表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
75/148

第75話 セレファイスの危機 後編

 セレファイス軍の野営地にて。猪八戒、沙悟浄、ポリクロームそしてトトはテントのそばに腰を下ろした。


「で、ルルイエと戦うつもりなわけ?」

 沙悟浄は猪八戒に問う。


「そうね。だってあなた、クラネス王にお世話になったんでしょ。

 ちょっと手伝ってあげるくらいならいいんじゃないの?」

「けどルルイエと交渉する選択肢もあったんじゃない?

 私たちはお師匠様を探しに行くべきで、この先の海を渡ることが第一の目的なのよ。

 わざわざ危険を冒す必要がある?」


 ポリクロームは悟浄に賛成した。

「そうよ、ルルイエは通るくらいなら許してくれるかもしれないわ。

 わざわざ敵対する必要があるのかしら?」


 トトも、その通りだと言わんばかりに吠える。


 八戒はひどくあきれ果てる。

「まぁ! あなたたち意外と薄情なんだね。驚きだわ」


 悟浄は八戒との取経の旅の記憶で語る。

「私としては、八戒が積極的に戦いに関わろうとすることが驚きなのだけれど」

「それはねぇ、月の住民にとって……、まぁもう私は元月の住民だけど。

 月の反ルルイエ感情は半端じゃないの。

 奴ら数年前に乱闘事件を起こして月から永久追放になったのよ。(27話参照)

 もっとも、その事件の頃はまだ私は月にいなかったけどね。今でもインスマス人嫌いな住民は多いよ」


「それを恨んだのかなぁ。

 月に嫌われたから、月をやっつけっちゃえって」

 ポリクロームは何の気のなしに空を見上げた。

 空は綺麗に晴れ渡っていた。

「まぁ、見て。今日はセラニアン城がよく見える」


 ルルイエに制圧されたセレファイスはるか上空を巨大な城が浮遊していた。


「あれはクラネス王が一年の半分を暮らす城で雲の上に乗っているのよ。

 普段はもやがかかっていて他の雲とほとんど見分けがつかないんだけど、たまにああやってくっきり見えるのよ」


「へぇ、以前セレファイスに来たことあるけど、ここの空にそんな城があるとは気付かなかったわ」

「えへへ、じゃあ運がいいね」


 ポリクロームと悟浄がなごやかに話しているので、八戒は再びあきれる。

「ちょっと緊張感無さすぎ。いやそこがポリーちゃんの良い所だけど。

 悟浄まで影響されないでよ」


 沙悟浄は無言で八戒を睨む。


「な、なによ。恐い顔して」

「私、気付いたんだけど。

 八戒、あなたルルイエのタケノコを食べる為にルルイエと戦おうとしてるんでしょ」

「ぎくり。まさか、この私がそんな私利私欲のためにそんなことをすると思っているの?」

「思う」

 八戒の腹の虫がうなりをあげて返事の代わりとした。


「あなたって人は! お師匠様を迎えに行かなくてはならないこのときに。

 タケノコ欲しさに、余所の戦争に首をつっこむとはどういうこと!?」


 猪八戒、悟浄に怒りをぶつけられるもその思考は冷静かつ緻密に機能する。

 彼女を強欲で自堕落な阿呆だが、同時に計算高く狡猾である。

その頭脳は主に言葉巧み三蔵法師をそそのかし孫悟空をいたぶるときに発揮される。


 そして、それが今、自身の保身と言い訳のために最大活用された。


「まぁ待ちなさいよ、別にタケノコだけが目的じゃないから。 

 月には友達がたくさんいるし、この前まで住んでたのよ」

「……」

「ルルイエって陰鬱で臭いし、インスマス人は何考えてるかわからない顔してるし」

「……」

「この戦いに参加してクラネス王に恩を売るほうが絶対に良いって。

 大いなる深淵(グレイトアビス)にも聞こえが良いだろうし」


 悟浄は無言で八戒を睨んでいたが、ようやく口を開いた。

「……タケノコだけが目的じゃないっていうのはわかったわ」

「じゃあ……」

「でも、待って。作戦開始は大いなる深淵(グレイトアビス)の軍と合流してからよ。

 それまで待つの? 抜け駆けしたら逆に印象悪くなるわよ」


「それは良し悪しかなぁ、だってルルイエは何かとてつもないことを企んでいるのでしょう?」

 ポリクロームの言葉に、八戒は素早く答える。

「そうよ、おそらく敵の計画は挟撃の準備が整う前に成就する。阻止するなら先手必勝でいかなくちゃ」


 猪八戒は再びクラネス王のテントに向かう。

「陛下、私たちもセレファイス奪還作戦に参加したいと思います」


 クラネス王は喜ぶ。

「素晴らしい。作戦成功のあかつきには報酬を出そう」

「作戦って、大いなる深淵(グレイトアビス)の軍との挟撃のことですよね。

 私は先手必勝で敵を叩くつもりです」

「馬鹿な、それでは無駄に犠牲を増やす。既に作戦は始まっているのだ。勝手な行動は許さん」

「先程も話しましたが、ルルイエがよからぬ計画を立てていることは確実です。

 ここは奴らの計画を潰し損害を与えるべきです」


「陛下、良いではありませんか」

 クラネス王の側らにいた将が口を挟む。


「おや、話がわかりますね将軍」

「まあな。君の言っていることにも一理ある。

 だが、挟撃は大いなる深淵(グレイトアビス)との共同作戦。

 つまり国と国との取り決めだ。それに綻びを生じさせるわけにはいかん。

 君の独断でルルイエと戦う分には自由に行ってくれて構わないが我が軍は動かない」

「まあ! 敵の軍団相手に少人数で挑めとおっしゃるの?」

「嫌なら大いなる深淵(グレイトアビス)の到着を待つのだな。

 それも君の自由だ」

「いえ、敵の計画をつぶすだけなら少人数でもいけるわ。

 ……食糧いただけるかしら?」

「……それくらいならいいだろう」

「ありがとう将軍! あなたは素敵な人よ」

 猪八戒は笑顔で手を振ってテントから出て行った。


 クラネス王は部下の行動に苛立つ。

「いったいなんのつもりだ? なぜ余を遮る」


 将はかしこまって答える。

「失礼ながら申し上げます。陛下はクトゥガの予言にある十二冒険者のことを過信しております。

 私にはどうも、あの豚と赤毛の色黒女がアザトースへの脅威になるとは信じられません」

「究極の混沌を滅ぼす可能性が少しでもあるのならば賭ける価値はある」

「確かに。ですが私はこうも思います。ルルイエの軍勢ぐらい対処できぬようでは到底アザトースとその眷属どもを打ち破ることは不可能でしょう」

「……ほう、お前は彼女らを試そうというのか」

「はい。そして彼女たちが敗れたときは陛下に目を覚ましていただきたいのです」

「よく言う。しかしよかろう、お前の言葉を聞き入れよう。

 そして、彼女たちがしくじるようなら十二冒険者のことは忘れよう」


「大変です!」

 テントに一人の兵士が転がり込む。

 

 将は叱責する。

「馬鹿者ッ! 一介の兵が王のテントに足を踏み入れるとは何事か!」

「ぶ、豚の化け物が兵糧庫に!

 将軍の許可はとっているとまくしたてて無理矢理……」

「許可は出した。いちいち騒ぐな」


 兵士は真っ青になって震えだす。

「ほ、本当ですか?

 ルルイエの襲撃で城から持ち出せた食糧はわずかなのですよ。

 あの豚、穀物野菜を片っ端から口に放りこんで、もう肉しか残っていません。

 これだけではトリトーン様の援軍が来るまで持ち堪えられません」


 将は耳を疑う。

「まて馬鹿な。猪八戒は今ここを出て行ったばっかり――」

 言い終わらないうちに、地鳴りが響き言葉をかき消す。 


 突然のことに兵士、将、そしてクラネス王が続いてテントを出る。

彼らがその地響きの正体を知るためには首を傾けて見上げなくてはならなかった。


 セレファイスの紫水晶やトルコ石の尖塔に匹敵する巨獣。


 口から突き出した牙はセレファイス兵のランスを何十本と束ねたものより太く、セレファイス兵のテント旗を全て縫い合わせても巨象の如く広がった耳にはおよばない。

全身に生えた鱗は鉄壁のファランクスの役目を果たす。尻から伸びた尻尾は長く太く、一振りでセレファイスの街をなぎ払うかのような威容。


 首周りのたてがみには風になびく。それは収穫期の穀物畑と見紛う。

猪八戒はセレファイス軍の兵糧を食いつくし山にも等しい巨体を手に入れていたのだ。


「さて、餓死する前に終わらそうか!」

 大怪獣は咆哮してセレファイスへ向けて進軍する。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ