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第83話 セレファイスの戦い⑧ラジウムロケット

 セレファイスの異変は、郊外のセレファイス軍野営地からも確認することが出来た。


 兵士たちの間に動揺が広まり混乱状態。


 クラネス王は望遠鏡を握りしめ覗く。が、その手は恐怖でがたがた震えて対象をろくに捉えていなかった。

「何をやってるんだ。何を!!」


 密集した竹林は一本の緑の柱となって天空城セラニアンの底面へと到達する。

それでも竹柱の成長は止まらない。セラニアンを押し上げて、天空へとさらって行く。


 この有様にクラネス王は悲鳴をあげる。

「うわあああああ、私の城をどうするつもりだーッ!?」

 そしてそのまま仰向けに倒れてしまった。


 配下の将軍が叫ぶ。

「医者を呼べーッ!

 早くゥー!!!!」






 上昇を続けるセラニアン城。その玉座の間に光の屈折魔法で潜む沙悟浄とポリクローム。

しかし、彼女たちだけではない。城内のインスマス人も続々と集結していた。


 魚籃観音が竹成長の詠唱に全神経を集中させている中、クトゥルフ三柱の末弟ゾス=オムモグが演説を始める。

「神族にとって信徒は血であり肉である。その真理を理解している者は少ないが、いかなる神であっても本能が人間の信仰を求めている。

 人間の信仰こそ我らの力であり存在の証明である。

 だが、信徒なら誰でもいいわけではない。神に媚びへつらい救いを求める者からは真の力は得られない。

 我らと供に道を歩む者、無の国、文明国の人間こそ、我らに唯一無二の力を与えてくれる。

 いかなる秘術を用いても我ら魔の者が文明国に到達することは適わない。ただ呼びかけるのみ。

 今日、ルルイエは大きく前進する。

 ロジャーズ博物館が秘匿するアルハザードのランプが我らを文明国へと導く鍵となる。

 月に破壊と混乱を。月をルルイエ繁栄の贄とするのだ!

 いあ!いあ!くとぅるふ ふたぐん!」


 いあ!いあ! くとぅるふ ふたぐん! ふたぐん!


 いあ!いあ! くとぅるふ ふたぐん! ふたぐん!

 

 インスマス人たちは規則正しく両腕をふりかざし、クトゥルフを称える言葉を叫ぶ。



 沙悟浄にはゾス=オムモグの演説の真意は汲み取れなかった。

ただ、無の国である文明国については記憶があった。神仏も仙術も存在しない世界。この世の理から外れた世界。そしてドロシー・ゲイルの故郷でもある。

“オズの魔法使いは、菩薩様の文明国の知識がアザトースと戦う上で助けになると考えているが。

 ルルイエは菩薩様を従属させたことで、その知識を得たということなのか? ……駄目だ、私には何のことだかわからない”




「だああああああっ!!!!!」

 ルルイエの軍団の歓声を遮る絶叫。猪八戒が外壁を突き破って玉座の間に墜落。

左腕にケアンテリアのトトをかかえてしっかりと庇っている。

「あたたた、痛いじゃない、この鶴亀!!」

 豚は右手に握った馬鍬を振り回して、壁に開いた穴に叫ぶ。そこから土砂降りの雨が強風と供に入り込む。

先程までの晴天は嘘のような悪天候である。


 その光景に沙悟浄はセラニアンがだいぶ高いところまで上昇したと悟った。

“しかし、空には雲一つ無かった。いつのまにこんな雨雲の中に?”


 すると悟浄の真横のポリクローム、ふらふらと壁の穴かに向かって行く。


 悟浄は小声で注意する。

「ちょっと、危ないわよ」

「いや、でも行かなくちゃ……」

「こんな所へ出て行ったら吹っ飛ばされてしまうわ」

「え、そんなことないよ」

「外を見なさいよ!」


 外には空を泳ぎセラニアンに追随する通天河(アーケロン)と、その甲羅に立つ浦島姫(うらしまのひめ)の姿。

元々、ルルイエの民であるこの二人、豪雨の中にいても減速することなく安定飛行。


 浦島姫は目を見開き、穏やかながらも通る声を出す。

「猪八戒、沙悟浄はどこでしょうか?

 隠してないでお出しなさい」

「知らないし、教えなーい。

 現状、私が超有利ということをお忘れなく」

「あらあら、強がりを」


 玉座の間に飛び込んでしまった猪八戒。インスマスの兵に囲まれて、クトゥルフ三柱の一柱ゾス=オムモグがいる。多勢に無勢。

だが、猪八戒は強がりを言っていなかった。


「あんたたちの計画は露見しているのよ。確かに私は腹ペコ四面楚歌。

 でもねぇ、別にあんたらと戦う必要は無い。このセラニアンを――、いや、ラジウムロケットを壊すだけで、あんたらの計画はご破算!

 ……え、なんで菩薩様がここにいるん?」


 猪八戒、全身全霊で呪文を唱える魚籃観音(ぎょらんかんのん)に気付いてしまった。意外な再会に集中が途切れる。


 次の瞬間には浦島姫の漆玉が猪八戒の顔面を直撃し、拳大の玉が猪八戒の左の鼻の穴を押し広げてすっぽりとはまってしまった。

しかもこの漆玉は玉手箱と同じ効果がある。人間を老化させ神族に倦怠感を与える白煙を出しているのだ。


 この玉手箱について少し解説する。玉手箱は人間を老化させる白煙が詰まっている箱と思われがちであるが、それは結果であり玉手箱の本質ではない。

玉手箱に入っているもの、それは時間である。数百年単位の時間が気体状に圧縮されて詰められている。

 ゆえにその白煙を吸い込めば、煙に圧縮された分の時間が対象者に加算される。人間は自身の年齢に数百年の時間がプラスされてしまうのだ。老化して当然である。

 一方、神族は長大な寿命をもつため数百年の時間が加算されても寿命に大きな影響は無く、不老であればまったく効果は無い。

 だが、数百年の時間単位は神族の時間間隔を狂わせるのに十分な長さである。自覚症状の無いところへ数百年の時間がプラスされるのだ。

本人は1秒も経っていないと思っていても実際は数百年が過ぎている。この精神と肉体のずれが、結果として疲労感や倦怠感を引き起こすである。

 例えるなら時差ボケが近い。 


 時の煙を吐き出す玉を鼻に詰められては猪八戒。立っていられるはずも無くその場に膝をつく。

「げぇ、気持ち悪い。何これ」

 左腕からトトがすり抜ける。右手で握った九歯馬鍬で漆玉に結わえられた釣り糸を絡めとろうとするも、時の煙の効果で腕に力が入らない。


 インスマスの兵団は銛を手に猪八戒を取り囲み突き殺そうと群がる。が、猪八戒の前でトトが牙をむいて睨みをきかせるので襲い掛かることができない。


「ラジウムロケットの破壊を思いついた点は良かったが、その有様ではなロケットまで辿りつけまい。

 しかし、この悪天候は? これではロケットの飛行に支障をきたすかもしれん」

 ゾス=オムモグは懐疑的に白い頭を外壁に向けて、穴から嵐を窺う。

 

「ラジウムロケットに点火なさい」

 魚籃観音は詠唱を止め指示を出す。同時に衝撃と轟音、セラニアン城を震わせる。


 セラニアン城の下部に取り付けられたロケットブースター群が一斉に灼熱の火柱を上げ、ここまで押し上げた竹の柱を炭へと変える。


「ご心配にはおよびません。この嵐はすぐに収まります。

 これは天空に住む雨の精霊の仕業。娘を取り戻す為の妨害。娘を返せば良いのです」

「娘? 先程から何者かの気配は感じていたが……」 

 ゾス=オムモグは玉座の間に侵入者がいることを見抜いていた。 


「ゾス=オムモグ様からしてみれば取るに足らない弱き存在。

 私も気付いておりましたが、詠唱を止めるわけにはいきませんでした。

 ですが、竹林が役目を終えて詠唱が必要なくなった今、隠れた者たちをここに引き出しましょう」

 そして、魚籃観音が白い腕をふるえば、ポリクロームの虹の魔法はたちまち破られ、虹の娘と沙悟浄を晒し出す。

「さぁポリクローム嬢、こちらへ。お父上の所へお送りします」


「駄目よ! ポリーちゃんを帰したら空が晴れる。そしたらラジウムロケットが安定してしまう!」

「豚はおま黙りなさいな」

 気力をふりしぼり叫んだ猪八戒だったが、浦島姫は釣り糸を巧みに操り八戒の首に巻きつけ締め上げる。


 沙悟浄はすかさずポリクロームを抱きかかえるが、次の行動に移れない。

「ラジウムロケット!?」

 

 尋ねても猪八戒は首を絞められ泡を吹いてうめくのみ。


 ここでトトが動く。釣り糸に噛みついて断ち切ろうとする。この隙にインスマス人が四人がかりでトトを襲う、それぞれが小型犬の手足を押さえ込む。


 釣り糸が切れて、猪八戒の呼吸が戻る。


 八戒は途切れかける意識の中で叫ぶ。

「城の下で火を吐いてるやつ!」


 城の下と聞いて、沙悟浄は全てを悟る。

 セラニアン城侵入時、城の底に取り付けられた金属製の大皿。

「あれがラジウムロケットね!」

 ポリクロームとともに雲に乗り、猪八戒がつくった壁の亀裂から悪天候へと飛び出す。


 疲弊した沙悟浄でも動かない物体ならば容易に破壊できる。

もちろんルルイエは、それを全力で阻止する。

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