わない」


 黒衣仙女の言葉に猪八戒は思い当たることがあった。

「あぁ、たしか警戒心が強いんだっけ?」 

「あらら、物知り。

 じゃあ伝言ね。

 “勇敢な豚と赤毛の黒い神よ。戦場の中、よく娘のポリクロームを天まで届けてくれた。

  感謝してもしきれない。そもそも娘は家族の中で誰よりも勇敢で、かつ無鉄砲なところがある。

  そもそも空に産まれた者が無闇に地上に降りることは、地に魅入られているということであってあまりよろしいことではない。

  でもそれは娘が勇敢で好奇心が強いからで、父親としては娘のそういうところは尊重したいと思っている。

  本当は私が地上に行って迎えに行ってやるべきだとは重々承知しているが、

  やっぱり地上は危険がいっぱいだしノーム族が空の者をさらうという言い伝えもあるし。

  いやうちのポリーは勇敢なだけでなく賢いから誘拐されるようなことは無いと思う。

  他の娘たちと差をつけてはいけないとはわかっている。でもそのなんというか手のかかる娘ほど可愛いというか。

  親馬鹿と思われるかもしれないが、あれはポリーが産まれた日――”」


「ストップ! とりあえず一旦ストップ!」 

 猪八戒は両手を突き出し黒衣を遮る。

「とりあえず親御さんの娘への愛情は痛いほど伝わったわ」

「うそ。まだ十分の一も伝えてないよ」

「げっ、まだあるの。あのー要点だけかいつまんで」

「え、一生懸命覚えたのに」


 黒衣仙女は目に涙を溜め始めた。

 ポリクロームは黒衣の手を握って頭をなでた。

「いいよ、覚えた分あとで私が全部聞かせて。

 あとは私がやるから」

「うん、ありがとう。

 やっぱり孫悟空の仲間はロクデナシだった」

 

 ポリクロームは黒衣仙女の頭を撫でながら要点を伝える。

「お父様は感謝の印として、あなたたちの目的地、普陀山(ふださん)のある大陸までお連れするわ」


 この申し出に猪八戒も沙悟浄も色めきだつ。

「え、つまりそれはセレファイスの西海を越えて隣の大陸へ連れて行ってくれるということ!?」

「そうよ。お父様の雨雲の上なら海の上も安全に旅できるわ。

 もちろんトトと犬の仲間たちもいっしょにね」


 これにトトも尻尾を千切れんばかりに振って喜びを示した。


 ここで安心仕切ったのか、猪八戒の腹が大きく鳴った。

「巨獣化したり戦いすぎて、もうお腹ぺこぺこ。

 なにが食べ物わけてもらえるかしら?」


 ポリクリームはとびきりの笑顔をみせた。

「うん、私の大好物があるんだ。いっしょに食べようよ」

「ほんと、何かな? うどん? おにぎり?」

朝露(あさつゆ)


 それを聞いて豚は白目をむいた。

「うわー、すてき。ポリーちゃん、仙人みたい」

 うれしさも喜びのかけらもないその喋り、まさに棒読み。

 しばらくは満足いく食事にはありつけそうにない。過酷な空の旅になると阿呆は覚悟した。



 セレファイスとルルイエの戦いに介入したことは寄り道ではなかった。

彼女たちは着実に玄奘三蔵のもとに近づいている。

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