第8話 太上老君の罠
戌はドロシーに話しかけた。
「とんでもないことになってしまった。
この結末をドロシー嬢が見届ける義務は無い。
悟空殿にオズの国へ連れて行ってもらうといい」
ドロシーは力になれそうもなく、うなだれてしまった。
孫悟空が戌に礼を言う。
「すまない、恩に着るよ。俺に責任の一端はあるんだ。
だが、あんたたちはどうするんだ。おとなしく罪を受け入れるか、それとも……」
「さぁ、それは主人が決めること。私たちはそれに従うだけだ。しかし戦うとなれば天界との戦争だ。できれば、あなたと戦いたくはないがね」
孫悟空も「俺もだ」と答えて雲を呼び出した。ドロシーはトトを抱えると觔斗雲に飛び乗った。
「本来、雲は人間には乗れないもんなんだが。文明国から来た人間はこっちの人間とは違うんだろうな。どういう理屈かはよく解らんが」
戌は抱かれているトトにも別れを告げた。
「異国の忠犬よ、あなたたちの旅の無事を願おう。よくドロシー嬢を守っておくれよ」
トトはワンと一声返事をした。そして孫悟空はドロシーとトトを連れてオズへと旅だった。
その頃、天界では冥王代表者一名が参内し事の次第を玉帝へ報告していた。
「――というわけでございます。桃の朽木から出現した弓矢については解釈が別れる所がありまして六名の処分については保留となっております。
また行方不明の羊についても鋭意捜索中でございます」
それを聞いて玉帝は頭を痛めた。
「まったくなんということだ。釈迦如来を亡くし正体不明の敵を相手にしなけらばならないときに、このような問題が発生するとは」
哪吒太子が言う。
「何も悩むことはありません。
彼らが罪を犯したのは事実なのですから裁いてしまえば良いではありませんか」
太上老君が反対する。
「そうは仰いますが、桃太郎とかいう日本人は相当の手練れのようですぞ。なにせ孫悟空と互角の勝負をしたそうですから。
彼が処罰を不服として戦を仕掛けてくる可能性は充分にあります。そうなれば蟠桃会の乱の再現ですぞ」
「私とて孫悟空に引けはとらぬ。まして桃太郎は人間で法力は使えぬ。負けはせぬ」
二郎真君も、哪吒の意見に賛同したが、
「確かに、総合力でいえば桃太郎より哪吒殿や孫悟空の方が上であろう。
しかし、彼の家来の犬猿雉は、かつて孫悟空が引き連れていた烏合の衆より遥かに強力だ。
犬と雉の武力に猿の知恵が加われば、私の犬と鷹の軍団にも多くの犠牲を出すだろう」
と桃太郎の家来を評価する。
「そんなにも強力なのか。たかが三匹であろう?
そなたの軍勢でも無理なのか」
「数はこちらが上ですが、戦いが長引けば我々に不満を持つ日本神族が介入してくるやもしれません。また、この戦いで得る物は無く蟠桃会の乱以上の損害が予測されます。
如来を暗殺した黒幕に付け入る隙を与えてしまうでしょう」
玉帝は真君の見解に頷く。
「うぅむ、正面衝突は避けるべきか。
ところで、桃太郎は若返った夫婦の子だが、その家来たちはいかなる出自か?」
これに冥王が答えた。
「戌は主の手を噛んだ犬の子、酉は鳴いて射たれた雉の子、申は木から落ちた猿の子です。彼らの魂は冥界にて転生の準備に入っております」
それを聞いて太上老君は閃いた。
「今の話を聞いて名案が浮かびました。軍勢を用いるにしても全てを相手にする必要はない。まずは彼らの仲を引き裂いてしまえばよろしい」
老君の策に一同耳を傾けた。
天竺雷音寺では、冥界の使者から桃太郎の件について迦葉の元に報告が届いた。
そこに三蔵法師、猪八戒、沙悟浄が同席した。
「まったく、あの猿めは後々になっても問題を引き起こすな」
迦葉が溜息をついたが、玄奘は悲しみにくれた。
「悟空と桃太郎殿は互いを認め合っておりました。
自分のせいで桃太郎殿たちが罰せられると知ったら、さぞ悲しむでしょう」
猪八戒は冗談まじりで笑う。
「孫兄のことだから、冥界で暴れて拳で桃さんを助け出すんじゃないかな」
沙悟浄は、
「そんな無茶はしないと思うけど、兄さんは生死簿を書き換えて自分や猿たちの寿命を延ばしたんじゃなかったっけ?」
と思い出して三蔵法師を青くさせる。
「悟空はそんな無茶苦茶な事までしておるのか。もう、あやつのせいで魂がすり潰される思いじゃ」
「五行山の封印と取経の旅に参加したので、その罪は清算されていると思いますが」
「不安だ。悟空が冥界で無茶をやらかさないか心配じゃ。ちょっと冥界に行って様子を見てこよう」
孫悟空がオズに行った事を知らない三人は冥界へ向かった。
冥界では桃太郎家族とその家来たちが一室に案内されていた。もっとも部屋の入り口は獄卒が見張り軟禁に近い状態である。
申が罪を受けるべきだと言うと酉は戦うべきだと主張した。戌はもとより桃太郎に従うと心に決めていたので何も喋らなかった。
桃太郎の両親は不安と恐怖で震え、桃太郎自身も黙して何も語らなかった。
「失礼いたします」
崔判官が入室した。
「戌様、酉様、申様、面会ですので、ご案内致します」
家来たちが不安そうな顔をするので桃太郎は目で案内に従うように促した。彼らが部屋から出ると三人の獄卒がいて、それぞれ別々の部屋に案内された。
彼らは、入った部屋こそ違うものの同じものを目にして言葉を失った。それは死に別れた家族であった。
冥界まで来た太上老君は冥王たちに言う。
「彼らの家族がここにいるのは幸いであった。肉親からもって説き伏せれば、彼らも死を受け入れるでしょう。
そうなれば桃太郎は孤立無援で戦意喪失。抵抗されても被害は最小限で済みまする」
老君には自信があった。家族に対し、説得に成功すれば罪は全て桃太郎一家に肩代わりさせると確約する念の入れようである。
戌は幼い日に別かれた母親の前で涙を流した。
「あぁ母上。やはり、あのとき死んでしまっていたのですね」
「私は主人に逆らった犬。傲慢な支配者は反逆者を絶対に許さない」
「母上、私は元より主人とともに殉じる覚悟です」
「それは困りましたね。
冥王は、あなたが死ねば罪は全て許して、いっしょに転生させてくれると言っていますよ。また親子仲良く暮らせるのですよ」
戌は母の言葉に耳を疑がったが、すぐにその真意を悟った。
「母上、我が子を試すようなまねはお止めください。」
「許しておくれ。お前を懐かしむあまり、つい意地悪を言ってしまいました。
そう、甘言や惰性に飲まれては真の忠義も優しさも貫けない。さぁ、桃太郎様の所へ戻りなさい」
「母上」
戌は母犬に寄り添って別れの挨拶を告げると桃太郎の待つ部屋へと戻った。
酉が部屋に入ると、そこには酉の母と人間の娘がいた。
「おっ母、姉ちゃん」
懐かしい顔ぶれに母の胸の中で酉は泣きじゃくった。
「おぉ、よしよし。あんた、しばらく見ないうちに逞しくなったねぇ」
「ごめんよ、ごめんよ。
俺がしっかりしてれば、おっ母を死なせずに済んだのに」
「子供が生意気言うんじゃないよ。聞いたよ、大蛇や鬼を退治したって。
あんたは私の誇りだよ。次は天界相手に戦をするんだろ?
負けたら承知しないよ」
酉の母は説得する気などさらさら無かった。母は危機的状況で懐柔されるような意気地無しが大嫌いだったのだ。
次は人間の娘が酉の前にやって来た。突然、酉の左頬を引っ叩いた。
「え?」
「なんで、あなたはそういつも乱暴なの? 村の人たち皆殺しにしちゃって」
「で、でも姉ちゃん。あいつら姉ちゃんのおっ父を川に沈めて殺したじゃあないか。反省もしてなかった」
すると次に酉の右頬を引っ叩いた。
「馬鹿っ! 私も人間なのよ。あなたが人殺しをして喜べるわけないじゃない」
酉は、目を潤ませて娘を見つめた。
「何よ」
「初めて会った頃は無口だったから。死んでからのほうが元気ってのも変だけど。俺は嬉しいよ」
「馬鹿言ってないで早く行っちゃいなさいよ。桃太郎さんの言うことをよく聞いて、桃太郎さんの名前に泥を塗るような事だけはしちゃ駄目だからね!」
酉は「わかったよ」と言い最後に別れの挨拶を述べて部屋を出た。娘の「頑張ってね」という声を背に受けながら。
申が部屋に入るとそこには大きく筋骨隆々な雄猿が鎮座していた。
「父さん……」
申に気付くと雄猿は立ち上がり、息子の周りを歩いて品定めするかのようにじろじろと眺めた。
「その父さんっていう女々しい呼び方は止めろ。その体は何だ、小さいし細いし力も無さそうだ。お前は本当に俺の息子なのか?
ったく、戌や酉を養子にしたいよ」
息子が黙っているので雄猿は続けた。
「お前が死ねば、無罪放免で親子共々転生させてくれるんだそうだ。
だがな、俺はお前のような痩せっぽちと生まれ変わるつもりはねえからな」
「……」
「いいか。どんな理屈をこねようとも、この世でもっとも解りやすく物を言うのは腕っ節だ。だから気に入らねえんだ。
お前は、俺の仇討ちを殴り合いじゃなくて罠にはめた小ずるいやり方でやっただろう」
「父さん、私はどうすれば良いでしょうか」
「知るか馬鹿野郎! 頭の良いお前に解らんことが俺に解るわけないだろうが。
いいか、俺と来たって良い事は何一つないぜ。なんせ、せっかく覚えた知識も全部忘れちまうしな。
行っちまえよ、お前の助けがいる奴がいるんだろ。そいつのために、お前のその賢しい知恵を役立てろよ」
「父さん、ありがとうございます」
申は礼を言って部屋を出て行った。そして、残された雄猿は一人、目頭を押さえて嗚咽したが、それを申が知ることはなかった。
家来の戻りを待っている間、桃太郎の母は泣いた。
「ごめんよ。私が桃を拾って食べたばっかりにこんなことになってしまって」
桃太郎の父は母を慰めて、
「母さん、よさないか。お前が桃を拾って来なければ鬼の侵略で日本は滅んでいた。
ところで桃太郎や、お前はさっきから黙りっぱなしだがどうするつもりなんだ?」
と桃太郎に問うた。桃太郎は桃弓を手にとって答えた。
「私の中でも答えが出ないのです。この弓矢が意味するところが解らない。
オオカムヅミは私に何を言わんとしているのか」
考えがまとまらず思い悩んでいると家来たちが戻って来た。そして、彼らの決意に燃える目に心が震えた。
「お前たち、どこへ行って来た?」
桃太郎の質問に酉が答える。
「死んだ家族と再会して参りました」
申が続く。
「この状況で、冥界が我らの家族と再会をさせたのは我々に離反の心を起こさせる策略です。内部分裂を誘い各個撃破狙うつもりだったのでしょう」
そして、戌が続く。
「我ら身命投げ打って桃太郎様と共に戦います。桃太郎様はもちろん、桃太郎様の父母も我らの大恩人であり親と同じです。
天界の理不尽な要求をはねのけ故郷に帰りましょう」
桃太郎は家来の言葉に戦うことを決意した。
「お前たち、ありがとう。私は皆のため家族のために、そして自分のため武器を取ろう。ここで命果てようとも我らの志を見せつけるのだ!」
桃太郎は宣言した。これに家来たちは大きく沸いた。
酉が奮い立つ。
「先手必勝だ。まずは冥王十人を血祭りだ」
しかし、これを申が止める。
「いや、あくまで戦いは最終手段だ。最優先すべきは父母の安全の確保。交渉の余地はある」
「確かに。だが、奴らは話を聞くか?
出遅れれば、こちらの状況が不利になるぞ」
申は自信ありげだ。
「これは前例を利用した駆け引きだ。五百年前の蟠桃会の乱と主人と悟空殿の勝負が良い参考になる。
五百年前の大聖の総戦力と、現在の我々の総戦力では我らの方が勝っている。蟠桃会の乱の大聖の軍勢は猿族と日和見主義の妖怪の群れで戦力は大聖一人に頼りきりだったという。実質、彼一人だったと言ってもいいだろう。
私たちは一人と三匹。単純計算でも蟠桃会の乱の四倍の損害を与えることができる。これはもちろん敵も知っているから正面衝突は何としても回避しようと考えるだろう、さっき内部分裂を仕組んだのもそのためだ」
「いやに蟠桃会の乱について詳しいな」
「猿族で、この戦いを知らない者はいないよ」
「よし、では書状を送り敵の出方を見よう」
桃太郎は自分たちの罪状を取り下げて安全を保証するならば攻撃はしないという旨をしたためて、獄卒に手渡した。
戌は今にも噛みつかん勢いで言った。
「いいな猶予は一時間だ。一秒でも遅れたらまずは冥界を滅ぼす。良き返答を期待する」
この書状を持って冥界から戻った太上老君は策が裏目に出てしまったことを悔いていたが敵ながらあっぱれと評した。
「家族よりも主君を選ぶとは恐れ入った。彼らは真の忠君でありましょう」
太子はいよいよ戦いは避けられぬといった具合で言った。
「感心している場合ですか。これはもはや宣戦布告だ。一時間も待つ必要は無い、ただちに軍を差し向け制圧すべきです」
二郎真君は慎重だ。
「うぅむ。やはり戦いは避けるべきだ。今ここで大戦を起こすのは正しい選択とは思えない」
玉帝は頭を抱える。
「罪人を放免するわけにもいかぬし、されど今再び天界に混乱をもたらすわけにもいかぬ。どうすればいいのじゃ」
「もはや冥王たちは人質のようなものです。速やかに冥界を包囲、冥王たちを救出し被害の拡散を防ぎましょう」
玉帝は哪吒の奏上を受けて、ただちに行動を起こした。
エメラルドシティの宮殿謁見室で五人の人物が話し合っていた。
「で、黒い男が狙っている経とかいう魔術書がこの宮殿のどこかにあるわけですね」
カカシの質問に北の魔女が答えた。
「そうです。森を襲った大蜘蛛や白い少年も、それを狙う者から送り込まれた可能性が高いのです」
ライオンは嘆いた。
「なんで僕の森にやって来るんだ。森に魔術書なんてないよ」
南の魔女のグリンダが言う。
「送り込まれた者たちは経のことを知らないのでしょう。ただオズを混乱させるためだけに送り込まれたのかもしれません」
カカシは頭を掻いた。
「しかし、参ったね。その魔術書を渡してほしいと言われても、それがどこにあるか誰も知らないんだから」
「前オズ大王の即位時に、如来から祝いの品として送られたものです」
カカシが、
「前オズ王がいればしまってある場所もわかったのでしょうが、先王は気球に乗って故郷へ帰られましたので誰も居場所を知らないのです。
ところで、その経には何が書いてあるんです?」
と聞くと、北の魔女は残念そうに答えた。
「それが、何が書いてあるのか誰も知らないのです。
というのも、その経には注意書きが添えられていて、勇気ある者と知恵ある者と心ある者を三人揃え文明国の人間が立ち会わなければ、経を読んだ者を破滅させると書かれているです」
それを聞いてブリキの木こりが声をあげる。
「それは残念、一足遅かったわ!
今ここには勇気のあるライオンと、知恵のあるカカシと、心のあるブリキの木こりが揃っている。さっきまでは文明国の少女もいたが故郷へ帰ってしまった」
突然、謁見室の扉が開いて、緑の髪の召使いの少女が入って来た。
「大変です!」
カカシは王らしく威厳を持って言った。
「ジェリア・ジャムよ。今は大事な会議中であるぞ。呼んでもないのに入ってきてはいかん」
するとジェリアは、
「でも、きっと皆様お喜びになられると思います。
ドロシー様がお帰りになりました!」
と言ったものだから、ブリキの木こりは北の魔女に言った。
「ドロシーというのが文明国の少女です。あとは経を見つければいいだけですね」
「ドロシーという少女なら以前会ったことがあります。彼女は故郷に帰りたがっていたようだが、帰れなかったのか」
ライオンが言う。
「きっと僕らが寂しい思いをしてると思って遊びに来てくれたんだよ」
そうこう話しているうちにドロシーとトトが謁見室にやって来た。グリンダは立ち上がってドロシーを迎えた。
「てっきり銀の靴で帰ったと思ったのに。どうしてまたここに?」
「それが、あとちょっとで帰れる所だったのよ。でも――」
ここまでの経緯を話そうとしたところ孫悟空もやって来た。
「確かに、その少女を届けたからな。俺はもう行きますよ」
ライオンは牙をむき、ブリキは斧を構え、カカシはステッキを握りしめた。彼らは孫悟空に一度痛い目にあっているのだ。
しかし、孫悟空は彼らの事は頭になく呆然として北の魔女を見つめてつぶやいた。
「あれ、菩薩様。こんな所で何をしてるんです?」
北の魔女、つまり観世音菩薩も驚き呆れた。
「それはお前だ、孫悟空。オズの国はお前が行ったり来たりして良い場所ではない。立ち去るがいい」
「二人は知り合いなの?」
ドロシーが訊ねると孫悟空は察して答えた。
「あぁ、俺が旅に出れたのもこの方のおかげだし、天界でも発言力のある方だ。もしかしたら桃太郎殿を助けてくれるかもしれない」
「お願いします。私の命の恩人がピンチなんです」
ドロシーは菩薩に懇願し、今までの経緯を話した。銀の靴で故郷に帰ろうとしたら黒い影に邪魔されて砂漠に墜落してしまったこと、そこを桃太郎の家来の雉に救ってもらったこと、桃太郎が冥界で罪に問われていることを説明した。
観世音菩薩は困った顔をした。
「ドロシーよ、恩人を救いたい気持ちは解りますが、これには手を貸せません」
「随分、素っ気ないじゃないですか。
取経の旅の時は色々と手を貸してくれたのに」
孫悟空が文句を言うと菩薩は怒った。
「黙れ悪猿。唐僧の取経の旅は絶対に成功させねばならぬ儀式だったのだ。
天界地上が一丸となって成さねばならぬ大事業じゃ。同列に語るでない」
孫悟空と観世音菩薩が揉めあってドロシーも泣きそうである。グリンダもまあまあと仲裁に入るが収拾がつかない。
その様子を見てドロシーの仲間たちはひそひそと話し合う。
ブリキが頬を涙で濡らす。
「ドロシーの恩人が理不尽な罪で裁かれるなんて。かわいそう」
ライオンも心を痛める。
「故郷に帰れないばかりか、こんなつらい思いをさせるなんて。
カカシ、どうにかならないかい」
「なるよ」
「そうか、やっぱり無理か。え?」
カカシはあっさりと答えた。
「交渉とは自分が持ってて相手に無いものを使えば、うまくいくものさ。まぁ、見ててごらん」
そして菩薩に向かって言った。
「オズの国はドロシーを支持します。
貴女がドロシーの恩人たちの解放に協力してくれなければ、ドロシーも貴女方に協力しません。
ドロシーは経の解放に立ち会うことのできる文明国唯一の出身者なのですから」
この申し出に観世音菩薩は耳を疑った。
「本気で言っているのですか。この経の謎を解くことが天界とオズの国で起きている事件の真相に辿り着ける一番確かな方法なのですよ。
そもそも協力するも何も肝心の経が見つかってはいないではないですか」
カカシは動じない。
「経とかいう魔術書は宮殿中を引っかきまわして捜索中です。そのうち見つかるでしょう。
私たちにとってドロシーは大恩人です。その恩人を悲しませるわけにはいきません」
これを聞いてドロシーもカカシの話しに乗る。
「私、菩薩さんが雉さんたちを助けてくれないなら協力しないわ」
観世音菩薩は決断せざるを得なかった。
「……分かりました。できる限りのことはしましょう。
グリンダ、オズの国のことはお願いします。私は天界に戻ります」
グリンダは承諾した。菩薩は孫悟空に乗って天界へと飛び立って行った。
三蔵法師、猪八戒、沙悟浄らが雲に乗って冥界へと進んでいると入口付近で進めなくなってしまった。冥界は天界軍の神兵たちによって蟻の子一匹通さない包囲網が敷かれていた。
猪八戒は声をあげる
「あちゃあ、これは手遅れよ。戦争が始まっちゃった」
三蔵法師は軍勢の旗さし物を見て言う。
「これは哪吒様の軍じゃな。これ悟浄、ちょと様子を聞いてきて参れ」
沙悟浄が陣に行こうとすると作戦指揮を終えた哪吒太子が彼らを見つけてやって来た。
「調度良い所へ来た。これより桃太郎ならびに三匹の鳥獣どもを征伐する。そなたらも力を貸されよ」
すると三蔵法師は丁寧に頭を下げて断った。
「つい先程、太宗陛下は孫悟空と桃太郎に互いに殺すこと奪うことを禁じられました。
弟子の誓いは師の誓い。私たちはこの戦いに参加するわけにはいきません。彼らと戦えば太宗陛下の名に傷をつけることになってしまいます」
「そなたは彼らを知っているというのか。いやはや意外だな。
わかった、予定通りここは我々だけでなんとかしよう」
沙悟浄が律儀に孫悟空について訊ねると。
「いや、孫悟空は見ていないし、いるという情報も入っていない。ここには来ていないのではないか」
それを聞くと猪八戒は安堵して、
「お師匠様、取り越し苦労でしたよ。きっと孫兄は花果山の方に行ったに違いありません。雷音寺に帰って茶でも飲みましょう」
と言うので、玄奘は彼女を叱る。
「馬鹿を言うでない。これから来るかもしれんではないか」
そして哪吒に願い出る。
「哪吒様、孫悟空は義理堅く気が短いので、あなたがたの邪魔をするかもしれません。そうなったら私が説得しますので、どうか今しばらく陣に置いて下さい」
哪吒が承諾したので三人は陣に残った。
運命は十二冒険者を結び付け始めていた。